第三十二話 家族への手がかり
コレットには家名がない。
ということはすなわち貴族の出身ではない。
平民もしくはフランディア以外の出身ということになる。
なぜ同行者にコレットが選ばれたのか。それを話す上でまずエストレーン領について話そう。
エストレーン領はフランディア王国に領として存在はするものの、他の領地とは同じ扱いを受けていない。
現領主は高齢で世継ぎもいないため、領主がいなくなった後は、近接するロア領とウールベル領に併合される。言わば消えゆく領なのだ。
私は今回の巡礼に出発する前、国王とラモンドにエストレーン領の巡礼は不要とはっきり言われている。
巡礼の規則上、指定された中継点には必ず立ち寄らなければならないため教会には顔を出すのだが、加護は与えなくて良い。という意味合いである。
早い話、加護を与えて長生きされてもらっては困るということだ。
そんな背景があって、エストレーン領主とは全く関係のないコレットを同行させたというわけだ。
しかし、エストレーン領の西側にある小さな村。
旦那の手紙によるとそこにハルトとサキが暮らしているということだ。エストレーン領自体への執着は無いのだが、私はどうしてもそこに寄らなければならない。私の本当の目的地はここなのだ。
ライアンとクレアは明後日レニオンを立ち、ウールベル領へと向かうことになる。ガーラントも乗せるので、方向こそ同じでも私達の馬車とは違う馬車での移動だ。
それに合わせて冒険者がもう一人手配されると言うことなのだが、私は迷っていた。
実は、先程話していたエストレーンの村はここレニオンから行ったほうが遥かに近い。
私の予想では明後日の出発までに充分行って帰ってこれると思うのだ。
ウールベル領を経由してからとなると、時間もかかる上にそもそもルートを外れることになる。
タイミングとしては今しかない……。
「ねぇコレット。一つお聞きしたいことがあるのですが……」
「はい、なんでしょう」
コレットは見た目の割にハキハキと喋る。見た目の割にという言い方は失礼だが、とても大人しそうな子なのだ。
「ここからこの村まではどれくらいかかるでしょうか?」
エストレーンの地図を広げ、子供達の住むであろう村の場所を指した。
「んー、山道なので馬車は使えませんが……。一日あれば着くのでは?帰りは下りなので少し早いかと」
「明後日までに戻りたいのですが、案内していただけるでしょうか?」
コレットは後ろ頭をポリポリかきながら答えた。
「別に構いませんが……こんなところに村なんかありましたっけ……」
私はロブロットにもお願いをして三人分の馬を手配してもらった。
レニオンを出て北へと向かう街道を進む。
今はまだ平坦だが、山岳地帯に入るため登り坂が多くなってくる。
「こんなところになんの用がお有りで?」
機嫌が悪そうに言葉を投げ飛ばすコレット。
コレットは非常に事務的だ。お願いをすればやってくれる。何も言わないとやらない。喋らない。
別にそれが悪いというわけでは無いのだが、一応魔物との戦闘などを想定した場合にコミュニケーションが取りにくいのは若干心配ではある。
今自分から喋ったということは、やはり虫の居所が悪いのだろう。
まぁ無理もないか……。こんな辺境弾丸ツアー。
私だって目的が無かったら来たくもないさ……。
「私の使徒の子供達がいるかもしれないので……会いに行こうと」
「かもってなんです?聖女様の使徒って王都ですよね?一緒に暮らしてないのですか?」
んなもんこっちが聞きたいっつーの……。
「まぁちょっと色々ありまして……」
「あーなるほど……。まぁ子は親を選べないですから」
違いない。でもまぁ子供に会えるとわかっているから今はそんな言葉もいちいち気にならない。
休憩も早めに切り上げて村を目指す。
ハルトはもう18歳。サキは15歳か……。
母親の記憶などもはや残っていないだろう。
でも良いんだ。私のことを許してもらうことなど目的じゃない。
一目。一目だけでいい。
元気に暮らしているところさえ見れれば。
それ以上は何も望まないから……。
切り立った崖を背に、背の低い草が生い茂る小高い丘がある。
村……。
だったであろう場所。
崩れそうな小屋がいくつか。積まれた石の隙間から草が生えたままの井戸。
もう何年も人が暮らしている気配が無い。
崩れそうな小屋の中は草や落ちた天板などの瓦礫で溢れていた。
暖炉だろうか……。その石面に子供が描いたであろう絵を見つける。数人の子供達が肩を並べて笑い合っている絵……。
私はそれをそっと手でなぞる。
標高が高いせいか肌寒い。
雲の流れは早く、陰になったかと思えばそれが風に払われまた日が差し込む。
二人はここで暮らしていたのだろうか……。
追いついたと思ったら離れていく。
また振り出しへと戻ってしまった……。
私はしばらく何も考えられず、ただただ廃墟の真ん中で立ち尽くしていた。
「帰りましょう」
コレットの声で我に帰った時には、帰りの時間を大きく過ぎていることに気付いた。
帰り道はロブロットもコレットも私に声をかけることはなかった。
いや、話しかけていたのかもしれない……。
もう覚えていない……。
私がボーッとしていたせいで、レニオンに到着したのはクレアたちが出発するギリギリになってしまった。ロブロットは私達を気遣って宿を取り、出発を明日へと延期してくれたのだ。
クレアたちの馬車は先に行ってしまったが、次の街で会えるだろう……。
せっかくのロブロットの気遣いとは裏腹に、私は深夜になっても眠ることができずにいた。
身体は疲れ切っている。それはわかるのだ。
でも頭が休むことを許してくれない。
目を閉じれば否応なしに子供達のことを考えてしまう。
レニオンの街はすっかり落ち着きを取り戻している。
宿近くの水路にかかる橋の上で、静かな水面に浮かぶ月をただただ眺める……。
二人はきっとどこかで生きている。
大丈夫だ。まだチャンスはあるはずだ。
そんな期待ばっかりじゃないか……。
私はもう……。
「寝れないのかい……?」
聞き覚えのある声に私は振り向く。
真っ白な外套が月の灯りに照らされて青白く光っていた。
「レクス……!」
レクスは私の隣に立ち、橋の手すりに肘を下ろした。
「レニオンではドラゴンを手懐けたんだって?」
そういたずらに笑いながら私をからかうレクス。
「いえ……それは話が大きくなってしまっているだけですよ。ドラゴンどころか……私は自分自身すら制御できません」
レクスは私の目のクマに気づいたかもしれない。
「ソフィアから聞いたよ。シルヴィアは街の人間全てに加護を与える聖女だって。あんな人みたことないって興奮してた。さすがに街の人間全員っていうのはすごいな」
子供のような笑顔で私に語ってくれるレクス。
「自分のことも大切にしなきゃだめだ。」
そう言って私の目を見つめる。
「レクス……レクスはなぜ冒険者をやっているのですか?」
「なぜって……。そうだなぁ。『約束』だからかな」
「約束……ですか?」
レクスはどこか悲しそうな目をして遠くの方を見つめた。
「そう。僕たちジルエールはみんな親がいないんだ。
魔物に殺されたり、盗賊に襲われたり、それぞれが理不尽な理由で辛い思いを強いられていた……。だから、僕たちのような人間を増やさないように。強くなって、そんな理不尽から大切なものを守れるように。そうみんなで約束したんだ」
「そうでしたか……辛いことを聞いてしまいましたね」
「いや、気にしなくていいよ。たまには思い出しておかないといけないことだからさ」
約束……か……。
レクスは心が折れたりはしないのだろうか。
こんな境遇の人間に対して羨ましいとさえ思ってしま
う自分が嫌だ。
「明日から出発なんだろう?今日はもう休んで明日に備えよう」
「そうですね……」
「ソフィアから聞いていると思うけど、聖女を狙う奴らがいる。しばらくは僕から離れないようにしてくれ」
レクスはやはり私の護衛で来てくれたのだ。
私がこんな状態だとかえって彼に迷惑を掛けてしまう。
とりあえず今日はもう休もう……。




