第三十話 はじめてのドラゴン
「冒険者を……引退……?」
私はシャロンのその一言に衝撃をうけた。
「ええ。ごめんなさい……聖女様とはここレニオンでお別れになります」
「そんな……」
正直本当にショックだ。当たり前のようにずっと側にいてくれるものだと思っていたからだ。
「聖女様に使用したアブゾーブという魔法は、単純に魔力を送るだけの魔法ではありません。魔力を生成する組織、言わば魂そのものを他人に移転する魔法なのです……」
魔力は人間、魔物に関わらずその体内で生成される。
その源は魂である。シャロンはあのとき私に自分の魂を私に送ったのだ。ということは……。
「では……もう魔法が……」
シャロンは一度だけ頷いた。
「私のせいで……」
シャロンは首を横に振って答えた。
「いいえ。どのみち私ももう戦えませんでしたから。それに、近いうちに引退することは前もって決めてたことなのです。今、聖女様の中には私と夫の魔力も流れています。聖女様の中でずっと生き続けるでしょう。そしてその魔力が誰かの助けとなる……。これほど光栄なことはありません」
シャロンは私に微笑んでくれた。
ありがとうシャロン姉さん。絶対にこの力を無駄にはしません。
「実は、引退後ポーションや美容品のお店を開こうと思って、レニオンに空き店舗を購入しましたの」
「そうなのですか……?」
「レニオンに立ち寄った際にはぜひいらして下さい。サービスしますので」
シャロンは少し楽しそうだった。
姉さんには冒険に関するいろはを教えてもらった。
感謝しても感謝しきれない。これは少しでも恩を返すために販促活動を頑張らねば……!!
そして、レニオンの巡礼が始まった。
本来貴族の巡礼を一番最初に行うのだが、私はクレアとライアンに頼みこんで一番最後にしてもらった。
それには理由がある。
今回の巡礼のスタート地点になるのはレニオン南大水門の前。城門と市街地の間にある用水池だ。
水上、船の上からのスタートとなる。
レニオンの南側は水路が多く広場がない。
そこで私は考えた。
街の人間を集められないなら私が動けば良い。
私は船の上から水路を移動してヒーリングをかける。
そうすることで街の人間は家にいながら加護を受けることができるという訳だ。
用水池には船が三隻。私とソフィア、ロブロットが乗る船、後の二隻はディラン率いるレニオンの湖上警備部隊だ。
私達は今日レニオンの水路を移動して、ぐるっと街を時計回りに回り、そしてまたこの用水池に戻ってくる。そして翌日、教会の本部でクレアをはじめとする貴族達に加護を与えるといった流れだ。
貴族を最後にしたのは、教会での加護の後にちょっとした計らいがあるからだ。
船は細い水路へと入っていく。
「聖女様ぁーーーーー!!」
住民達は窓を開け、私に向けて手を振ったり花びらを撒いたりして巡礼を彩ってくれている。
私は両手を広げてヒーリングを唱える。
作戦は大成功だった。
「よく思い付きましたねシルヴィアさん」
ソフィアは私の後ろから街のみんなを眺めて感動している様子だった。
クレア達の婚姻もあって、街はすでに大盛り上がりになっているのだ。
現金を直接投げる者や、酔っ払って川に飛び込む輩もいる。警備隊がそれを引き上げていたが、危ないので良い子はマネしないよーに!!
この巡礼のメリットはもう一つあって、2日で完了できてしまうところだ。
住民を集める必要がないのでその分加護を与える回数を増やせる。
そのうえシャロンからもらった魔力分も考えると魔力切れの心配もない。
もしかしたらレニオン以外でも上手く応用できるかも……。などと今後にも繋がる成果となった。
一日かけてレニオンを一周すると、スタート地点である用水池へと戻ってきた。
日はとっくに沈んでいるが、水面に映り込んだレニオンの街は実に美しくロマンチックだった。
感慨に浸りながら船着き場に戻ろうとしたときだった。
向こうの水中で何かが光ったように見えた。
気のせいだろうか……。
巡礼二日目は教会本部で行う。ハーミッド卿をはじめクレアやライアン、それにディランも。
ガーラントは別にレニオンでなくても良い気がするのだが……。それはもう我先にと言わんばかりの勢いである。
だいたいあの男が元気にしてほしいところなんざ知れているんだ。
ふざけるなよ?聖女の巡礼をなんだと思っているんだ。
そして巡礼が終わり、この後は私が仕込んだアレが始まるのだが……。
「きゃぁぁぁぁぁーーーー!!」
「うわぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
悲鳴……!?外からだ。
私は急いで教会の外に出る。
教会の前は城門から続く用水池になっている。
前の小さな広場から逃げて行く人々。
その広場の前の水面から、大きな白い魔物が首を出している。
白く輝く細長い体に、頭部には三本の角を生やしている。顔の側面と背面に魚のようなヒレを持ったそれは、一目で龍だとわかる……。
慌てて駆け寄ってきたロブロットが、愕然としながらその魔物を見つめている。
「なんと……信じられん……ドラゴンじゃ……」
ドラゴンは魔物を統べる存在である。知能が高く、滅多に人前に姿を現すことがない。ロブロット自身も過去に一度だけしかその姿をみたことがないという。
ドラゴンは何か興奮している様子で、用水池の壁にガンガン身体をぶつけて周囲を威嚇している。
ドラゴンがカッ!と口を開きそこから高圧の水が噴出されると、建物を一直線状に破壊していく。
それはもはや水などという生易しいものではない。
ドラゴンの方から悲鳴が聞こえたかと思えば、なんとその近くには逃げ置くれた子どもの姿がある。私は咄嗟にその子に向けて走り出した。が、まだ随分と距離がある……。
ドラゴンはもう一度口を開け水を発射しようとしている。
だめだ!間に合わない……!!
その子をサッと抱えて飛び去る人物……。
それはクレアだった。
クレアは安全なところにその子を放すと、ドレスのスカートの裾をビリッ!と破いて捨てる。
「これで少しはマシになった」
ライアンが投げた剣を受け取るクレア。
ライアン、ディラン、それとロブロットをはじめ近くにいた冒険者と思われる人達数名が駆けつける。
岩石障壁!!
ライアンが作り出したストーンウォールを足場にしてディランとクレアがドラゴンに向けて走り出す
筋力上昇魔法! 俊敏性向上魔法!
私は二人に対して支援魔法をかける。
クレアとディランの剣がドラゴンの首めがけて突き立てられる。
ガキィィィン!!
まるで鉄の塊でも叩いたかのような金属音が響き渡る。
二人の剣は衝撃さえ与えども、その硬い鱗によって弾かれてしまった。
「固い……!!」
ドラゴンはそのまま二人を薙ぎ払うようにして頭を大きく横に振る。
クレアは避けきれずその鼻先が直撃してしまった。
かろうじて剣を盾代わりに衝撃を和らげるが、こちらに向かってものすごい勢いで弾き飛ばされる。
ライアンは咄嗟に土壁を作り、クレアとの間に入って受け止めた。
わざと柔らかい土壁を作り、衝撃を緩和したのだ。
やるじゃないかライアン!!
土煙の向こうに立ち上がる二人の姿がある。
なんとか無事なようだ。
ロブロットの指示のもと、冒険者達はロープの先に重りのついた拘束具をブンブンと振り回し、池沿いから投げつける。
拘束具はドラゴンに絡まり自由を奪う。
近隣の住民までもが協力してロープを引っ張りドラゴンの動きを止めた。
チャンスは今しかない。
剣が効かないなら魔法で決める!!
杖を一回転させて正面で構える。
解錠!!
──我は聖女シルヴィアなり、聖光の剣をもって邪なるものへ聖女の裁きを!!──
聖女の裁き!!
………………。
ん?あれ?
出ないぞ……。え?え?なんで?
とりあえずさっきのはなかったことにしてもう一度叫んだ。
聖女の裁き!!!!




