第二十八話 一騎打ち
「3ヶ月ほど前……リグルト連邦国を巡礼中の聖女が一人、移動中に行方不明となりました。未だに消息は掴めていません」
本当に起こるのかそんなことが……。
「護衛の冒険者が六名いましたが……見つかったのはその亡骸だけです……」
私は改めて自分の置かれている状況を認識することになった。決して他人事ではないのだ。
六名冒険者の護衛がついていても全滅……。
個人差はあるとしても聖女は回復魔法が使えるのに……。
「これはジルエールでも最優先事項として考えています。冒険者ギルドにも護衛を増やすように協力を要請していますが、シルヴィアさんもどうか道中はお気をつけ下さい」
私はソフィアと別れ教会を後にする。
丁度ロブロット達が迎えに来てくれていた。
スタンレーの時とは違って、レニオンでは御屋敷で泊まることにした。
加護を与えるのは一週間後から。
なぜそんなに期間が空くのか、それはレニオンにおいて催事があるからである。
王都を出た時からそれはずっと決まっていた。
これがクレアの騎士団としての最期の仕事だということが。
4日後、クレアはライアンと婚姻の儀を行う。
聖女として私はその立会人になるのだ。
向こうの世界では牧師や神父がやるのが普通なのだが、ここレニオンでは教会本部がある事もあって、聖女が行うのが最も名誉なこととされている。
あとはクレアの気持ち次第だ……。
基本的に貴族の女に生まれた場合。結婚相手は親が決める。自分の意思で恋愛し、そのまま好きな人と結ばれる……。普通では当たり前のようなことを、貴族の女性はすることができない。
これはクレアに限ったことではない。私だって例に漏れず同じ状況なのだ。
聖女の巡礼があるので今は保留になっているが、次の巡礼は22歳。その時は夫も子どもだっているかも知れないのだ。
夕暮れ時、私はハーミッド卿屋敷に到着する。
屋敷の大部屋に通されると、そこには婚姻に関する面々が揃っていた。
まず初めに紹介するのはやはりハーミッド卿だろう。
ジョンソン=ハーミッド。クレアのお父上である。
少し痩せており、穏やかな顔で杖をついた高年の男性。
クレアが小さい時に病を患っており、医者にも長くないと告げられていたのだが、私のヒーリングで劇的な回復を見せた。クレアが私に良くしてくれるようになったのはそれからだ。
ハーミッド家には男の子が生まれなかった。
一番上のお姉さんは騎士団長のディランと。二番目のお姉さんもフランディアの領主と結婚している。
クレアがライアンと結婚すると、ハーミッド家の三姉妹は皆嫁いでいってしまうことになる。
ハーミッド卿も嬉しい反面、なんだか少し寂しそうだ。
最終的にはディランがロアの領主としてレニオンに入ることになるのだが、団長の仕事もあるのでまだまだ先になるだろう。
ディランも当然屋敷に招かれている。
ライアンとクレアと三人で話をしているようだ……。
「おお!シルヴィアか!久しいな!」
後ろから大きな声で話しかけてくるこの男。
色黒の中年で、金色あったであろう長い白髪を後ろで纏めている。
ガーラント=イスタリス
この男はライアンの父親であり私の伯父にあたる。
ウールベル領の現領主だ。
「シルヴィアよ。しばらく見ない間になんと美しくなったものよ……ワシの妻にならんか!?ん?」
本気で言ってるのかオッサン……。
血縁者だぞ。しかも自分の息子より若い娘を……。
私はこの男があまり得意ではない。
というか苦手だ。
はっきり言うと嫌いだ。
クレアとライアンの縁談もこの男が強引に結びつけたのだ。表向きに息子のためだと言っているが、冗談抜きで今後クレアにちょっかいを掛けそうなのだ。
その行動力と決断力で商売ごとや交渉ごとに関しては並ぶものがないくらい優秀な人間らしいのだが、とにかく欲しいものは絶対に手に入れないと気が済まない性格らしく、他人の妻や嫁入前の娘に平気で手を出す男なのだ。
まぁ穴が空いてれば何でもいいのだろう……。
おっといけない。私は聖女だった。
「まぁ伯父様ったら。奥様に叱られてしまいますよ?」
ガーラントは大きな声で笑っている……。
クレアには常に剣を持ち歩くように言っておこう。
本来ならラモンドもこの席にいておかしくないのだが、このガーラントという男の素行のせいで二人は激しく仲が悪い。招待はされていると思うのだが、恐らく断っているのだろう。
「聖女様。リグナーを救って頂き感謝いたします」
今後はディランが声を掛けてくれた。
クレアとライアンも一緒だ。
「いえ、リグナーはとても勇敢でした。いずれ立派な人間になると思います」
「クレアのことも……」
そう言ってディランはクレアを見る。
「クレアは私の大切な友人ですから。ただ、置いて行かれたのは少し驚きましたけど」
少し意地悪を言ってみる。二人とも本当に危なかったんだぞ?
ディランは頭をかきながらバツの悪そうな顔をしていた。
私はクレアの方を見る。クレアは私の視線に気付き、
少し考えた後、意を決したようにディランに声を掛けた。
「団長……少しお時間よろしいでしょうか」
私達は広間を離れて中庭の方に場所を変えた。
クレアは剣を鞘から抜き、構える
「お手合わせ願えないでしょうか」
ディランは戸惑っていたが、クレア気迫に押されて承諾した。ただ、真剣ではなく稽古用の木剣でという条件付きでだ。
暗くなりかけた中庭に二人の影が伸びる。
ディランはきっとクレアの気持ちには気付いているのだろう。
そのやり場のない想いを振り切るため、今ここで一騎打ちを申し出たということも察しているはずだ。
「手加減は無用です」
「いや、案ぜずともお前相手に手加減は無理だ」
「参ります……」
剣を構えたクレアが呼吸を整えるようにして、深く空気を吸い込む。
踏み込むと同時に爆発するように加速するクレア。
迎え討つディランと激しい鍔迫り合いが起こる。
クレアは一瞬距離をとり、再び低い姿勢で地面を蹴る。
三連刺突!!
ディランも同じ三連撃でそれを捌く。
三連斬撃!!
木剣とは思えない重く鈍い音。
剣士の事は分からないが、互角に戦っているように見える。
静かな中庭に二人の声と何度も剣を交える音だけが響き渡っていた。
「更に腕を上げたなクレア」
「次で決めます……」
クレアは剣に手をあてがいもう一度腰を落とす。
頬を伝う汗が地面に落ちた瞬間、今までよりもさらに早くディランとの距離を詰める。
そこから放つ三連撃。一撃目と二撃目は剣に弾かれる……。三撃目は木剣の柄に当て、ディランの剣を弾き飛ばそうとするクレア。
そのときディランは身体を引き、回転するようにして攻撃をいなす。
不意を突かれたクレアが前のめりにバランスを崩す。
「はあぁぁぁぁ!!」
クレアはそこからもう一度踏みこんで回転しながら跳躍する。
五連星刺突!!
更に繰り出されるニ連撃。
いける!
クレアの五撃目はディランの頬をかすめていた。
そしてクレアの喉元に突き付けられた切っ先。
勝敗は決した。
「参りました……」
剣を降ろすクレア。
ディランはクレアの方にポンと手を当てる。
そのままぐっとクレアを引き寄せ抱きしめた。
突然の抱擁にクレアの目にかろうじて留まっていた涙が揺れ落ちた。
「本当に強くなったな……」
日は完全に沈み、空はオレンジ色から深い藍色に変わろうとしていた。
ライアンの二人をみる目は、嫉妬や憎悪などではなく尊敬と称賛に満ちている……。
これでクレアの気持ちに決着がついたのだろうか……。
私はこの世界で友と呼べるのはクレアしかいない。
幸せになってほしいんだ。




