第二十五話 絶望
私はずっと後悔していたじゃないか。
自分の選択を。
大切だったはずの家族を捨てて、
とりあえず自分ではない何かになりたかった。
そんな人間が裁く?
笑わせる。得てして滑稽だ。
今だってそれを押し込めて冒険の旅に興じているんだろう?
そうすれば考え無くていいから。そのほうが楽だから。
私はいつまでも私のままだ。
旦那も子供も私のことを恨んでいるに違いない。
今更もう一度会ったところで……。
私は──
ドン。と背中から何か暖かいものが流れ込んでくる。
心地よいそれは背中から心臓に溜まり、鼓動に押されるように涙となって溢れ出した。
力強い何かが、私の魔力と混ざり合って体中を駆け巡る……。
「魔欠状態です……瞬間的に多量な魔力を消費すると、意識が混濁し、正常な判断ができなくなります」
シャロンは私を後ろから抱きしめ、優しく微笑んでくれた。
魔力移転──
「私の残った魔力を聖女様に送りました。亡くなった夫が最後に残してくれた魔法です」
手を当てた自分の胸、その奥に水の様に穏やかな煌めきが脈を打っている。
さっきまで頭の中が嘘のように、はっきりと冴え渡った。
ありがとうシャロン。
絶対にアイツを倒す!!
私は涙を拭い、杖をギュッと強く握り締めた。
守護魔法!!
二発目の光線もプロテクションで弾き飛ばす。
マジックアイテムをどうにかしないとネメシスを放っても回復される。
あの見た目……。まるで悪魔。強さと恐怖の象徴。
彼ももとは人間だったのだろう。こんな誰も訪れない遺跡の奥で、一人玉座に座り続ける理由はなんだ?
何を守ろうとしているんだ……?
王……。王の立場……。王が王でいれる証……。
それは……!!
「王冠です。あの王冠がマジックアイテムです!!」
私は握った杖で魔物の王冠を指した。
それを見た魔物は途端に表情を変える。
上空から私を目掛けて急降下する魔物。
「ここだ!!」
岩石障壁!!
ライアンはストーンウォールを唱え、岩壁を出現させる。だがそれは防御の為ではなかった。
急降下してくる魔物の腹部を飛び出たストーンウォールが思い切り突き上げる。
ドォン!!
バランスを崩しそのまま壁に激突する魔物。
「今じゃ!」
ロブロットは魔物を追いかけ、そこへ体当たりを喰らわせる。
「お返しじゃ!!」
壁へとめり込む魔物。
「クレア!!跳んで!!」
ライアンの肩を踏み台にして高く跳躍するクレア。
魔物の王冠目掛けて高速の三連撃を撃ち込む。
一撃目は頬を、二撃目は額を、三撃目は王冠にあたり、上へと弾いた。
「まだだ!」
ライアンは一歩踏み出し、盾を掲げて足場を作る。
ライアンの盾をダンッ!と踏みつけ、もう一度回転しながら跳躍するクレア。
「限界を……超えるっ!!」
全身のバネを、しなりを、ありとあらゆる筋肉を使ってそこから更に渾身の二連撃を繰り出す。
五連星刺突!!!
クレアの剣が王冠を貫いた。
魔物は悲鳴を上げて苦しむと、全身をまとっていたガイコツ達がボロボロと剥がれ落ちていく。
「シルヴィア!!」
私はクルッと杖を一回転させて、もう一度正面で握りしめる。
イメージは『裁き』。
裁くのは敵ではなく私……!!
弱かった自分自身……!!
「解錠!!」
傍からみれば、確かに滑稽な話だ。
自分で捨てたものを探し求めているのだから。
でも……捨てきれなかった。
この手を離れて、本当に大切なのだと気付いた。
たとえ絶対に手に入らないとわかっていても
どんなに惨めにすがり付こうとも
何度道を間違えようとも
それでも私は家族を求める
「我は聖女シルヴィアなり。我は闇を討ち滅ぼす者なり。
聖光と激流の剣をもって、邪なる者へ聖女の裁きを!!!」
──私はそれを『希望』と呼ぶんだ!!!
私の背中に白く大きい翼が広がる。
聖女の裁き!!!
一瞬の静寂のあと、空間が割れる様な轟音と共に激しい光の渦が魔物を貫く。光の渦は部屋を突き破り遥か向こうまで大きくえぐり取って消滅させる。
魔物はその光の渦の中で塵となりゆっくりと消えていった。
カランッと杖を落とし、そのままヘタッと座り込む私。
クレアとライアンが私に駆け寄ってきて抱きつくと、
私達は三人とも涙を流しながら喜びあった。
今度こそ本当に勝ったのだ。
ドドドドドド……。
どこからともなく地響きが聞こえてくる……。
水だ……。先ほどの魔法のせいか大量の水が遺跡の中に入り込んできている。
「こりゃいかん!!すぐに逃げるんじゃ!!」
水位はどんどん上がってくる。結局私たちはもといた結界のある部屋まで上がってきてしまった。
「くそ!!せっかく魔物を倒したってのにこんなの……」
ライアンはドン!ドン!と塞がれた岩を叩きだした。
水はもうすでに胸の高さまで来ている。
私はふとこの部屋に閉じ込められたときのことを思い出した。
あのとき、魔物は天井から降ってきた。
あの魔物はずっとあそこにいたのだろうか?
いや、それは考えにくいだろう。
つまり、この部屋以外に通じる道があるということだ。
私は天井を見回す。すると天井のちょうど中央部に人が一人通れるほどの穴を見つけた。
あそこから……?
「天井に穴が空いています!」
ロブロットはそれを聞いて何かを勘付いたようだった。
「そうか……!あの石壁の表面……もとよりここは封印された後に水に浸かっておったのか!あれは水の出入り口じゃ……出れるかもしれんぞ」
私達は水位が上がるのを待って中央の穴から抜け出し
た。しかしライアンの盾だけは穴から出すことができなかったので、ここに置いて行くことになった。
穴の先は洞窟のようになっていて、狭く細い道が続いている。
もう私もシャロンもオーブライトを使うほどの魔力も残っていないのでこのまま手探りで進むしかない。
私達の足音がピチャ、ピチャ、と狭い洞窟内に響く。
「こんなところで魔物に襲われたらひとたまりもないぞ……」
待って……。それを言うと……。
「お願いライアン。そんなこと言わないで……」
私はすでに半泣きの状態だった。
カチカチ……。
カチカチ……。
聞いたことがある音。
あぁ……やっぱりぃ……。
恐る恐る振り返ると、暗がりでモゾモゾと蠢く無数の何かがこちらに迫って来ていた。
「イヤァァァァァッ!!」
私は悲鳴を上げ逃げようとするが、濡れた地面に足をすくわれて尻もちをついてしまった。
そのままズズズ……と下の方に落ちて行く……。
「え……え……」
ズサァァァァァァァ!
「キャァァーーーーーーーー!!」
それはまるでウォータースライダーのように、右へ左くねくね曲がりながら急斜面を滑り降りていく。
突然ポンッ!と宙に放り出されたと思ったら、
ザブーーン!
と勢いよく水の中に投げ込まれたのだ。
ロブロット達も続けて水の中に飛び込んでくる。
私はジタバタともがきながら、水中の中を見渡した。
10メートル先ぐらいだろうか。そこの水面に光が差し込んでいる。
泳ぎ方などとうの昔に忘れてしまったのだが、とにかく必死にそこまで泳いだ。
「ぷはぁ……!」
外だ……。良かった……。
ここは……どこかの川だろうか。流れは速くない。
岸までなんとか渡り、草の上に倒れた。
助かった……。そうだみんなは……!?
ロブロット、シャロンに、クレア……。
ライアンがいない……!!
少し離れたところで顔を伏して浮いているライアンを見つける。
ロブロットは急いでライアンを岸に上げると、人工呼吸をして水を吐かせた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
「ライアン!良かった……!」
クレアはライアンの顔を覗き込むようにして声を掛けた。自身の膝にライアンの頭を乗せ、心配そうに見守るクレア。
「ここは……助かったのか……」
目を覚ましたライアンは目の前にあるクレアの顔を見てホッと安心したような表情を見せる。
「ライアン。クレアが必死に人工呼吸をしてくれたんですよ」
私のその一言にガバッ!と飛び起きるライアン。
「なんだって!?」
「え……!?ちょ……!?シルヴィア……!!?」
真っ赤になったクレアがライアンと見つめ合う。
「僕もう一回溺れてきます!!」
そう言ってライアンは川に飛び込んだ。
世の中には良いウソと悪いウソがある。
まぁ今のは悪いウソです。
良い子は真似しないよーに。
ライアンが飛び込んだ水しぶきのあとには、
綺麗な虹がかかっていた。




