第二十二話 クレアの想い
「私は小さい頃から姉たちに勝てるものが何一つ無かった。だから、いつの間にか剣を握って男の子達に混ざって遊ぶようになったの……。騎士団に入って、あの人と仕事をしているときだけは……姉よりもあの人の側にいれるんだって思うようになった……」
クレアもまたライアンと同じなのである。
手を伸ばせば触れられる。でもそれは絶対に自分のものにはならない……。
そうわかっていてなお、それに固執し縋り付いてしまう。
笑っていいとクレアは言った。
傍からみたらそれはそれは滑稽な話だろう。
他人のものを奪ってはいけない。
約束したのなら守らなければならない。
人の心を傷つけてはいけない。
当たり前の話だ。そんな正論バカでもわかる。
でもそれができないから……。
こんなに苦しんでるんだ……。
「クレア……。私はまだクレアのように想いを寄せる人に出会えていません。ですから、クレアが少し羨ましいんです。それぐらい想える人に私は出会えるでしょうか」
涙を拭い、鼻をすすりながらクレアは少しだけ笑顔を作った。
「あなたは大丈夫よ。私なんかよりずっと賢いから」
私の髪を描いて頬に手をあてるクレア。
私はその手に自分の手を重ねる。
「シャロンさんが言っていったように。想いを伝えてみてはいかがですか?」
「答えはわかっているもの……あの人を困らせてしまうだけだわ」
「たとえ結果がわかっていたとしても、伝えることに意味があるのだと思います」
私は頬の手を降ろして、もう片方の手も合わせて握る。
「理屈で筋道を立てなくても良いではないですか。どうせ割り切れない想いなのであれば、クレアなりのやり方で伝えて、しっかりと決着をつけたほうが良いと思います」
恐らくそれしか解決方法はないと思う。
クレアが自分自身で気持ちに整理をつけないといけないのだ。
クレアは何かを考えた後、決意したようにゆっくりと一回だけ頷いた。
「わかった……」
それが終わってからで構わない。
ライアンと共に歩むことになったときは……。
改めてクレアの意思で彼を選んであげてほしい……。
彼だって苦しんでいる。
同じ苦しみから解放してあげなければ……。
次の日、ライアンは激しい二日酔いでぐったりしていた。一応回復魔法を使えば治るのだが、反省して貰うためにそのままにしておこう。
レニオンまではあと二つ村を経由する。
私達は今アレストリア領とロア領を繋ぐ関門に来ている。
ロア領はその中心に美しい湖を構え、北はアルデリア共和国から南はフランディア領域南部までをまたがる運河によって水産業が盛んだ。
鏡水都市レニオンはフランディア全土の中でも一、二を争うほど美しい都市とされていて、ロア領中心の湖に浮かんでいる。北部の山脈とともに湖面に映るその姿は、まるでもう一つの世界のようだ。
今回、レニオンまでの道中で一件だけ冒険者の仕事を行うということなのだが。
今回は討伐ではなくて採掘の依頼だという話だ。
採掘の仕事とは、主にアイテムの収集のことを指す。
それだけでギルド内部でチームが結成されるほど、討伐に継いで冒険者ギルドの仕事の多くを占めている。
ロブロットが言うには、どうやらここ最近になって、近くに遺跡が発見されたらしいのだ。そこの遺跡の内部にあるアイテムの捜索が今回の仕事になるらしい。
これはロブロットから教えてもらったことなのだが、遺跡の内部にはマジックアイテムがあることが多いらしい。
理由は不明だが、それを守護するように魔物が発生するようになるということなので、当然戦闘も予想される。以前戦った武器持ちほどではないが、遺跡内にあるマジックアイテムの影響を受けた魔物などもごく稀に存在するらしいので、油断は禁物である。
ちなみに、こういう遺跡や洞窟内で採れるアイテムや鉱石などは、基本的に全てギルドの管理下に置かれ、勝手に持ち帰ったりすることはできない。
それぐらいマジックアイテムなどは有用なものが多い反面、悪用されると非常に危険なのだ。
ロア領に入り一番近い村。そこから更に丸一日。
依頼のあった遺跡への入口は、外からはまるでわからないような場所にあった。
長い年月が経つうちに周囲の草木や土砂が覆い被さり、入口を塞いでしまっていたのだろう。
遺跡の中は外よりもだいぶ涼しい。というよりむしろ寒いくらいだ。シャロンのオーブライトで周囲を照らす……。
恐らく人工物であろうその石壁には、キラキラと輝く水晶のような石の結晶が付着している。
「ほぉ、これは魔法石か……」
「魔法石……?ですか?」
ライアンがロブロットの手に持った石を覗き込むように見ている。
「うむ。ここのものは純度が低く使えんが、他の場所にはもっと純度の高いものがあるやもしれんのう」
魔法石、魔晶石とも呼ばれるこの石は、非常に魔力を帯びやすい特徴を持った鉱石である。
魔法石はその性質から生活の中の様々な場所において利用されており、我々の生活には無くてはならないものとなっている。例えば明かり。各家庭の明かりはこの魔法石に呪文を刻み、それに魔力を込めることによって発光させているのだ。その他にも呪文を刻むことによって様々な用途で用いられている。
遺跡の内部は奥側に細長く繋がっており、途中いくつかの部屋はあったのだが、中に何かがあるわけでも無く、つるっとした石壁に囲まれただけの空間だった。
一番奥の部屋まで来ると、そこは行き止まりだった。
今までの部屋と同じように、何もない空間が広がっている。
「ふぅむ。変じゃのう……。ここまで何もないとは」
ロブロットはそう言ってしばらく辺りを見回し、皆に引き上げるように促した。
私たちが部屋を後にしようとした瞬間……。
ゴゴゴゴ……!!
私達のいる部屋の外側から大きな地響きが伝わってくる……。
「いかん!!罠じゃ!!」
ロブロットが叫んだ瞬間、部屋の入口上部から大きな岩盤がドォン!!と落下し、私達を閉じ込めてしまった。
「そんな!出口が……!」
驚くライアンの隣に、天井からボト、ボト、と何か球状の物体が数個ほど落下してきたのだった。
大きめのスイカよりももう一回り大きい……。
球状の物体は小刻みに左右に揺れたかと思うと、パカッっと展開し姿を現した。
ムカデのような体にサソリのように針のついた尾が二本生えている。口をカチカチと鳴らしてこちら側を威嚇している。
いやぁぁぁーーーーーー!!むりぃぃぃーーー!!
キモいキモいキモい!!
私は昔からこういう足のたくさん生えた生き物が大嫌いなのだ。
全身にブワッと鳥肌が立つ感覚。
「やはりの……こいつには毒がある!!尻尾には気をつけるんじゃ!!」
そう言ってロブロットは盾と棍を構える。
「はあっ!」
クレアは魔物の口に細剣を差し込む。そのまま串刺しになった魔物をブンっと放り投げた。
「うわぁ!」
魔物の一匹がライアンの盾をよじ登り、顔の前で歯をカチカチと鳴らす。
ロブロットは盾の上から魔物を叩き潰した。それに押されて、魔物の口が更にライアンに近づいて悲鳴を上げる。
「落ち着け!動きはさほど速くない!!口を狙って攻撃するんじゃ!」
ライアンは体制を立て直すと、向かってくる魔物に剣を突き出した。魔物は上半身だけを後ろ側に引き、ライアンの剣を交わすと、シュルシュルとライアンの剣に絡みついた。
「う、うぉぉぉぉーーー!!」
ライアンは盾を前に構えたまま思い切り壁に向かって走り出した。
魔物を壁と盾で挟んで体重をかける。
絡みついた魔物から剣を抜きとり、滅多刺しにするライアン。
「良いぞ!その調子じゃ!!」
「激流の鋭剣、不浄なるものを切り裂き清めたまえ」
水流剣刃!!
シャロンは体の前で手を横一文字に切る。
そこから放たれた水の刃が、魔物たちを切り裂いて壁に当たり弾けた。
部屋の魔物が残りわずかというとき、一匹の魔物が石壁の下に入り込んでいくのを、私は見逃さなかった。




