第二十話 前衛騎士
クレアとラグタン、双方が激突すると思った瞬間、クレアが滑り込むようにしてラグタンの下に入る。
剣を持つ手とは反対側の手を柄にあてがい、一気に真上に突き上げる。
致命刺突!!
ラグタンの外皮が薄くなった箇所へ深々と突き刺さった細剣。
その衝撃によって、一瞬ではあるがその巨体を浮き上がらせた。
ラグタンは横転し、手足をピンと伸ばし小刻みに震えたのち息絶えた。
「お見事。なぜそこが急所だとわかったんじゃ?」
「人間と同じです。必ず心臓があるはず。固い外皮は弱点を守るためのものだと思ったので……」
ロブロットは深く何度もうなずいてクレアを称賛する。
「いやぁお嬢さんワシと組まんか?分け前は好きにしていいぞ?」
冗談で言っているんだろうが、クレアはそれを聞いてクスッと笑った。
そしてそのあとに聞こえないような声でつぶやいた。
「それも良いのかもしれないな……」
小さな声ではあったが、確かにそう聞こえた。
「クレア……そのっ……」
ラグタンに刺さった剣を引き抜くクレアにライアンが声を掛けた。
クレアはそのまま剣を拭きながら答える。
「細剣の長所はその速度と正確性。鎧や外殻の隙間を縫って急所を狙う……その武器を使うのなら覚えておくことね」
何か言おうとしているライアンに蓋をするようにしてクレアは話を続けた。
「あと、昔の馴染みだと思って許容していたのだけれど、今は任務中です。私のことは隊長と呼びなさい……」
そう言い放つと、クレアは剣を収めて馬車へと戻っていった。
意気消沈しているところ申し訳ないけれど、詠唱おばさんからも一つアドバイスがある。
「ライアン。鉄壁とはどのようなイメージですか?」
「鉄壁は……鉄壁だろう?こう分厚くて固い……」
「現象詠唱の場合、たとえばストーンウォールであれば出現させる壁の構造も細かくイメージしてみてください。一枚の壁というイメージだけだとただの土壁になってしまいます。硬い岩盤が何層にも折り重なるようなイメージで、練習をしてみてください」
ライアンからの返事はなかった。
そこへさらにロブロットが助言をおこなう。
「ワシからはお前さんに三つアドバイスがある」
ライアンの宿題は山積みだ。
「まず一つ。武器はよく考えて選べ。誰かの真似をしたってお前さんがうまく行くとは限らん。お前さんの体格や戦い方に合わせた武器を選ぶんじゃ。そして二つ目、魔物は命懸けでお前さんに向かってくる。お前さんも命を懸けろ。そして最後に……」
ライアンの方に歩み寄るとロブロットは彼の肩に手を回して、耳元で言った。
「気の強い女ほど押しに弱いもんじゃ。たまにゃ強引に行かんとな」
いやらしい笑みを浮かべてライアンのお尻をポンと叩くロブロット。
「は、はい……!!」
目をキラキラさせて返事をするライアン。
その目はもはや尊敬の眼差しと言える。
そのまま嬉々として馬車に走っていくライアン。
響き渡るクレアの悲鳴と平手打ちの音……。
私はロブロットを冷ややかな目で見つめる。
ロブロットは笑って誤魔化していたが……。
これでライアンがどういう人間かよくわかって貰えたろう。
私達はすぐ近くの村で宿を取ることにした。
明日はこの村にある鍛冶屋でライアンの武器を選ぼうと思う。さすがに丸腰では心もとないのと、かなり手持ちにゆとりがあるということも大きい理由だ。
スタンレーの巡礼時に私は衝撃を受けることになった。
街道や村とは異なり、支部教会のある街では私達にではなく直接教会に寄付金が寄せられる。
別の用事で教会に顔を出したとき、なんだか皆大慌てだったのだ。その理由として、スタンレー中から大量の寄付金があったということだ。
リグナーと私でローグを退治した話が瞬く間に広がり、スタンレーでは聖女ブームが起こっていたのだった。参列者が多いなとは思っていたが、まさかそんな事になっているとは……。
そのこともあって、教会では集計がパンクしてしまい、寄付金を受け取れない自体が発生してしまった。
教会で受け取れない寄付金分は、私達が両替してレニオンまで運ぶことになってしまったのだ。
金貨が300枚、それに金帯と呼ばれる細長い板状の金通貨が12本……。金帯は一本が金貨200枚分の価値に相当するので、日本円にして役73,000,000円弱………。
いやいや!ゆとりの次元じゃないから!普通に危ないから!
それと、今日はクレアとシャロンと同じ部屋になったので、今後のことなど話していたのだ。まぁ女が三人集まれば会話は弾むわけで。
やはり話はクレアのことになった。
「あのライアンという子、なかなかおもしろいわね」
シャロンはクレアに問いかける。
「クレアさんの婚約者なのでしょう?」
表情が浮かばないクレアに対して、シャロンは自分のことを話してくれた。
「恋かぁ私もそんな時期があったわね……」
シャロンは昔を思い出して感慨に浸っている。
「その時の相手は同じ冒険者でね……笑顔が素敵な人だった。私はその人の隣に相応しい女になれるようにって必死だったわ……」
「それで……?」
さっきまでの表情が打って変わって目をキラキラさせるクレア。
「同じ討伐団でね。一緒に仕事をしていくうちに距離が縮まっていった私達は、晴れて恋人として結ばれたの……今でも一語一句ハッキリ覚えてる……彼のプロポーズの言葉……」
「シャロン殿、そのお方と結婚されておられるのですか……?」
「あらそうよ。でもね……その人は任務の途中で命を落としてしまったの……」
「そんな……」
「ううん。気にしないでください。そんなつもりで話をしたわけではないの。でもねクレアさん……お互いに命を懸ける仕事をしているのだから、『次』なんていうのは宛てにしてはダメよ。想いははっきりと伝えないと」
そう言ってクレアの背中を押すシャロン。
クレアの表情が少しだけ明るくなった気がする。
シャロンはもうクレアの悩みに気づいているようだ。
これはあくまで私の推測なのだが、クレアは何かから逃げているように思える。
それはおそらくタイムリミットだろう。
いくら騎士団だからといえ、このタイミングで戦闘経験のないライアンを同行させた理由……。
時折見せる冒険者に対しての羨望。
命を懸けて囮役を買って出たり等……。
クレアはレニオンに行きたくないのだろう。
おそらくそこでクレアはタイムリミットを迎えてしまうから。
婚姻という名のタイムリミットを。
次の日、私達は村の鍛冶屋を訪れていた。
ここではそんなに品揃えがあるわけではないので、
急場しのぎになってしまうのだが。
鍛冶屋に並んだ数点の武器。
直剣、斧、槍。武器はこの三点だけ。その隣に大きな盾が置いてある。
ロブロットはその盾をまじまじと見つめて髭を撫でる。
「ふーむ。これなんか良いんじゃないかのう」
「盾……ですか」
ライアンの身長ほどもある大きな盾。
ライアンは戸惑いを隠せない様子だ。
「うむ。お前さんあまり反射神経は良くないように見えるからの。それだったらいっそ回避は諦めて味方の最前に立って防御を固める……。壁になるということじゃ」
ライアンは表情がひきつる。
「酷いな……!人を壁だなんて……!」
「違うわよ。前衛騎士という役割よ。なんで騎士なのに知らないのよ?」
クレアはため息をついて呆れてしまっている。
「その通り。冒険者の間では守備者とも呼びますがの。お前さんは騎士じゃからヴァンガードのほうが格好がつくじゃろ」
「ヴァンガード……」
「壁といってもただつっ立っとりゃ良いってモンじゃないぞ?敵の攻撃を受け、いなし、攻撃もする。その間に後衛が対策を立てたり、魔法を詠唱したりできるんじゃ」
「しかし、その分怪我を負う危険性も高いわけですよね……」
「そこは私が回復しますので大丈夫ですよ」
私はライアンにとびきりの微笑みをプレゼントしてあげた。
「いや……そういう問題では……」
なかなか決断できなかったライアンだったが、この後俄然やる気になる出来事があったのだった。




