第二話 再会
貴族街の巡礼を始めて二ヶ月が経った。
サキに関する手掛かりは
何一つ得られないままでいた。
そればかりか、貴族街の巡礼にだいぶ遅れがでている。
そもそも街とは呼ばれているが、ここは貴族たちにとって別荘のようなもので、王宮に務めている人間を除き、普段は自身に与えられた領地で生活をしている。
遠方から来る貴族たちなどは、日程の調整が難しい。
おまけに貴族街の巡礼は、寄附金の額によって順番が決まっている。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、貴族街の中を行ったり来たりしている。
周りの人々はそれを見て、あそこの家はどーだだの序列を楽しんでいるわけだ。
勘弁してほしい。本当に迷惑極まりない話だ。
それに加え、マチルダの指示で、過剰な休憩時間が設けられている…………。
マチルダの過保護ぶりは凄まじく、
先日、私の前に転がっている石ころに気づけなかったロイヤルガードが、交代させられることがあった。
もちろんマチルダの指図でだ。
そんなこんなで、まだ半分以上貴族の巡礼を残してしまっているのだ。
それと、
私が焦っているのには理由がある。
始めての聖女の巡礼は、約半年間。
実はこれ、半年間以内に終わらなかった場合、そこで強制終了になってしまうのだ。
本来、半年後に王都北部の教会本部より使者が来て、聖女巡礼完了の祭儀を行うのだが、エルビオンのような大都市では祭儀も大掛かりになり、当然準備にもかなりの時間がかかる。完了の儀の日程はもうすでに決定しているのだ。
よって、半年間という期限が変わることはない。
貴族街の巡礼に時間を使えば使うほど、
平民街への巡礼に使える時間は少なくなっていく…………。
この巡礼が終われば、私はまた数年間、貴族街に幽閉
されることになる。
このまま何も手がかりが掴めなかったらどうしよう……。
次の巡礼は12歳。
心が折れそうだ…………。
大体………。
サキに会えたとして
私は何て言うつもりなんだ………?
ママは生まれ変わって聖女になりましたー。
貴族街の豪華なお屋敷で優雅に暮らしてますー。
ってか?
ふざけるな
サキはまだ3歳だった……。
お腹空かせて無いだろうか?
着るものは?
住むところは?
怪我はしてないだろうか。
病気にかかったりしていないだろうか。
全部………私のせいだ…………。
「おや、聖女様?どうかされましたか? 顔色が優れないようですが…………。」
壮年の男性の言葉で我に返る。
「…………!!い、いえ…………大丈夫です…………。」
屋敷を出るや否や、マチルダがすごい形相で駆け寄ってくる。
「んまぁ〜可哀想にシルヴィア!!ちょっと何してるの!!休憩よ!!休憩!!」
まるで耳を貫通するような声だ。
あぁ……しまった。これでまた遅れが出てしまう………。
先程の屋敷の一室を借り、休憩を取ることになった。
不安げに私を見つめてくるマチルダ。
「大丈夫ですお母様……。少しだけ風に当たっても良いでしょうか……?」
「良いのよシルヴィア〜。無理しないでねン。」
窓際のイスに腰掛け、外を眺める…………。
マチルダは私の対面に座り、視界の端の方から熱烈な視線を送ってくる。
うん……いや………どっか行ってくれ…………。
コンコン
「奥様、旦那様がお呼びです。」
良かった……。
マチルダはメイドに呼ばれ渋々と立ち去っていった。
「…………はぁ。」
特大のため息と共に、私は窓の外を眺めた。
貴族街のゲートの向こう側に、少しだけ平民街が見える。
人々や馬車が行き交い、賑やかな様子が伺える……。
!!
今、一瞬…………
わずかだが女の子が見えた。
年齢でいうと7歳とか8歳とかそのぐらい……。
後ろで結んだ髪が跳ね上がった時、
かつての面影と重なった…………。
サキ………………!?
私は居てもたっても居られなくった。
でもどうする…………?
いつマチルダが帰ってくるかわからない。
ゲートには当然憲兵も立っている。
しかし、ここで何もしなかったら私はまたきっと後悔する。
そう思った。
私は窓の外を見回した。
私のいる部屋は、屋敷の外庭に面している。
外庭からゲートまではだいぶ距離があって、
この庭を走り抜けるというのはかなり目立つ。
ゲートに近づいたところで、隠れるような場所もなく、門番に見つかってしまうだけだろう。
私は更に窓から身を乗り出して見回すと、あることに気づいた。
外庭から生えた一本の木……。その枝先が貴族街城壁の上までかかっている。
あそこまで登ることができれば…………。
高さは屋敷の2階部分を大きく越えている。
10メートルはあるだろうか…………。
でも迷っている場合じゃない。
この格好じゃ目立つ……………。
着替えなんてここには…………。
その時私の目に止まったのは、ヒラッと風に揺れるカーテンだった。
これだ………!
私は飾られたローブを脱いで下着になると、窓のカーテンを外して身体にぐるりと巻きつけた。
長い髪も頭に巻いた布の中に押し込んだ。
これで貴族には見えないだろう。…………たぶん。
私は窓からこっそり抜け出すと、見つからないようにひっそりと外庭の木に近づく。
木登りなんて小学生のとき以来だ……。本当にあんところまで登ることができるのだろうか…………。
いや、
普通なら5歳の女の子が登れるような高さではない。
だが、この世界にはそういうことを可能にする方法がある。
魔法だ。
なんて偉そうなことを言っても、私は回復魔法以外使ったことがない。
そもそも魔法には適正があり、誰でもどんな魔法でも使えるというわけではないのだ。
私は大きな木の幹に手を当て、指先に精神を集中する。
ちいさな声でこう呟く。
「大いなる力の精霊よ、聖女シルヴィアの名の下に
…………えーっと、筋肉ムキムキにしてください。」
筋力増強魔法
私は木の出っ張りを掴み、グッと力を入れてみる。
おぉ…………!
変わってる………………のこれ?
効果があったのかよく分からない…………。
やはり詠唱が良くなかったのだろうか…………。
さっき私が魔法を使う前に言った、呪文のようなものが詠唱と呼ばれるものだ。
魔法は使用者のイメージが重要で、
より強く、鮮明にイメージすることで魔法の効果も大きくなるものらしい。
詠唱をしなくても魔法は使えるが、詠唱をしたほうがより効果を得やすいと思ってもらって良い。
……まぁ詠唱自体はあくまで、声に出す事でイメージをしやすくするためのものだから、正直ドッカーン!とかビリビリー!!とかでも良い。…………はず。
と言っている間に外壁の高さまで登ってしまった。
少しだけ下を覗いてみる。
ひぃぃぃ…………。想像以上の高さに足が竦む。
慎重に枝にしがみ付きながら、なんとか外壁上部に降りることができた。
初めて見る貴族街の外の景色……………。広がる平民街。
王都城壁の外には見渡す限りの耕作地が広がっている。
景色を堪能している場合ではない。外壁から降りられそうな場所を探そう。
外壁の上をしばらく歩くと、滑車付きの金具に、ロープが張ってあるのを見つける。
下を覗くと、張ったロープの先に籠がある。
恐らくこれは荷物用のエレベーターだと推測する。
大人は無理だが、私くらいの重さなら耐えれそうだ。
私は滑車を回して籠を引き上げると、籠に乗り、しっかりロープを握りながら降りていく。
ゲートで見た女の子は、確か東側に向かっていたはず。
私は少しだけ大きい通りに出て、辺りを探して見る。
確かこの辺りだと思うんだけど………。
平民街は細い道が多く、かなり入り組んでいる。
人通りも多いため、なかなか見つけることが出来ない。
それはそうと、目立たないと思っていたはずのこの服装だが、やはり目立つ気がしてきた。
ヤバい。早く探して戻らなければ…………。
いた!あの子だ!!
後ろで髪を結んだ女の子が、二つ先の路地に入って行く。私は人の間を縫って女の子を追いかける。
サキ…………!!
女の子はまるで私から逃げるように路地の奥へ奥へと入っていく。見失わないようにするのが精一杯だ。
幾つ角を曲がっただろうか……。
ようやく女の子が足を止めた。
「サキ!」
私の声に女の子が振り返る。
…………………………………………。
違う…………。
女の子は不思議そうな顔していたが、またふいっと振り返ると、走ってどこかへ行ってしまった。
全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる…………。
絶望の底に叩き落とされた気分だ…………。
戻らないと…………。
力なく壁をつたいながら、トボトボと歩く…………。
正直どこを通って来たかも覚えていない…………。
押し寄せる疲労感にうなだれていたその時、一瞬強く吹き込んだ風に、髪をまとめていた布が飛ばされてしまった。長い金色の髪が風に舞って、一気に広がる。
しまった…………。誰かに見られ…………!?
必死で髪を押さえ辺りを見回すと、ぽつんと立った一人の男と目が合った。
その男の顔を見た瞬間、時が止まった…………。
髪は長く、ヒゲを蓄え、だいぶ痩せているが、
その男は紛れもなく
旦那だった…………。
正直旦那のことは大嫌いだった。
今でも嫌いなはずだった。
それなのに、私の目からは涙が溢れていた…………。
このまま走って飛びつきたかった。
謝りたかった。
腕の中でわんわんと泣いてしまいたかった。
「あ……あ……。」
なんて言えば良い…………?
ダメだ………!言葉が出ない……!
旦那の方は、突然現れた女の子が、泣き出したのを見て、オロオロとした様子でこちらを伺っている。
ゴォーーーーーーーーン
ゴォーーーーーーーーン
その時、大きな鐘の音が鳴り響いた。
…………私はハッとなった。
マズい…………。戻らないと………………。
私は慌てて髪を治すと、屋敷まで戻ろうとしたのだが、帰り道がわからないことを思い出した。
どうしよう…………。
「あ、あの…………!」
私は旦那に声を掛ける。
「道に迷ってしまって…………!それで……!あのっ…………、ゲート!!貴族街のゲートはどっちでしょうか!!」
旦那はポカーンとしている。聞こえなかったのだろうか。
「ゲート…………貴族街のゲート!!」
旦那はあっ!と思い出したように右の路地指さした。
「あ、ありがとうございます…………。」
私はお辞儀をして走り出した。
どれくらい時間がたった………?
みんな私を探しているんじゃないか………?
わかっていたことだが、居なくなったなんてことになったら大騒ぎになる。
しばらくして、外壁沿いの道に出る。
私は急いで籠に乗り、ロープを手繰って上に引き上げる。
外壁の上を走り、木に飛び移る。
窓のから部屋を覗き込むと、幸いマチルダはまだ帰って来ていないようだ。慌てて窓から部屋に飛び込んだその時、
ガターーン!
傍にあったイスを倒してしまった…………。
「シルヴィア様…………?どうかなさいましたか?」
ドアの向こうから女の人の声がする。メイドが異変に気付いてしまったようだ。
ヤバいヤバいヤバい………………!!
この格好を見られたらマズい。急いでカーテンを脱ぎ捨てる。
「シルヴィア様……?」
ダメだ……!ローブを着ている時間はない………………!!
かくなる上はっ……………………!!




