第十五話 武器を持った魔物
ひゃぁぁぁーーーー!!怖い怖い怖い!!
もの凄いスピード……。車なんかよりもずっと早く感じる。
本当にほぼ一直線に走っている。障害物のスレスレを避け、傾斜や段差も軽々と乗り越えてしまう。
ずっと力を入れていないと振り落とされてしまいそうだ……。そう思った矢先、突然の縦揺れにバランスを崩し、体勢が傾いてしまった。
「おっと」
レクスは左手を私の前に回してグイッっと抱き寄せる。
「大丈夫?」
私はギュッと目を瞑りながら頷く。
背中に感じる自分とは違う温度。
レクスの心臓の音が聞こえるのではと思うほど密着しているが、不思議と嫌な感じはしなかった。
なんだかとても懐かしい様な。そんな安心感があるのだ。
別にイケメンだからだという理由じゃない。決して。
どれくらい走っただろうか、あたりはすっかり暗くなっていた。スピードにはすっかり慣れたが、
長い長い絶叫アトラクションのような乗馬も、終わりを迎えようとしていた。
吸い込む空気の中に、煙の匂いが混ざる。
近い……。
顔を上げると、ずっと前方に火の手が上がっているのが見える。暗くなってあまり見えはしないが、恐らく村だったものだろう。
「このまま突っ込むよ!」
「はい!」
骨組みがむき出しになった風車がパチパチと音を立てて燃えている。恐らくのどかであったろうその村は、無惨に瓦礫の山と化していた。もうすでに戦闘が始まっている。
近付くにつれて状況がどんどん鮮明になっていく……。
地面に倒れる無数の兵士たち。状況は壊滅的だった。
村の中央、ローグの群れに囲まれた数名の騎士達。
その中にはクレアとリグナー姿があった。
間に合った!クレアは生きている!
今まさにローグの一匹がクレアに飛びかかろうとした瞬間、レクスは私を抱きかかえて上空に跳躍した。
アルバはクレアに飛びかかるローグを角で突き刺し、
そのまま後ろの群れを蹴散らしていく。
レクスは味方の中央に着地し、私を降ろして剣を抜く。
「クレア!!」
クレアは私を見て驚いている。
「シルヴィア……。どうしてここに……」
片腕を押さえながら、全身で息をしている。
身体の至る所に無数の傷……。だいぶ負傷しているようだ。
「話は後で。今は敵に集中して」
レクスがそう言うとローグの群れに切り込んでいく。
回復魔法
私は回復魔法でクレア達の傷を治す。
ローグ達は私とクレアを見て、ゲラゲラとヨダレを垂らしながら気味悪く笑う。頭髪はなく、白く青みがかった肌に真っ赤な目。鼻は出っ張りが無く平面だ。
村の中央から、外側までうじゃうじゃと溢れかえった大小様々なローグの群れ。私は杖を構えて詠唱する。
「聖女シルヴィアの名のもとに命ずる、我が剣となりて魔を祓う力となれ!!」
筋力増強魔法
まだまだ!
「駆けろ天雷、音より速き疾風の加護を!!」
俊敏向上魔法
「聖光の残滓、我のもとに集いて彼の者達に祝福を!!」
再生力向上魔法
赤、青、緑の光が味方を包み込む。そしてそれらが合わさり、白く輝き出す。
「なんだこれは……!?」
「体が軽い……!」
兵士たちが支援魔法を受けて反撃に転じる。剣の一振りがローグ達をまとめて吹き飛ばしていく。徐々に狭まっていた陣形の輪が一気に広がった。
「皆さん!私から離れ過ぎると効果が無くなります!陣形を崩さず戦ってください!」
支援魔法の効果は術者によって異なるのだが、私の場合、自分を中心として円形状に効果の範囲が及ぶ。
私に近ければ強く、離れれば弱くなっていく。半径50メートル位が範囲の限界だ。勢い付いてこの範囲から出られると、加護を失った状態で一気に囲まれてしまう。
更に魔法の効果には制限時間がある。先程の支援効果は持って5分だろう。その間に壁を背にできる場所まで移動しなければ。この数を360度カバーしながら戦うのはさすがに厳しい。回復魔法が使える限りある程度の無理は効くのだが、私の魔力が無くなれば終わりだ……。
「リグナー、攻撃魔法は使えますか?」
「は、はい……風魔法なら少し……。」
「では前方の敵を払ってください。皆さん、あの建物を背にします!!」
私は右側前方に倒れた建物を指した。
「クレア!リグナーを守って!」
「わかったわ!」
クレアはリグナーの前に出て、陣形の中に入り込んできたローグを一掃する。
「風の精霊よ、刃となりて我に栄光をもたらせ!!」
疾風烈刃!!
大きな二つの衝撃波が前方に放たれる。風の刃はローグ達を切り裂いて飛んで行ったが、途中で掻き消され消滅してしまった。
精霊詠唱と現象詠唱がごっちゃになってる……。
「リグナー!その詠唱ではダメです!もう一度!」
「しかし……!」
「風の精霊はリムとポムという双子の兄妹です!
イタズラが好きでよく突風を起こして人をからかいます。まだ子供ですから従えるのではなく遊んであげるように、あと切り刻まなくて構いません。吹き飛ばせば良いのです!」
嘘だ。そんな双子は存在しない。リムとポムは小さいとき実家で飼っていたウサギの名前だ。
しかし、魔法にとってはこれが一番大事なのだ。
精霊詠唱の場合はその精霊がどんな姿形をして、どんな意思を持ち、どんな行動をするかをより鮮明にイメージする必要がある。
リグナーはそれができていなかった。だからあえて今具体的なイメージを与えたのだ。
「無邪気なる風の精霊リムよ……今、我の前にその姿を現し……舞い踊れ!」
旋風衝波!!
今度は小さな竜巻が発生し、細かく左右に揺れながらローグ達を上空高くに巻き上げていく……。巻き上げられたオーグは四散して地面に叩きつけられた。
竜巻が通り過ぎると前方の空間が見事にポッカリと空いている。
「今です!」
私達は一気に建物の前まで走り、その壁を背にする。
後ろを気にしなくて良い分、これで兵士たちを二重に展開できる。
ローグ達は基本的に私とクレアを狙ってきており、
それ以外にはまるで興味が無いようだ。前衛を交互に入れ替えて、回復と支援を行う。
レクスは反対側から凄い勢いでローグの数を減らしている。
流れる様な体捌きはまったく無駄な動きが無く、視覚外からの攻撃にも反応し回避している。その剣一振り一振りが的確にローグの首をはね、気づけばこちら側がローグ達を挟撃する形になっている。
あっという間に敵の数は三分の一にまで減少した。
完全に形勢が逆転し、兵士たちの士気も上がっている。殲滅は時間の問題だろう。
ただ、一つおかしい。
居ないのだ。
報告にあった武器を持った魔物……。リーダーであろうその個体の姿が見えない。
「きゃぁっ!!」
突然クレアの悲鳴が響く。なんとクレアの足下から通常の三倍の大きさはあろうと思われるローグの腕が這い出てきているのだ。そいつはクレアの足首をがっちりと掴んでいる。
ボコッ!ボコッ!と地面を掻き分けて出てきたローグは、クレアの足を軽々と掴み上げ、逆さ吊りにしてしまう。
「クレア!!」
魔物はクレアを顔の前に近付けると、クンクンと匂いを嗅ぎニタリと笑う……。
「くっ!離せぇぇぇぇ!!」
クレアは持っていた剣でローグの手を刺すが、あろうことかローグはそのままクレアを地面に叩きつけた。
ドンッ!!と鈍い音が響き渡り、クレアの身体が跳ね返りのけぞった……。
「クレアァァァァ!!」
私は咄嗟にクレアのところへ駆け寄り回復魔法をかける。クレアはぐったりとして意識がない。
その私を見下ろすローグは、手に持った剣を私に振り下ろそうとしている。兵士たちが必死に斬りつけようとも、まるで効き目がなく、余裕の笑みを浮かべてい
た。
先の尖った片刃の剣。人間の大きさでいえばそれは大剣と呼べるものだが、このローグが持つとそれはまるで人間を調理する包丁のように見える。
ガキィィィィン!!
振り下ろされたローグの剣をレクスが受け止めた。
レクスはローグを睨みつけると剣をいなして足首に斬りかかる。
剣を持ったローグはその巨体に似合わずヒョイと後ろに跳ぶと、またニヤリと笑った。
次の瞬間、ローグの体がたちまちドロドロと液体状になったかと思えば、そのまま地面に吸い込まれ姿を消したのだ……。




