第十四話 白兎
貴族は生まれながらにして貴族である。
民を従え、教養を身につけ、領地を守る。
本人の意思に関係なく、その両肩には分不相応の重荷がのしかかることになる。
そんな理不尽とも思える期待に応えられる人間は良いが、そうでない人間は、白い目を向けられ、後ろ指を指され、やがてその重みに耐えきれず
潰れる……。
持って生まれたものが大きければ大きいほど、周囲の勝手な期待は大きくなり、それが無くなった途端に皆離れていく……。
リグナーは、私達が思っているよりも遥かに大きい重圧に苦しんでいるのかもしれない。
私は怒っていた。
半分はラブロに対して、そしてもう半分は私にだ。
私はリグナーと同じような重圧を感じていたことがあった。それは聖女としてではなく母親としてだ。
母親なんだから。
こうしなければならない。こうであるべき。こうであってはダメ……。
そんな得体のしれないものと孤独に戦っていたいたときのことを思い出したのだ。
『ダメだ』などと簡単に言ってくれるな……。
屋敷の外にはロブロットたちが待ってくれていた。
「聖女様、本当に御屋敷でなくてよろしいのですか?」
シャロンが私のことを心配をしてくれたのだが、正直屋敷に寝泊まりした場合、作戦に向かう前に監禁されてしまう可能性も考えたのだ。
彼らと一緒にいたほうが、取り残される心配はないだろう。
ロブロットの話では明日の午後から屋敷で戦略会議が開かれるらしい。加護は魔物の脅威が去ったあとにじっくりやれば良いだろう。私は2日ぶりのベットに転がった。
次の日、私は会議まで時間があったのでロブロットたちと溜まった寄付金を両替しに商業ギルドに寄った。木箱2つ半になっていた銀貨は全部で3600枚になっていた。600枚はそのまま銀貨で残し、あとは金貨30枚に変え、私達は必要な物を買うために市場へと向かった。
市場にはありとあらゆる店が所狭しと並んでおり、食料品からマジックアイテムまで何でも手に入る。
これはあくまで私の金額感ではあるが、恐らくこの世界の銀貨1枚は日本円で300円くらいの価値がある。
それがわかると買い物も楽しくなってくるのだが……。
この人だかりが無ければ……。
あぁ……聖女様が何を買ったのかすぐバレてしまう……。
「ねぇ!ちょと良いかな?」
私はポンポンと肩を後ろから肩を叩かれた。
私は聖女として生まれたので、ほとんどの人間は私に対して敬語を使う。それは強烈な違和感だった。
振り返ってその人物を見た途端、フワッと一瞬の風が記憶を呼び起こした。
オレンジがかった茶色い髪、以前は大きく感じた剣もその体に相応しく感じる。白い外套の留め具には、地図を持った兎の装飾が施されている。
少年のような優しい表情を残し、随分と頼もしく、そして美しくなっていた。
間違いない。この青年は王都で私を助けてくれた人物だ。
「シルヴィアって人探してるんだけど……」
私が応える前にロブロットが大声を上げる。
「レクスッ!!」
「ロブじい!!よかったぁ!探してたんだよ!」
レクスと呼ばれた青年。年齢は17、8ぐらいに見える。彼はジルエールのメンバーだったのか……。
どおりであの常軌を逸した強さも頷けるわけだ。
「そりゃあこっちのセリフじゃわい!!お主どこをほっつき歩いとったんじゃ!!」
「レクス。久しぶりね」
「シャロンさぁぁぁぁぁん!!」
レクスはシャロンに泣きながら抱きついた。
「聞いてよぉ!!うちの団長がさぁ!!」
あらあらとレクスの頭を撫でるシャロン。
ロブロットはやれやれといった具合に首を横に振った。
「あ……あの……」
私はレクスに声を掛けた。
「あのときは、ありがとうございました」
「ああ……。うん……。え……?誰だっけ?」
ガーーーーーーーーーーーーーン!!
覚えてない……。確かにもう何年も前のことだけれども……。これは久しぶりに効いた……。
「なんと!聖女様はレクスを知っておられるのか!?」
「はい…。以前危ないところを助けていただいて……」
「聖女……ってことは君がシルヴィア?」
「様を付けんか様を!」
「いえ、シルヴィアで構いませんよレクス様」
「じゃあそのレクス様っていうのも無しで」
レクスは私に微笑みかける。この人の目を見ると、
なんだろうか、まるで全身の血液が心臓に集まっていくような、そんな久しく感じたことない感覚が蘇ってくる……。
「それはそうと、お主なぜスタンレーにおるんじゃ?待ち合わせ場所はここじゃ無かろう」
「あれ?組合にはここで聖女様を待てって言われたんだけど」
なんだか話が噛み合っていないようだ。
「ローグの話は聞いてるおるかの?」
「ああ……。襲撃した村を根城にしてるらしい」
レクスの表情が曇る。
「午後から戦略会議だそうよ?」
そういえば……。今日はクレアの姿を見ていない。
リグナーはいつも自分ペースで側にいたりいなかったりなのだが、クレアは毎日こちらの予定を確認してくれる。今日、王都を出てから初めてクレアが来なかった。考え過ぎだろうか……。
なんだろう……。胸騒ぎがする……。
教会の金の音が正午を告げる……。
私の頭の中に騎士団長ディランの声がよぎった。
(ローグは女を狙う。危なくなったら逃げろ)
待て……。何故だ?何故そんなことを言う必要があった?私の前で……。もしかして……!!
「皆さん!!屋敷に急ぎましょう!!」
突然の私の一言に三人とも何が起こったのか分からず、呆気に取られている。
「早く!!」
屋敷に急ぐと、門の前にいる使いにリグナーとクレアに話があると伝える。しばらくして高齢の執事長が出てくると、とても言いにくそうに答えた。
「申し訳御座いません聖女様……。お二人とも昨晩早くに屋敷をお出になられておりまして……」
しまった……!!やられたっ……!!
もとより私が討伐に参加しようがしまいが彼らには関係なかった。
私と冒険者をこの街に足止めできればそれで良かったんだ。
彼らは三年前と逆のことをしようとしている……。
冒険者が駆けつける前に、ローグを討つというのが騎士団のシナリオ。
そのために彼らはクレアを囮に使う気だ……!!
「ロブロットさん!!リグナー達は昨日すでにローグのところへ向かっています!このままだとクレアが……!」
「なんということを……!!ローグのおる村には馬でも一日かかろう……。まずいぞ!!」
「僕が行くよ」
慌てる私達にレクスは落ち着きながら答えた。
「いくらお主でも間に合わんぞ……!!」
「いや、アルバなら半日で着く」
レクスは街を出て街道沿いの森に向けてピィィィーーーっと指笛を鳴らした。
すると森の奥からドッ!ドッ!と蹄の音が近づいて来る……。
そこに現れたのは一頭の黒馬だった。
レクスはその馬にまたがると手綱を握る。
「私も連れて行ってはもらえないでしょうか」
私はレクスにお願いした。私がもっと早くに気付いていればこんなことにはならなかった。クレアを守りたい。
「乗って」
レクスは私を自分の前に乗せる。
「ロブじい、シャロンさん、二人は念の為ギルドに援軍を頼む」
レクスが手綱を振ると、黒馬はいななき、走り出す。
「飛ばすよ。しっかり掴まって!!」
私は前かがみになって、しっかりと手綱を握りしめた。
解錠……黎明!!
レクスがそう唱えると、馬の身体を光が包み込み、真っ黒だった毛色が、神々しい白色へと変わっていく。
頭には先程まで無かった水牛のような輝く二本の角が現れ、前足には逆立つ鱗のような金色の外殻が覆っていた。
アルバと名付けられたこの馬は更に速度を上げ、まるで風の様に木々を交わし、川を飛び越え、目的地まで一直線に走っていく……。




