第十三話 リグナー
商業都市スタンレー。
エルビオンが王都として設立される以前から、フランディアを支えてきた主要都市である。その歴史は古く、唯一街の名前がそのまま領主の名前を冠する由緒正しい街だ。
リグナーはあんな感じなのだけれど、歴代スタンレー家は王の右腕として使え、幾多の危機を乗り越えてきた実績がある。それを称えて
『フランディアにスタンレーあり』とまで言われる超名家なのだ。
人口は王都の半分ほどではあるが、流通に富み、王国内外より様々な人や物が集まってくる。
街の中央をにある大通りを抜け、一番大きな屋敷に案内される。ロブロット達は先にギルド組合に顔を出すらしく、私とリグナー、クレアの3人でスタンレー卿への挨拶をすることになった。
屋敷の応接には、白髪混じりだが、威厳のある中年の男性と、その傍らに王国騎士団の鎧を着た男が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました聖女シルヴィア様。道中大変でしたでしょう」
この白髪混じりの男性がリグナーの父にしてアレストリア領当主、ラブロ=スタンレーだ。
顔はリグナーに似ているが、気品があり、何より厳格な雰囲気が漂っている。
「ご無沙汰しておりますスタンレー卿。お心遣い感謝いたします。」
少しだけ世間話をかわすと、ラブロはクレアとリグナーにも声を掛けた。
「二人ともご苦労であった……。クレア隊長。ご活躍の噂はこちらの耳に届いておりますぞ。先日も冒険者に先んじて魔物を倒したのだとか」
「光栄にございます。ですが私などはまだまだ……」
クレアはなんだか困ったような表情を見せる。
「ハーミッドの三姫といえば、煌玉石さえも霞む麗人……。我々貴族の男としては剣をもたせておくには惜しいと思います」
クレアはハーミッド家三姉妹の末っ子。ハーミッド家三姉妹は貴族の間でも我こそはと競われる程の美人三姉妹なのだ。
無理もない……。女の私でさえドキッとする時があるくらいだ。
ただ、この男はクレアがそれを言われて喜ばない事を知っている。次期騎士団長候補であるリグナーにとってクレアの存在は邪魔でしか無い。こういうところはしっかりと子に受け継がれている……。
「おお、そういえば王都にもおひとり絶世の女神様がおられましたな。その人気はもはや国境を越えるとか」
こちらを見てニヤリと笑うラブロ。
いや、知らんけど……。
あぁ……。ちょっと寒気がしてきた。
「まぁ、お口がお上手ですわスタンレー卿」
「ゴホン。お話中失礼ですが、話というのは……」
リグナーが私とラブロの会話に割って入る。
「うむ。そのことだが……」
さっきまでの笑みが消え、厳しい表情でリグナーに言った。
「先日スタンレー近郊の村が一つ壊滅した。」
「!!」
「その件は私から話そう……」
スタンレー卿の側に立っていた男が口を開いた。
この男はフランディア王国騎士団長のディランだ。
「1週間前、近郊の村がローグの群れに襲撃された。
二人ともすでに聞いているかもしれないが、ローグの群れの中に武器を持ったリーダーと思われる個体が確認されている。武器持ちというやつだ。」
ロブロットが言っていた武器を持った魔物……。
集団で行動するとは聞いていたが、まさか村一つを壊滅させる規模だなんて……。
「本来魔物の討伐は冒険者の仕事だが、被害が甚大な上に、今回応援を要請したジルエールのメンバーの到着が遅れているとのことだ。そこで今回は例外的に冒険者との共闘作戦とし、お前たち二人にも討伐に参加してもらう。いいな?」
「はっ!」
クレアがビシッ!と敬礼の姿勢をとる。
「リグナー。お前が指揮をとれ。スタンレー近くの兵500をお前に預ける。」
リグナーはぐっと奥歯を噛み締めて、戸惑ったような表情で一度頷く。
「これはチャンスだ。三年前の汚名を返上してみせろ」
ディランはそう言って拳をトンッとリグナーの胸に押し当てた。そしてディランはクレアの方を向いて言った。
「クレア。リグナーを頼む。それと……。ローグは女を狙う。危なくなったら逃げろ」
「はっ……」
ディランはクレアの肩に手をポンと乗せる。
「いいか?絶対に無茶をするなよ?」
「はい……」
「では私はこれで失礼する」
ディランが部屋を後にすると、ラブロが口を開いた。
「聖女様、この後少しお話できますかな?」
「構いませんが……」
「では、私は一度冒険者ギルドに向かいますので。失礼いたします」
クレアはそう言って部屋を後にした。
続けてリグナーが部屋を出ようとしたとき、
「前回のような失態は許さんぞ」
ラブロはリグナーに釘を刺すかのようにキッと睨みつける。
「魔物に食われそうになったと聞いたが?」
「いや……しかしあれは……!」
「言い訳はよい。下がれ」
ラブロはリグナーの言葉を遮った。
煮えきらない様子で部屋から出ていくリグナー。
「お恥ずかしいところを見られてしまいましたな」
「よろしければ、三年前のことをお聞かせ願いますか?」
ラブロは一つため息をついて答えた。
「実は三年前にも、ギルドと強力して討伐隊を組んだことがありましてね。その時の指揮官がリグナーでした。」
ラブロは立ち上がり窓の外を覗く。
「リグナーは兵の統制がとれず、現地への到着が大幅に遅れました。奴が手を拱いているうちに、ジルエールの冒険者が一人で魔物を掃討してしまったのです。おかげで我々は良い笑い者になりました。」
なるほど。だからジルエールに対してあれだけ鬱憤が溜まっていたということか。
まぁ、ただの逆恨みのような気もするが……。
初陣で恥をかかされた挙げ句、父親の信用も無くしてしまったというわけだ。
「あやつはダメです。母親の影響が大きいのでしょう。いつまでも甘えてばかりで、死んだ後も一向に立ち直らなかった。今でも、逃げ続けている」
「そうでしたか……奥様を……」
「貴族の男に生まれたのなら、乗り越えなければなりません。代々受け継がれてきたこの地を守っていかなければならないのですから」
さっきから湧いてくる感情にずっと疑問を持っていた。この気持ちは何だ……。
「私にお話があるとおっしゃっていらしたのは……」
「今回の討伐、聖女様はどうかこの街にてお待ちいただけないでしょうか?」
「それはなぜでしょう……?」
「ローグは雄の個体しかおりません。なぜ女性を狙うのかは想像に容易いでしょう。聖女様にもしものことがあってはなりませんので……。今回は騎士団に任せていただきたい」
そうであるならばなおさらクレアたちを放ってはおけない。私となら支援も回復も出来る。
今回の作戦の目的は騎士団の名誉挽回のはずだ。このままこの人達が素直に冒険者と協力するかどうか怪しい。
「それはお受けすることはできません。私の護衛が冒険者に委ねられている以上、私も行動を共にします」
ラブロはやっぱりなと言うような感じでまた一つ小さくため息をついた。
「そうですか……。で、あればやむを得ませんな。お引き止めして申し訳ない。」
「スタンレー卿、一つよろしいでしょうか」
「なんですかな?」
「聖女は……貴族、平民その身分に関係なくどの家にも等しく生まれます。なぜでしょうか……」
「はて……。やはり天が決めるのでは?なぜそんなことを?」
「天が決める。そうかも知れません。でもそれは聖女に限ったことなのでしょうか?農夫は、商人は、貴族はどうでしょうか」
「何がおっしゃりたいのですかな?」
ラブロは少し苛立ちを見せる。
「そこに生まれた人間は、そこに生まれるべくして生を受けています。たとえどんな人生を歩もうとも……。ご子息ともっと向き合ってみてはいかがでしょうか……」
しばらくの間のあとラブロが答えた。
「ご助言感謝いたします。ですがこれは我が家の問題ですので」
でしょうね……。そう言うと思っていた……。
屋敷を出る途中、日が沈んだ中庭で剣を振る男がいた。それはリグナーだった。
一点を見つめ、滝のように流れる汗を気にすることもなく、ただ何度も何度も剣を振っていた。
スタンレー卿と話をしていたときからずっと、じわじわと湧き出していた感情。
そうだ……。私は怒っていたのだ。




