第百十一話 断界障壁
「ふぅ~。よし!!」
ピシャリ!と浴室内にいい音が響く。
自分の顔を両手で叩き気合いをいれると、私は湯船から上がり身体を拭く。
洗濯され、シワ一つない私の服の左胸にはスピナスフローレのエンブレムが刺繍されていた。
思わず笑みが溢れる。
髪を乾かし、整えると、薄く化粧を施し鏡台に微笑んだ。
よっし!バッチリ!!
シルヴィアはお肌も綺麗だしお化粧しなくても充分に美しいのだが、せっかく服や髪も整えたんだ。
どうせなら最高の状態でリゼに会いに行きたい。
杖を手にとり部屋を後にしようとする。
ん……?心なしか銀杖のくすみが以前よりも少なくなっている気がするのだけど……。
まぁ気のせいだろう。
宿のカウンターで待ってくれていたサキと合流し、私達はスピナスフローレの建物を目指す。
時刻は夕刻の少し前ぐらい。湯上がりに涼しい風が心地よい。
「ごめんね。ああ見えてリゼは優しい人なんだ」
そう言うサキに、私は入団試験のことを話した。
「はい。あの試験を受けて分かりました」
あの試験は確かに参加者を落とすためのものだった。
だが実際は幻覚にかかるだけで、魔物との戦闘も危険な探索も無い。魔力切れで行動不能になったところをリゼ達が運び出す算段だったのだろう。
つまり、私達の安全は最初から保証されていたのだ。
そんなことを話しているうちに、ギルドの建物の前に到着する。
向こうから手を振って駆け寄ってくるのはリィンだった。
「お二人共ー!!お待ちしておりましたーー!!」
リィンは勢いを止めることなく、私達に飛び込む様に抱きついてくる。
私は彼女の大きなそれに、後ろへ弾き飛ばされそうになってしまう。
「すごいです!すごいです!ウチの入団試験を突破するなんてっ!!ギルド中シルヴィアさん達の噂で持ちきりですよ!!」
喜んでくれるのはありがたいのだが、く、苦しい……。
「マスターが中でお待ちです!ささ!どうぞ!」
建物の中に入ると、中の人間は皆、私達の方を見ている。
少し恥ずかしさも感じながら、私はサキの後ろに隠れるようにして進む。
「あっという間に人気者になっちゃったね……」
サキも驚いた様に私にそう言った。
最上階の執務室ではリゼが席について待っていた。
私の姿を見てふっと笑みを浮かべる。
「あら、気合い入ってるじゃない。素敵よ」
リゼは手を差し出し、用意された椅子に座る様にと私に促した。
「改めて、歓迎するわシルヴィア。これからのことなのだけど……」
リゼは私に入団にあたっての説明をはじめた。
まず、スピナスフローレに関して。
こちらの冒険者ギルドはベルガンド大陸とは異なり、ギルド組合のような統一の組織では無い。
それぞれが独立した組織になっており、経営や依頼の受注も独自の管理が行われている。
つまり、スピナスフローレ以外の冒険者ギルドは競合相手となるため、迂闊に接触したり情報を交換したりというのはタブーである。
これは比較してどちらが良いとはいえないが、その大きな要因として戦争が上げられる。
ラグナ大陸では、ここユリウス王国と北部のデイラット帝国は戦争関係にある。
ギルドは名目上中立関係ということになっているのだが、実際は所属する国に大きく影響されるらしい。
その影響もあって、ギルド同士で関係を持つことも無いそうだ。
無論、仕事によっては国境をまたぐこともあるらしいのだが、そうなるとかなりの危険を伴うということだった。
そして二つめ、私の待遇について。
スピナスフローレにはギルド各員にランクというものが存在する。これはリゼを除く全てのギルドメンバーに設けられた格付けであり、このランクの高い人間程ギルド内の影響力が高くなる。
私のギルド内ランクは200……。
コレットと同じく最下位だそうだ。
まあこれに関しては当然といえば当然だろう。
入ったばかりの新参者なのだから。
ただ、自分で言うのも何だが、私とコレットに関しては入団試験に合格するという前代未聞の偉業を成し遂げた功績もあり、ランクアップに関してはそれ程心配する必要は無いということだったけど……。
リゼはそれによってますます私をクローディアに渡すわけにはいかなくなったと言っていた……。
私は通常のメンバーとは異なり、サキとリゼの保護下に入る。単独での行動はできないだろう。
それに……。私はベルガンド大陸に帰らなければならない身である。
コレットのことがあってつい働くと言ってしまったのだが、いつまでもというわけには行かない……。
そして話題はそこに触れることとなった。
「それで、あなたはどうやってベルガンドに帰るつもり?」
リゼは短刀直入に私に尋ねた。
「具体的な方法はまだ見つけられていないのですが……」
私はサキの方に目をやる。
サキはヴァルヴァーティスのおかげで空を飛ぶことができる。サキに乗せてもらって帰るのが一番早いのでは無いだろうか?
サキはその思惑に気付いてか、頬を人差し指で描きながら少し気まずそうな表情を浮かべている。
「空を飛んで行こうとしているなら不可能よ?」
私はリゼのその言葉にギクッとなった。どうやら考えていることはバレていたようだ。
それにさっきのあの表情、サキもそのことは承知しているようだ。
「ラグナ大陸とベルガンド大陸の境には、断界障壁といって強力な結界があるの。それが昔から大陸間の交流を妨げている原因よ」
「私も何度か試してみたんだけど……。ダメだった。どうやってもその結界に弾かれちゃうんだ」
断界障壁か……。
待てよ……?でも私がラグナ大陸に来たときにはそんなもの無かった気がするのだが……。
それに、その話が本当ならサキが忍びこんだ盗賊ギルドの船はどうやって結界を通り抜けたのだ……?
「それに関して、詳しく説明してくれる人間がいるわ。入って良いわよ」
ガチャ
「失礼します」
扉を開けて入ってきたのはコレットだった。
そうか……!彼女も大陸を行き来しているんだった!!
コレットは私達の近くに立って話しはじめる。
「現在、大陸間の移動は船でしか行えません」
え……。船?
確かに私のときも、サキの話も船に乗っていたのは確かだが……。まさか潜水艦の様に海中を移動するなんてこと……!!無いな……。うん。
「ですが、ただの船ではありません。盗賊ギルドが所有するグリードデッドマン号という海賊船です」
か、海賊船……!?
「もしかして……私を乗せた船というのは……」
「恐らくその船の可能性が高いかと。グリードデッドマン号の船長はスパルダスという男で、両大陸の貴族やギルドにいくつもの繋がりを持っています。今世界の海はこの男に牛耳られていると言っても過言ではないでしょう」
私の船を手配したのはアルデリアの聖女教会だ……。
レイスリーをはじめ元老院も盗賊ギルドと繋がっていたというわけか……。
いや……。アルデリアに限ったことでは無いな……。
なんてことだ。
唯一の渡航手段が盗賊ギルドの海賊船だなんて……。
これはかなりの大問題だ……。
「デッドマン号には決まった航海予定があるわけではなく、見た目も他の商船と同じなので、探し出すのはかなり難しいでしょう……。ただ、船長のスパルダスには恨みを持つ人間も多いらしいので、そういう人間をたどっていけば行方をつかめるかもしれません」
なるほど。
しばらくはスパルダスとグリードデッドマン号の情報収集だな。
それとクローディアにも警戒しないといけない。
そして……一番の懸念事項は……。
私に箱を開けさせたあいつ……。
ジノとサキとの接触だ……。
ジノは世界を壊すと、あるべき姿に戻すと言っていた。そしてその引き金を引いたのは私だと。
何を企んでいるのか知らないが、奴を野放しにしておくわけにはいかない……。
いつか決着をつけなければ……。




