第百五話 スピナスフローレ
かなりやつれ、髪の毛もボサボサになってはいるが、間違いなくこの子はコレットだ……。
なんでこんなところに……?
「え……。知ってるのシルヴィア?」
気不味そうに私の顔を覗き込むサキ。
「あ……いえ実は……」
私はサキにコレットのことや盗賊ギルドに関わることを簡単に説明するのだが、サキはそれをきいてまたコレットを睨みつける。
「そう……。まぁバチが当たったんじゃない?悪いけど同情はしないよ。このまま憲兵に引き渡そ」
そう言って辺りを見回すサキ。ちょうど近くに駆けつけた憲兵を呼び止めた所で、私の中でなんとも言えない感情が湧いてきた。
「ま……待ってくださいサキ!!」
サキはそれを見て驚いたような、引きつったようなそんな表情を見せる。
「私は……コレットと話がしたいです」
「正気!?シルヴィア!!だってこいつシルヴィアを……!!」
「すみません、わかっています……でもどうしても一つ確認したいことがあって……」
もはや引いてしまっているサキの袖を、私は咄嗟に掴んで引っ張ってしまった。
「えぇ……ウソでしょ……?」
一度呼び止めた憲兵に必死で事情を説明しながら、なんとかコレットの肩を二人で担ぐ。
周囲の人だかりを掻き分け、その視線を一斉に浴び、細い路地裏に逃げるようにして駆け込んだのだった。
「……」
コレットはまるで魂が抜け出たようにボーッと一点を見つめて微動だにしない。
コレットが握りしめていたのはサンドイッチの入った紙袋だった。先程の戦闘で倒れ込んだ時に潰してしまい、もはや食べられない状態のそれを未だに強く握りしめている。
恐らくもう何日もまともな食事をとっていないのだろう。
「コレット……。私のことを覚えていますか?」
忘れる理由は無いと思うのだが一応聞いてみた。
質問を最後まで言い終わらないうちに、コレットはビクッ!と体をはずませて怯えだした。
私達は先程の大通りから路地裏を抜け、小さな宿屋に入った。とりあえず人目に付くところを避けたいということとは他に、何か食べる物が欲しかったのが一番の理由だ。
そして私がサキの方に目をやると、彼女は私の言いたいことを悟ったかのように大きな溜息をつき、亭主に料理を用意させる。
しばらくしてテーブルに並べられた料理を、コレットはまじまじと見つめ、ゴクリと唾を飲んだ。
何度か躊躇していたのだが、そっと手を添え食べるように促すと、まるで獣のように料理にかぶりついた。
スプーンやフォークは使わず、鷲摑みにしたものを口いっぱいにほおばる。
初めて会った時には全くイメージ出来なかった彼女の姿がそこにはあった。
コレットの目からは大粒の涙が溢れ落ち、うめき声の様な声にならない嗚咽を繰り返す。
戦いの途中で倒れたのは魔力切れではなく、空腹によるものだろう……。
そんな限界の状態で盗みを働いてしまったというわけか……。
サキの言う通り、コレットは罪人だ。
でもこの姿をみた後で、彼女に縄をかける気持ちには到底なれなかった……。
あっという間に料理を平らげると、コレットは再びこちらを見て怯え出す。そして震える手で懐から細長い布袋を取り出した。
それをコトッと机に置くと、彼女は深々と頭を下げた。
「これはお返しします……」
その袋には見覚えがあった。
私が彼女に与えたものだからだ。
サキはその袋を開けて中身を取り出す。
袋から出てきた一本の杖……。
黒みがかった木製の短杖は素朴でありながら強い存在感を感じさせる。魔力の伝導率が非常に高いが故、常にその杖身に魔力を帯びているからだ。
そして柄にはめ込まれた真核の魔石。
「え!?なにこれ……杖?しかもかなり古い……この魔石って赤焔の真核っ!!?どどどどーなってんのこれ!?この人ナニモノ!?これがあればお金には困らなかったでしょ……!?」
そうだ。私がコレットに与えた杖はそんじょそこらの聖遺物よりもはるかに貴重な杖なのだ。
お金に変えたら一生遊んで暮らせると言っても過言では無いだろう。
コレットは頭を下げたままサキの問いには答えなかった。
「いえ……。この杖はあなたの物です。私は杖を返して欲しくてここに来たわけではありません」
どうしても一つだけ確認したい事があった。
だってあの時コレットは……。
コレットは……。
サラを助けてくれたんだ……。
「ねぇコレット……何故盗賊ギルドなんかと……?」
コレットから返答は無かった。
「コレッ……」
コレットは急にガバッと耳を塞ぎしゃがみ込んでしまった。
「……なさい……!!……ごめん……なさい……めん……」
コレットは丸くなったままガタガタと震えている。
サキと顔を合わせるや否や、サキは大きく首を横に振って私を説得しようとする。
「いやいや!!さすがに無理だって!!」
「そこをなんとかお願いできないでしょうか!!彼女の分は私がなんとしても稼ぎを作りますので……!!」
「いくらシルヴィアの頼みでもそれは無理!!」
サキは本気で困っている様子だった。
私も正しいことをしているとは思えない……。
でもコレットをこのまま野垂れ死にさせることはどうしてもできない……。
「なんでその女にそこまでする必要があるの?命狙われたんだよ!?さっきだって泥棒してたってのに」
「コレットには以前仲間を助けてもらいました」
「だとしても!そいつは悪人だよ!ここで許して見逃しても、すぐ同じことするってば!」
そうかもしれない。いや……サキの言っていることの方が正しい。
私だって今自分が何をしたいのか分かっていないのだ……。
ただただ……このままコレットが憲兵に連れて行かれた後の事を想像すると、いてもたってもいられない。
なんかこう言葉にできないモヤッとした感覚が私の心臓にまとわりついて離れないのだ。
サキに対して何も言い返す事が出来ないまま、私はコレットを見つめる。
コレットはずっと疼くまったまま震えていた。
ゴォーーーーーーン!!ゴォーーーーーーン!!
沈黙を引き裂くように、正午を告げる鐘の音が鳴り響く。
サキはその音にハッとなって立ち上がった。
「ヤバっ……!!もうこんな時間……!!」
慌てふためいた様子で再度私とコレットに目をやるサキ。
「あーーーもうっ!!とりあえず行こっ!!」
そういえばサキに会って欲しい人がいると言われていた。恐らく今からそこへ向かうのだろう。
私達は宿屋を後にし、大通りを宮殿方面へと歩いていく。コレットはとぼとぼと力の無い足取りで、私達の数メートル後ろをかろうじてついて来ているといった様子だった。
そのまままた何処かへ消えてしまいそうな彼女を、何度も振り返りながら立ち止まり歩調を合わせる。
サキは宿屋を出てからずっと頭を抱えて考え事をしており、時折大きな溜息を吐き出して眉間にシワを寄せていた。
その姿から相当困り果てている感じが見て取れる……。
サキには本当に悪いことをしてしまった。
しばらく大通りを進むと、通り沿いに大きな建物が見えてきた。
王国の施設では無さそうだが、四階建ての美しく立派な建物である。そしてその建物の前で足を止めるサキ。
その時、建物の入口からちょうど手を振りながら走ってくる女性の姿があった。
「サキ様ー!!おかえりなさいませ!ご無事で何よりですぅ!!」
元気よくサキのもとに駆け寄ったその女性は、サキの手を取って大げさに喜ぶ。年齢はサキと同じくらいだろうか……?
制服のような服装から恐らくここの関係者だろう。
「た、ただいまリィン……」
「あっ!!もしかしてこの子が例の……!!?」
リィンと呼ばれたその子は私の方を見て目を輝かせる。
「これは……想像以上です……!!」
リィンのあまりの圧力に少し後退りしながら会釈をする。
「さぁ!マスターが首をながぁーーくしてお待ちですよ!!」
そう言ってくるっと私の後ろに回り込むと、私の肩に手を当てながら背中を押すようにして上機嫌で案内を始める。その際に入口に書かれた名前が私の目に入った。
─ギルド『スピナスフローレ』─




