第百四話 世界樹の呪い
じょ、冗談じゃない!!
ミスリル銀といえば超がつくほどの高級素材じゃないか……!!
一般的には、少量を融解したものを他の金属と織り混ぜるて使用するものなのだが……。
この杖そのものがミスリル銀の塊だというのか……!!
あの小さな塊で金帯二百本程の価値があるというのに、これだけの大きさになれば一体どれくらいの価格になるのか見当もつかない……!
「いえっ!あのっ!そんな高価なもの買えません……!!」
店主のバーラックは微笑みながら何かを察したかのように私に言う。
「ああ……。いえ、実は確かに全てミスリル銀で作られてはいるのですが……色がくすんでいるでしょう?」
そう言ってバーラックは杖を持ち上げて私の顔の前に持ってくると、少し傾けて光を反射させる。
確かに……。
レニオンで虹帯を見たときは、煌びやかなほど光を跳ね返していたのだが、この杖は使い古した真鍮のような色あいをしている。
「これはレーム侵食といって、経年によって劣化した鉱組織に重度の魔力壊散を受けた状態なのです」
魔力……壊散……?
初めて聞く言葉だ。
それをきいてサキはバーラックにヒソヒソと何かを話し出した。
何度かバーラックが頷いたあと、再び話に戻る。
「魔力壊散、いわゆる世界樹の呪いというものです。強力な魔力や、急激に膨張した魔力が逆流し、術者を蝕む原因不明の病のようなものでして……」
バーラックの話によると、ベルガンド大陸には昔から世界樹の呪いというものが存在するらしい。
強力な魔法使いやマジックアイテムを使用する者に多くみられる症状なのだそうだ。
発症する条件はわかっておらず、発症すると皮膚の一部が黒く樹木のように変化していく。
それらが全身を侵食していき、やがては死に至る。
一度発症すると治療する方法というものは存在せず、ただその媒体が崩壊するまで侵食を続けるというものだ。
ミスリル銀は圧倒的な魔力の増幅、伝達効果があるのだが、ミスリル銀事態はそれほど頑丈な素材では無いらしい。
この杖のようにかつてはミスリル銀のみで作られた魔装具が使用されていたらしいのだが、呪いの侵食のことを考えると割に合わず、他の素材に織り交ぜるものが主流となっていった背景がある。
だが、腐ってもミスリル銀。侵食は受けているものの、ある程度の増幅効果は残っているというのだ。
魔石を使用せず魔力の増幅を得られる杖は、この杖しか無いだろうというバーラックの計らいである。
「じゃあ、これください」
サキはまるで野菜でも買うかのようにバーラックに言い伝える。
ちょ……!ちょっと待ってくれ!!
いくら何でもそれは……!!
「もちろんにございます。お代はいただきませんので……」
聞き間違いだろうか?
え?ミスリル銀だよ?
サキはニコニコしながらポンと私の両肩を叩いた。
「やったね!」
どういうことだ……?
何がなんだかさっぱり分からない……。
何故にここまでの待遇を受けているのだ……?
サキは一体何をしたというのだ……?
魔装具の店を後にし、しばらくは歩きながらポカンとしていた。
いくら呪いの侵食を受けているとはいえミスリルだぞ……!?
普通に買ったら相当な金額のはずだ……。
しかも古くからお店にずっと保管されていたような大事なものを……。
思い返してみたら王都を出てから誰かに何かを買ってもらうなんてことは無かったような気がする……。
確かに嬉しくはあるのだが、それよりももっと別な気持ちが……。
何だか……前に似たようなことがあった気がするな……。
あの子もこんな気持ちだったのだろうか……。
今頃どこで何をしているのだろう……。
「あの……サキ……?こんなこと聞いても良いのか分からないのですが……。何故この街の皆さんはここまでしてくれるのでしょうか……?とてもありがたいのですが……なんだか申し訳無くて……」
「あー……だよね。ビックリするよね。実はさ、これから行くところに関わってくるんだけど……」
「泥棒ーーーーッ!!」
不意に聞こえた叫び声に当たりの視線が集まる。
人混みを突っ切るように、フードを被った人間が何かを抱えて走っている。そしてそれを追いかける男。
服装からしてどこかの店の人間だろう。
私がサキの方を振り向くよりも早く、彼女はすでに駆け出していた。
ひょいひょいと人やものをかわし、ダッ!と踏み込んで大きく跳躍すると、空中でそのまま身を翻し、フードを被った人物の前に立ち塞がる。
「サキだ!」
「良いぞサキ!!とっ捕まえろ!!」
あっという間に二人を囲んで人だかりができてしまった。
周囲の人間は皆サキに対して声援を送っている。
フードの人物は手に持った袋をギュッと強く抱き、周囲を見渡しながら逃げ道を探す。
しかし、申し合わせたかのように周囲の人間に取り囲まれ逃げる隙などどこにも無い。
それを見て観念したかのように、スッと肩を落とした……。
と思った次の瞬間……!
フードの人間は手を肩口まで振り上げる。
掌に光ったのは……火!?
「サキッ!!」
私の叫び声とほぼ同時に放たれる火球。
サキをめがけて一直線に飛んでいき、あわや直撃かと思ったその時、サキは慌てる様子も無く火球に向けて手をかざす。
バシュン!!
と大きな音を立てて火球が消滅し、ジュゥゥ……と白い蒸気が立ち上る。
「威嚇のつもりだったんだろうけど……街の中で攻撃魔法を使うってことは……覚悟できてるってことでいいよね?」
さっきまでの愛嬌ある表情ではなく、冷たく鋭い目で相手を睨みつけるサキ。
サキの前にはゆらゆらと煌めくカーテンの様なものが展開されている。
あれは……水だ……!!
水を布状にして目の前に出現させているのだ。
あの一瞬で魔法の属性を判断して、それを相殺させる魔法を発動したというのか……!!
私のプロテクションのように属性を問わず防御できる魔法であれば別だが、魔法を魔法で受けるには豊富な経験と精密な技量が要求される。
サキであれば先程の火球はかわせたはずだ……。
でもそうしなかったのは恐らく周囲への被害を考えてのこと……。
正直ハルトのときはただ呆気に取られるばかりで、彼の強さに対して具体的なイメージが無かったのだが、同じ魔法使いとして彼女の強さは一線を画している……。
「……いでよ……焦炎…………せよ……」
フードの人物は小声で何かを呟いている。
これは……詠唱……!!
再び手を突き出すと、今度は六つの火球が同時にサキに襲いかかった。
火球は直進するだけではなく、不規則な軌道でサキを包囲するように飛んで行く。
一つ……二つ……三つ……と、その全てを水のベールで受け止めるサキだったが、六個目の火球を受けた瞬間、
ズバッ!!
と水のベールが真っ二つに切り裂かれ、風の刃がサキの目前に現れたのだった。
サキは咄嗟に上半身を仰け反らせてギリギリでそれをかわす……。
やった……!!
と思ったのも束の間、風の刃は何かに引っ張られるようにグイッ!と方向を変え、サキの頬と肩をかすめる。
「ッ……!!」
「サキッ!!」
風の刃はそのまま地面にぶつかり、ドォン!!と鈍い音を立てながら消滅した。
石レンガでできた道を大きく抉り取った風魔法は、直撃していたら無事では済まなかっただろう……。
サキの傷口がじんわりと赤く染まっていく。
「サキッ!!大丈夫ですか!!?」
私は急いでサキのもとに駆け寄った。
「こんなの全然平気!」
サキは体勢を立直して再び構えるのだが、
「ウソ……なんで……!?」
フードを被った人物は消え入りそうな声でそう呟くと、その場にドサッと倒れてしまった。
誰もが突然の状況を飲み込めないまま、倒れたフードの人物に近寄っていく。
私もサキも呆気にとられ、お互いの顔を見合わせていたのだが、フードから覗いたその顔をみた瞬間……。
私は自分の目を疑ったのだった。
「コ……コレット……!!?」




