第百三話 銀の杖
「おやまぁ……なんてことだい……!!」
エランダは目をうるうるとさせながら鏡に映った私を見つめる。
白を基調としたブラウスに鮮やかな青色と金の刺繍が入ったベスト、フードの付いた短い外套は華やかながら動きやすい。
学生服のようではあるが、しっかりと冒険者としての出で立ちである。
このスカートもお気に入りだ。
「ヤバい……!これカワイイ……!!」
後ろから見ていたサキが声を上げる。
いつもは下ろしている金色の長髪も、後ろでお団子状にまとめてもらった。
「あんた……どこかのお嬢様かい……?」
「えっ……!?いや……そんなことは……無いです」
サキとの話で、私は近くの村の生まれという設定になっている。
というのも、ここラグナ大陸で自分が聖女と名乗るのは非常に危険だということなのだ。
ラグナ大陸には聖女教会というものが無く、聖女は保護されない。というよりその力を狙って国や賊に追われるようになる。
そうなれば戦争の道具にされたり、貴族や王族に売られるなど、悲惨な目に会うことが目に見えている。
ラグナ大陸にも聖女が生まれるが、皆その存在や能力を隠して生きるのだという。
生まれる大陸が違うだけで、全く正反対の運命を強いられることなってしまうとは……。
そこに居るだけで崇められるような扱いを受けることは、この大陸では無い。
何度も頭を下げてサキとエランダ、エトラ婆さんにお礼を言った。
帰り際も私達の姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれたのだ。
見ず知らずの人間にここまでしてくれるなんて……。
これはきっとサキへの信頼なのだろう。
街を歩いてみてわかった。
サキはここグランハイムでは英雄のような存在なのだ。
行き交う人は皆彼女に声を掛け、子供達は羨望の眼差しを向けている。
今まで立ち寄ってきた数々の街でも、一冒険者がここまで注目を集めていることは無かった。
それほどまでに、サキはこの街にとって大きな存在なのだろう。
「んじゃあ、服の次は杖だね!」
えっ!!杖……!?
「サキさ……サキ、もう充分ですよ!服まで買ってもらったのに……」
「いいのいいの!ウェル兄まではいかないけど、この街にもいい職人揃ってるんだ。一本くらい良いの見つかるんじゃない?」
そうだ……。私の愛用していた杖。ウェルクさんが作ってくれたものだ。
短い間だけど、あの杖は色々思い出が詰まった私の身体の一部のようなもの。
それもあの船に置いてきてしまった。
今どうなっているのか想像もできない……。
それにあの杖の素材となっているグレーティッドという魔物は、私がレクスを知るきっかけになったものなのだから……。
「お気持ちはありがたいのですが……やはり私にはあの杖が……」
「ウェル兄のこと気にしてるの?別に杖無くなったのはシルヴィアのせいじゃないんだし、ウェル兄だって許してくれるよ。もしもなんか言ってきたら私がガツンと言ってあげる!」
浮かない顔をしている私にサキは続ける。
「それに同じ魔法を使う者としての意見だけど、杖が無いと困るんじゃない?私は紅竜があるから手ぶらで良いけどさ。解錠しないと使えない魔法だってあるでしょ?とりあえずの間だけでも持っておいたら?」
サキの言う通りである。
私は聖女魔法への適性が他の聖女より優れている反面、その他の魔法への適性がほとんど無い。
ネメシス以外の攻撃手段を持たないうえ、支援魔法も鍛練しているとはいえ、専門職には及ばない。
私オリジナルの聖騎士化魔法も、解錠無しには使用できないのだ。
解錠ができるのかそうでないかで、戦い方、とれる選択が大きく変わってくる。
聖女としての立場を隠す都合上、回復魔法が使用できないとなれば……。
杖の存在は必須ということだ。
ニコッと笑うサキに背中を押され、私達は武具の並ぶ通りへと入っていった。
「ここが街で一番大きな魔装具のお店。私もよく来るんだ。杖だけじゃなくて魔法石やマジックアイテムなんかも置いてるの」
「これは……すごいです……!!」
三階建ての大きな店舗には中央に階段があり、そこから覗く上階にはこれでもかというほどの商品が陳列されている。落ち着いて気品のある店内はホコリ一つ落ちていない。
杖の売り場は一階のフロア全てを占有しており、短杖に長杖、見たことのない用途不明な形状のものまで置かれていた。
ベルガンド大陸とラグナ大陸では使用する通貨が異なるため正確な金額はわからないのだが、値札はどれも目玉が飛び出るほどの桁数だ……。
困ったな……。どれもこれもとりあえずなんて言える代物では無いぞ……。
私が並べられた杖に萎縮していると、店の奥の方から白髪の老人が駆け寄ってくるのが見えた。
身なりが整っており、恐らくこの店の主人だということがすぐに分かった。
「サキ様……!お越しになられていたのですか!!これは大変申し訳ございませんでした……!!お出迎えもせずに……」
主人はサキに深々と頭を下げる。
「やめてよバーラックさん!そんなに気を使わないでいいって!今日はこの子の杖を見に来たの。何かおすすめってない?」
「なんと、そうでありましたか。サキ様のお仲間の……。ちなみにどのような魔法をお使いに?」
バーラックと呼ばれた男性は私に尋ねる。
そして返答に大きく戸惑ってしまった。
回復魔法です。とは絶対に言えないぞ……。
「えっと……その……支援魔法を……」
「支援魔法……ですか……。ふ~む……」
バーラックは少し顔を歪めながら考え込んでしまった。
本来、杖を選ぶ際にはこうやって自分の使用する魔法との相性を測らなければならない。
杖であればどんなものでも良いという訳ではないのだ。
炎の属性魔法の使用者には、それに適した素材や加工が存在する。相性の悪い杖を使用するとかえって魔力効率を下げてしまうので、杖は慎重に選ばなければならない。魔石を使用するのであれば尚更だ。
ただ、基本的に支援魔法しか使えない魔法使いというのはあまりいない。というより私ぐらいだろう。
通常、支援魔法は自身の攻撃魔法や効果魔法に対して不利な相手に対応する手段として用いることが多い。
すなわち、自身ではどうにもできない相性の悪い相手を、仲間になんとかしてもらうといった具合に、あくまでも補助的なものとして使われることが一般的だ。
それに支援魔法は使い手のイメージで大きく効果が左右され、自分より戦闘経験が多く、武芸に秀でた人間に対してはほとんど効果がない。
そういったこともあって、仲間の強化に使用する魔力があるならば、自分の得意とする魔法で攻撃に参加した方がはるかに魔力効率が良いのが実際である。
と、いうことで今バーラックは頭を抱えて考えているというわけだ。
「とりあえず魔力の出力を上げられればそれで良いのですが……」
私の声が聞こえているのかいないのか、ふとポン!と手を叩いて何かを思い出したように店の奥のへと走り出した。
「少々お待ちください!そういえば確か……」
しばらくしてバーラックが持ってきたのは、随分と年季の入った布地に包まれた一本の杖だった。
「これは私が生まれる以前よりずっとこの店に眠っている杖なのですが……」
バーラックが布包みを剥がすと、中から鈍い銀色の長杖が姿を現した。
長さは以前使用していた杖と同程度くらいなのだが……。
私はくすんだ銀色が跳ね返す光に何処か違和感を感じていた。この反射光、どこかで見たことがある気がするのだ……。
待てよ……!確か初めてレニオンに訪れたとき……!!
「も、もしかして……これ全部ミスリル銀でできているのでしょうか……!!?」
「おお!よくおわかりで……!!左様にございます。」
えええええぇぇぇぇぇぇ!!??




