第百二話 王都グランハイム
「その時はまだ小さかったけど、あれは絶対にママだった……」
そうだ……。
私がこの世界に来たとき、聞こえてきたサキの泣き声。あの時からずっと、家族は私を探していたのだ。
「そう……だったのですね……」
心臓が引き裂かれるような罪悪感に襲われる。
私が母親だと伝えなければならない。
でも……私は……怖いんだ。
サキ達が本当のことを知って、私を拒絶することが。
それに……私が織部かおりだということを言ってしまったら、もうシルヴィア=イスタリスとして生きることはできない……。
この世界でシルヴィアと関わり、繋がった人の想いはどうなる……?
ラモンドやマチルダ……。フランディア騎士団のみんな、アッシュ達冒険者、レオンにグレイゴル……。
レクス……。
私は卑怯者だろうか?
いや、きっとそうなのだろうが……。
シルヴィアとして手に入れたものも、私は失いたくない。
「シルヴィア……?大丈夫……?」
心配そうに私の顔を覗き込むサキ。
気が付けば、私の目からはとめどなく涙が溢れていた。
「変な話しちゃってごめんね!怖いと思うけど……奴らはまたあなたを狙ってくると思う。だから、しばらくは私と一緒にこの街にいてほしいの」
私は涙を拭って頷いた。どうせ他に行く場所など無い。私だってサキのそばに居たいのだから。
「それでね、そのことでシルヴィアに会ってほしい人がいるんだ」
「会ってほしい人ですか……?」
「うん。今私のことを全面的にサポートしてくれてる人なんだけどね。これから一緒にいるにあたって住む場所やお金のことなんかも話しとかないと行けないしね」
「そんな……!サキさんに迷惑はかけられません!私自分で……」
「いやぁ全然大丈夫だよ!気にしないで。それにシルヴィアなら絶対に気に入られるよ。めっちゃ可愛いから!」
ん……?
どういう意味だ……?
可愛いからって……まさか……!!?
サキのいうその人物というのはギネルのような男ではないのか!?
なんてことだ……。
いや……でも考えればわかることだ……。
こんな縁もゆかりもない場所で一人で生きていくには、誰かの支援が必要になるのは当たり前なのだから。
でもいくら支援者が必要だとはいえそんな……。
自分を売り物の様にしてまで……。
やはり私は……。
私の不安を押し切るかのように、サキはスッと立ち上がって言った。
「さてと、近くに宿があるから今日はそこでゆっくり休も!私の仲間のところだから警備もバッチリだし安心して」
そう言って私にウインクをしてみせた。
クローディアとの戦いの後からずっと、サキは私に気を使ってくれている。
だがしかしその度に私は罪悪感に苛まれてしまうのだ。
私達は食堂を後にすると、少し離れた路地にある二階建ての小さな宿屋へと入った。
入口のカウンターには、少し痩せた初老の男性が立っており、サキの顔を見るなり声を掛ける。
「おぉ、サキじゃないか!おかえり。今日はこっちなのかい?」
「こんばんはおじさん。空いてるかな?」
「二人部屋しかないけどいいかい?」
おじさんの言葉にサキは私に目配せをする。
「は、はい!問題ありません!」
「お風呂は入るかい?」
その言葉に心が躍った。ちゃんとしたお風呂に入るのはいつぶりだろうか?たまった汚れを一気に洗い落としてしまいたい。
私が勢いよく頷くと、宿屋のおじさんはニッコリと笑ってお風呂を準備してくれた。
少し小さめの湯船にもたれかかり、私は大きく息をついた。
はぁ〜極楽……。
今日は色々なことがありすぎた……。
サキに再会できた嬉しさと、今後のことに関しての不安……。
そういえば旦那は元気でやっているだろうか……?
最後に連絡を取ったのはラキアだったか?
こちらから手紙を送ったままだ……。
返事……来てたかもしれないな……。
ハルトのこと書いてあったかもしれない……。
きっとサキにも会ったって言ったら飛んで喜ぶだろうなぁ……。
なんで……。今さらあの人のことを……。
サキの影響かな……。
「サキさん……私だけお風呂いただいて本当に良かったのですか?」
せっかくご主人が用意してくれたのだが、サキは入らないらしい。
「あ〜、うん大丈夫。私お風呂嫌いなんだよね」
少し恥ずかしそうに答えるサキ。
え……!?そうなの……?
私の娘なのに……!?
そういえばあの人もお風呂苦手だったよな……。
確かに歯に衣着せぬ物言いや、誰にでもすぐ打ち解けたりできるところはそっくりなんだけど……。
私とは正反対の性格……。
少しだけ窓から入り込む夜風にあたりながら、まだ消えない街の灯りをぼんやりと見つめる。
しっかり疲れてはいるのだが、今後のことを頭に浮べると、なかなか眠れずにいたのだ。
反対の方を向くと、こちらに背を向けて毛布に包まるサキの姿がある。
その姿に安心し、また窓を見つめる……。
先程からずっとこれの繰り返し。
何時またこの子がいなくなってしまうのではないかと考えると、私は不安に押し潰されそうになってしまう。
「私達を捨てたくせに」
背後からそう聞こえてきそうで、不安になって振り返り、そしてまた安心する……。
グランハイムの街の灯りは消えることなくずっと輝いていた。
翌朝
「おはよシルヴィア!よく眠れた?」
「おはようございますサキさん。おかげさまでよく眠ることができました」
サキは私より早く起き身支度をしている。
よく眠れたというのは嘘で、ほとんど寝ることは出来なかった。
「さてと、まだ約束の時間までだいぶあるから、買い物でも行こっか!服だってそれじゃあ……ね?」
私の白い変な服を見てそう言うサキ。
確かにこれじゃあ悪い意味で目立ってしまう。
「ですが……私は今お金を持っていなくて……」
海に落とされたとき、私の荷物は全てあの船に置いてきてしまったのだ。
「それは心配しないで。他にも何か必要なものがあったら遠慮無く言ってね」
「何から何まで本当にありがとうございますサキさん」
「そのサキさんっていうのやめない?サキでいいよ!」
サキはそう言って微笑むと、私もそれに釣られて笑みが溢れた。
まだ午前中の早い時間だというのに、グランハイムの大通りは行き交う人々に溢れていた。
「まずは服からかぁ……じゃあやっぱりエトラ婆のとこだね!」
サキに連れてこられたのは、素朴ではあるが品のある外観の仕立て屋だった。
よく見ると昨日サキに話しかけたお婆さんが、庭先の花へと水やりをしている。
「おっはよ!エトラ婆!この子に服を用意してあげたいんだけど」
「おや、サキじゃないか。おはよう。その子は確か昨日の……?」
「シルヴィアと申します」
エトラ婆さんはかけたメガネを下にずらし、目を細くしながら上目遣い私を見た。
「サキのお友達かい?まぁなんて可愛らしい。ちょっとまってね……ちょいと、エランダ!」
エトラ婆はよっこいしょと腰をあげると、店の中へと入っていく。
店内には四十代くらいの女性が一人、店の掃除をしている姿が見えた。エトラ婆さんに呼ばれて振り返ったその女性は、サキの姿を見て駆け寄る。
「サキぃ!帰ってたのかい!」
「おはようございますエランダさん。実は……」
サキはエランダと呼ばれた女性に小声で何かボソボソと伝えている。エランダは私とサキを交互に見ながら、何かを悟ったかのようにニッコリと微笑み、
「わかった!そういうことなら任せておいて!」
と言ってドン!と自分の胸を叩いた。
「そうだ!ちょうどピッタリのがあったはず……」
そう言ってエランダは店の奥の方から何点かの衣類を引っ張り出してきた。
そしてその衣類を私に差し出すと、
「ささ!コレ着てみてちょうだい!」
と言って私を試着室へと押し込んだのだった。




