第百一話 私を探して
ひぃぇぇぇ〜〜!!
透明になってバッチリ下が見えるようになってしまった……。
自然とサキを掴む手に力が入る。
「ごめんね!もう少しで到着するからさ!……あ!ほらあそこ!見えてきた!」
夕陽は少し前に地平線へと沈み、空は橙色と紺色のグラデーションに染まっていた。
サキが言った方角には、大きなお城と城壁に囲まれた街が見える。
大きい……。エルビオンに劣らないほどの大きさだ……。
街にはいくつもの明かりが灯り、遠くからでもその賑わいが見て取れる。
「あれがユリウス王国の王都グランハイム。私達の活動拠点なの」
「私達……ですか……?」
「そうそう。詳しいことはまた明日話すね。いろいろあって今日は疲れたでしょ?ゆっくり休んで」
先程のエドといい、サキにはジルエール以外の仲間がいるようだ。
しかしサキは何故ラグナ大陸にいるのだろうか……?
ハルトからは任務中に連絡が取れなくなったとしか聞いていなかったから……。
そのことも含めて明日ゆっくり話を聞こう。
生きていたんだ……。
これ以上望むものがあるのか……。
サキは慣れたように城壁の見張り台に降り立つと、魔法を解いて私のロープをほどいた。
「怖かったよね?ごめん!」
「い、いえ……お気になさらず」
あまりの刺激にまるで魂が抜けたかのように頭の中が真っ白になってしまった。
まだ足がガクガクと震えている……。
そんな時、緊張が解けたのか私のお腹がぐぅ~っと鳴ってしまった。
やばい……。絶対に聞かれてた……!!
恐る恐るサキの方に目をやると、彼女はそれに気付いてニコッと笑った。
「お腹空いたしなんか食べようか」
私は真っ赤な顔で一度だけ頷く。
あぁ……。サキの前で……。
なんだか自分がとても格好悪い。母親なのに……。
「うわぁ……!」
驚いたのは街の明るさだ。街頭に使用されている魔法石がベルガンド大陸のものよりはるかに明るい。
純度の問題だろうか。
夕食時というのもあり、仕事を終えたであろう男達がジョッキをぶつける活気のいい音が聞こえてくる。
とっくに日は沈んでいるのだが、まるで昼間のような人通りだ。
軒先に並んだ色とりどりの食べ物から、食欲をそそる香りが漂ってくる……。
そういえばちゃんと食事をとるのはいつぶりだろうか。無人島に流れ着いてからは、ほとんど魚を焼いただけのものだったし、クローディアの集落では船で食べた芋を練ったものだけだった。
「そうだ!シルヴィアには私のとっておきをご馳走してあげる!ついてきて!」
サキはそう言って楽しそうに私の手をとった。
「おっ!サキ!帰ってきてたのかっ!頼まれてたやつ入ってるぜ!」
髭を生やした恰幅のいい男性がサキを見て声を掛ける。鍛冶師か何かだろうか?顔に黒いすす汚れが沢山付いている。
「ジンさん!ありがと!近い内に顔出すね!」
「おぉサキじゃないかい!おかえり」
今度はエプロンを付けた老婆が声を掛ける。
「あ!エトラ婆さん!」
「リゼの服、仕上がってるから取りにこさせて」
「助かる〜!いつもありがとっ!!」
その後もサキは至る所で声をかけられていた。
大人から子供まで誰もがサキのことを知っている。
凄い人気だ……。
彼女だってまだ大陸に来てからそれほど時間も経っていないだろうというのに。
サキが振りまく笑顔を見ていると私まで幸せになってくる。
ほんとに……大きくなったな……。
私などいなくてもこんなに立派に生きているではないか……。
「ここ!ここ!おーいおばちゃーん!いつもの奴ふたつ!」
飲食街と思われる大通りに建ったこじんまりとした食堂。年季の入った外装と、店内に飛び交う楽しそうな声。カウンターの奥でせっせと働くふくよかな女性は、サキの声にひょこっと顔を上げた。
「おーや!サキじゃないか!お仲間かい?今作るからちょっと待ってな!」
嬉しげに腕まくりをすると、手際よく食材を切り分けていく。何の肉かはわからないが、新鮮でプルッとしているのがよくわかる。
それに先程から漂う良い香り……。
炭火の匂いと、スパイスを焦がしたような香ばしくていい匂いが折り混ざり、食欲を掻き立てる。
「ここのメルピー焼き最高なの!」
「メルピー……焼き……ですか?」
聞いたことの無い食べ物だ……。先程のプルッとした肉のことだろうか?
「メルピーっていう魔物なんだけど、見た目はちょっとアレだけど味はとってもおいしいんだよね」
そうこうしているうちに、ドン!とテーブルに置かれた二人前の料理。
こんがりとソテーされた輪切りの肉に、みじん切りにされた香草と野菜のソースがかかっている。
また別の器には焼き色の付いた白いお饅頭の様なものが添えてあった。
「さ!温かいうちに食べよ!いただきまーす!」
サキはナイフで肉を一口サイズに切り分け、お饅頭のようなものを手で割いて挟むと、それを豪快にかぶりついた。
「ん〜〜!!最っ高〜〜!!」
その表情を見ていると、こちらも口の中によだれが溢れてきそうだ。
私もサキの真似をして肉を挟んでかぶりついてみた。
「!!お……美味っしい〜〜!!」
「ふふふ。でしょー?」
肉の外側はカリッとした食感なのだが、内側はプリプリしており噛んだ瞬間に肉汁が溢れてくる……。
しかもこのソースにたっぷり入った野菜がシャキシャキとした歯ごたえがあって心地が良い。
白いお饅頭のようなものは蒸しパンに近く、ソースや肉汁をよく吸って最後まで美味しく食べることができた。
少し多いかもと思ったのだが、全然心配することは無く完食。久しぶりのちゃんとした食事に、お腹も心も大満足だ。
「はぁ〜お腹いっぱい」
お腹を擦りながら幸せそうな顔でしばしくつろいでいたのだが、
「サキさんは何故ラグナ大陸に?」
私はずっと疑問だったことをサキに問いかけた。
サキは思い出したかのように姿勢を正すと、私だけに聞こえるような小さな声で話出した。
「私はリグルト共和国で誘拐された聖女を追ってたんだけど……それに盗賊ギルドが関わっていることを知って、奴らのアジトに潜入したの」
「盗賊ギルドのアジト……ですか……?」
「うん。奴らは聖女をラグナ大陸に連れて行ったって言ってたの。でもね……そこで……」
「そこで……?」
サキは少し俯いて、胸に手を当てながら言いにくそうにしている。
「そこで見つけちゃったんだ……」
「見つけた……?何を見つけたのですか?」
「ママ……」
「え……?」
サキのその言葉に戦慄が走る。
恐れていた事態が起こっていたのだ。
私は何と言葉を発して良いか分からずに、ただただ沈黙が続いていた。
「任務中だってことは分かってた……。でもこの世界に来てから、私はずっとママを探してたの。ううん、私だけじゃない。パパも……。お兄ちゃんも……」
なんて……。なんて言えばいい?
今じゃないのか?
正体を明かすのは。
これ以上子供達やあの人を苦しめてはいけないのではないか……?
「ママが盗賊ギルドの奴らと話しているのを見て、もしかしたらドミネーターはママなんじゃないかって……。そうしたらいてもたってもいられなくなって……。奴らの船に忍び込んだら大陸を渡っちゃってた……」
「本当に……本当にサキさんのお母様だったのですか?見間違いとかでは……?」
サキは下を向いたまま首をブンブンと横に振った。
「間違えるわけないよ。絶対にママだった。」
離れ離れになってからもう十二年だ……。
私のことなんてもう覚えていないのだろうと思っていた。
私はシルヴィアとして生きていくつもりだった。
でもサキ達は今でも私を探している。
土地も言葉もわからないこんな異世界でずっと……。
私は……。
私は……!!
「私ね……この世界に来てすぐ、エルビオンでママを見たの……」




