第百話 紅竜
クローディアの屋敷を出ると、集落の女性達は皆我を取り戻し困惑していた。
「さてと……。この人たちをもとのところへ返してあげないとね……」
サキはそう言うとポケットから魔法石と思われる小さな青い石を取り出すと、手をあてがって魔力を送る。
魔法石が淡い光を放ち、そのまま上空へと舞い上がったと思うと、大きな魔法陣を展開して粉々に砕け散った。
「これでよし……と」
「サキさん、今のは?」
「あぁ、捜索魔法のこと?ん~と、いわゆる救難信号みたいなものかな。近くで仲間が待機してくれてるはずだから」
仲間……?どういうことだろう……?
「お仲間……ですか?他にもジルエールの方が?」
「あ、いや、そうじゃないんだけどね。まぁ詳しいことは後で話すね」
サキはそう言いながら女性たちをまとめて事情を説明しだした。
ここの人間を全員帰すなんてかなりの大仕事だと思うのだけど……。
サキはテキパキと声をかけて、女性達をいくつかのグループへに分ける。
故郷がわかる者は良いのだが、幼い子は自分がどこから来たのか分かっていない。それでも目線を合わせて丁寧に話を聞いていくサキ。
こういうことには慣れているのだろうか?
どこから見ても一人前の冒険者だ……。
苦労したのだろう……。
胸のあたりがキューッと締め付けられていく。
その原因が自分にあると考えると、罪悪感に押し潰されそうになるのだ……。
十二年、いや、そろそろ十三年になろうとしている。
私が母親としてこの子にしてあげたことなど殆ど無い。
恨んでいるだろうな……。
「あ、あの……!私もお手伝いします!」
サキのもとへ駆け寄り、見様見真似で手伝った。
こんなものが償いになるなど到底思ってはいないが、ただそばにいて力になれることがあれば……。
そう思わないと自分を保てないのだ……。
「おーーーーーい!!サキーーーーーー!!」
どれくらい時間が経っただろうか。森のずっと向こうからサキを呼ぶ声が聞こえる。
若い男性の声だ……。
「エドーーー!!こっちこっちーーー!!」
ガサガサと茂みを掻き分けてでてきたのは、サキより少し年齢が上に見える青年だった。
茶色い短髪に大きな耳。サルっぽい愛嬌のある顔をしている。
痩せ型で少し頼りなさそうな感じだが、彼がサキの言う仲間なのだろうか……?
「サキィーー!!心配したっての!!二週間以上連絡が無いんだもんよ!!」
サキがエドと呼びかけていたその青年は、半分泣き出しそうな顔でサキに駆け寄ってきた。
「ごめんごめん!こっちもいろいろあってさ」
エドはニヤニヤしながら周りの女性達をジロジロと見つめる。
「すっげぇ……。女ばっかり。こりゃ楽園だ」
サキは呆れた表情を浮かべてエドに言い放つ。
「ソウルイーターの餌になっても良いならね」
その言葉を聞いた途端、エドの顔が急に青ざめていく。
「ま、まさか本当にソウルイーターの……!?」
「逃げられちゃったけどね」
「戦ったのかっ!!?よく生きて……」
サキはエドの言葉を遮る様に紙切れを握らせる。
「それにここの人全員のこと書いてあるから。あとよろしくねー」
そういってエドに手を振るサキ。
「はぁ!?いや……ちょっと……!!」
慌てふためくエドを尻目にサキは私にニッコリと笑った。
「じゃ、行こっかシルヴィア」
「あの……行くって……どちらに……?」
「ここは大陸の北西の方なんだけどね、ここからずっと南に行ったところに私が拠点にしているところがあるから、そこまで」
あまりの唐突な発言に呆気に取られてしまう。
行こうって言ったって私はこの白い変な服以外何も持っていないのだ……。
長旅となれば私も色々準備が必要なのだが……。
「では……ここで旅の支度を……」
「あ、大丈夫大丈夫!三時間もかからないから。何か縛るものは……と」
ん……?
私がおかしいのか……?
三時間って……遠足じゃないんだからそんな……。
そんな私の思惑など関係ないといった感じで、サキは近くの小屋をガサゴソとあさり、長めのロープを持ってきた。
「これでよし……と」
全く、何がなんだか状況が掴めない。
「あの……サキさん……?何をなさるおつもりで……?」
サキは目を閉じて大きくく深呼吸をした。
次の瞬間……。
解錠……!!紅竜!!
そう叫んだサキを包み込むようにして、大きな火柱が吹き上がる。
そしてそこにいる誰もが自身の目を疑い、言葉を失ってしまった……。
真っ赤な火柱の中から現れたのは一匹の巨大なドラゴンだった。
その身の丈は五、六メートルはあるだろうか……。
ねじれた大きな四本の角、マグマの様に真っ赤な外殻、巨大な両翼は広げると民家五つ分にもなろうかと思われる。
「エド、そのロープでこの子縛ってくれない?」
え……。ま、まさか……!!
「ちょっと……!あの……これって……!」
まるで私の声が聞こえていないかのように、エドは慣れた手つきで私をサキの背中へと縛り付ける。
「えーっと……あまり下は見ないほうがいい」
手を動かしながら何やら恐ろしいアドバイスをよこすエド。
もしかしてこれって……。
「じゃあエド、みんなのことは任せたから。しっかり捕まっててねシルヴィア!」
そう言ってガクン!と激しく身体が揺さぶられたかと思うと、物凄いスピードで上空へと舞い上がっていく。
ですよねぇぇぇぇぇぇぇ!!!
まるでジェットコースターの様激しく揺さぶられながら、物凄いスピードで上空を飛行する。
「このままじゃ目立つから姿消しちゃうね」
サキはそう言うと自分自身の前方に魔法陣を展開する。
隠密魔法!
展開された魔法陣をくぐり抜けると、サキと私の姿が瞬時に透明になっていく。
この魔法は確か……シュラグの仲間、ボアといったか?その男が使用していたものと同じものだ。
私はふと気になることをサキに尋ねた。
「サキさんは色々な魔法を扱えるのですね」
何もいない空間に向かって話しかけるのは不思議な感覚ではあるのだが、しがみついている感覚は、しっかりとそこに彼女がいることを示していた。
「うーん、まぁね。紅竜のおかげかな」
「胸の宝玉のことでしょうか?」
「そうそう。十宝紅竜っていってね。ずっとずっと昔にいたドラゴンの魔核なんだって」
魔核……?魔石とは違うのだろうか……。
「これ、私の心臓と繋がってるんだよね」
今……なんて言った……?
「信じてもらえるかわからないんだけど、私とお兄ちゃんはこの世界の人間じゃないんだ……。だから、私達の身体には魔力が流れてないの」
「そうなの……ですか」
よくよく考えてみれば当たり前のことだ。
サキとハルトはこの世界の存在ではない。
よって魔力も存在しない。
この世界では石ころ一つにも魔力が含まれている。
いや、むしろ完全に魔力が無い物質というものは存在しないのだ。
「本来、ヴァルヴァーティスは性質上人間の魔力には適合しないらしいんだけど。逆に魔力が無い私は属性関係に邪魔されることなく能力が使えるってわけなの」
なるほど……。
そういうことなのか……。
サキが使用していた魔法の謎。
彼女はクローディアに氷の魔法を放っていたのだが、その後にあのディストーションを使用した。
ディストーションは恐らくだが火と土の複合属性、重力の属性を利用した高等魔法だろう。
本来人間は自分に適正のある魔力しか使用することが出来ない。
そして魔力属性は反発関係にある魔力同士と同時に存在することができない特性を持っている。
具体的に言うと火と水、風と土は反発関係にある。
同じ魔力でぶつかり合うと消滅してしまうため、この組み合せの複合属性は存在しない。
氷の魔法は風と水の複合属性。
通常ならば同じ人間が炎と土の属性に適正を持つことは不可能なのだ。
しかしサキはヴァルヴァーティスによってどんな属性魔力でも操れるようになっている。
だから何なのか?と思うかもしれないが、これはこの世界の理を根本的に覆す程の強力なものなのだ……。
その気になれば世界を破壊し得るほどの……。




