第九十九話 黒髪の少女
クローディアの傷口からまるでミミズの様にウネウネと何かが伸びたかと思うと、それらが絡み合って欠損した身体の部位が一瞬にして修復してしまった。
まただ……!
一瞬で回復してしまった……。
だが、それと同時にクローディアの体内にある魂の反応が大きく減少したことにも、私は気付いていた。
取り込んだ魂を消費して急速に回復していたのか……。
その魂一つ一つに人生があったんだ。
愛する人や帰りを待っている人がいるのだろう。
命を……命をなんだと思ってるんだ……!!
くそっ!この拘束さえなんとかなれば私も闘えるのに!!
全身にありったけの力を込めてもがくのだが、ゴムの様に伸びたり縮んだりして完全に力を殺されてしまう。
「はぁ……!はぁ……!許さん……許さん……!!」
全身からシューシューと何かが蒸発する様な煙を上げながら、突如クローディアの顔が老婆の様にシワだらけになっていく。手や足もみるみるうちに痩せ細り、
あっという間に皮膚が剥がれ落ち、骨は露呈し、まるで不死者の様な姿へと変貌してしまった。
恐らく一度に大量の魂を消耗した代償なのかもしれない。
これがクローディアの本当の姿……。
もはや人間を捨ててしまっているではないか……。
大きく肩で息をしながらユーミルを睨みつける。
「何故貴様がそれを持っている……!!人間には扱えないはずだ……!!そうか……貴様が例の……!!」
一度剥がれ落ちた皮膚が再び修復を始め、元のクローディアの姿に戻る。
「今日のところは引いてあげる……。だが必ずあなたの魂を貰い受けるわ聖女シルヴィア……!!それと……」
私に笑みを浮かべた後、クローディアは再びユーミルを鬼の形相で睨みつける。
「お前だけは絶対に許さない……!楽に死ねると思わないことね……!!」
そう言い残すと、クローディアの身体が黒い霧に包まれて見えなくなっていく。
「待て!!」
私にかけられていた拘束が解けた瞬間、咄嗟にクローディアに向けてチェーンバインドを放ったのだが、そこにはすでにクローディアの姿は無かった。
「リゼ……ごめん」
ユーミルが拳を握りしめながら、小さくそうつぶやいたのが聞こえた。
「助けてくれてありがとうございますユーミル」
そう言う私にハッとなって駆け寄って来るユーミル。
「大丈夫シルヴィア?怪我は無い!?」
ユーミルは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「本当に無茶するんだから……!」
「ごめんなさい……。ユーミル……あなたは一体……」
ユーミルは私の顔を見て思い出したように跪いた。
「御無礼をお許しください聖女シルヴィア様」
な、な、な……いきなりどうしたんだ!?
「えっ……!?あのっ……ユーミル……?」
「申し訳ありません。私はユーミルという名では無いのです。訳あって先程のクローディアを追ってこの集落を調査していた者にございます」
そ、そうだったのか……。
「クスッ……!」
こらえ切れず噴き出した様な笑みを溢すユーミル。
「申し訳ありません!聖女様って言うからもっとおとなしい人なんだと思ってました。まさか単身、しかも丸腰で敵に挑んでいくなんて」
自分でも顔が赤くなっているのがわかる。
走って逃げるなんて言ってのがとてつもなく恥ずかしい。
うぅ……。穴があったら入りたいぐらいだ……。
「でも……あなたが人気の理由が分かりました。それにすっごくかわいいし!」
ん……?
人気……?
「私のことを……ご存知なのですか……!?」
「そりゃあ知っていますよ!エルビオンの聖女シルヴィア様と言ったら、リグルト連邦までその名がとどろく有名人ですから」
リグルト連邦国だって……!?
「だってあなたはラグナ大陸の生まれだと……」
ユーミルは優しく微笑んで立ち上がると、長い前髪をかき上げたなびかせる。
全身をキラキラと金粉の様な光が包み込むと、まるで変身が解ける様に、その姿が変わっていった……。
紫色の長い髪の毛は、光の後をなぞる様にして美しく艶のある黒へと変わっていく。
その姿に、私は心を奪われてしまった。
年齢にして十五、六。
スラリと伸びた健康的な長い脚、細くくびれ引き締まったウェスト。そして美しいラインを際立たせるふくらみ。
後ろで結んだポニーテールがふわっと跳ねたとき……。
嬉しそうに走り回るあの日の姿が重なる。
私の目から大粒の涙が溢れ、ぽたっと音を立てた。
いなかったんだ。黒い髪の子供はどこを探しても……。
あの時……泣きながら私を探すこの子に何も出来なかったことを、今の今までずっと後悔してきた。
やっと……やっと会えた……!!
「サキ……!!」
黒髪の少女は驚いた様な顔で私に言う。
「えっ!?なんで私の名前を……!?」
気が付いた時には飛び出し、抱きついていた。
「うああああああああん!!」
私の中で抑えてきた感情が爆発してしまった。
「ごめんなさい!ごめん……!!」
いきなり泣きじゃくる私を、サキは何も言わずにギュッと抱きしめてくれた。
生きていてくれた。
こんな異世界の果てで。
こんなにも美しく、そして強く……。
もう離さない。絶対に。
誰もいない屋敷に、私の泣き声だけが響いていた。
「落ち着きましたか?」
しばらくして、サキのその言葉に私はヒックヒックと涙を拭いながら頷く。
サキの服の裾をギュッと握りしめながら出口へと向かった。
これじゃあどっちが子供かわからないな……。
でも今はそれよりサキが生きていてくれたことで心がいっぱいなのだ。
それにしてもこれは一体どういうことだろうか……。サキの美しさには目を疑ってしまう。ハルトの時もそうだったのだが、本当に私の子供なのかと思うほどに美男美女に成長しているのだ。
これは男達も黙っていないだろう……。
「どうしました?顔になんか付いてます?」
自分の頬をペタペタと触りながらサキが私に問いかける。
しまった。三歳の頃とあまりにの変わりぶりについまじまじと見てしまった。
「い、いえ!嬉しいんです……。サキさんが生きていてくれて。ハルトさんもきっと喜ぶと思います」
サキは驚きと不思議が合わさったなんとも言えない表情を浮かべた。
「えっ!?お兄ちゃんのことも知ってるの!?」
私は初めて王都でレクスに助けてもらったことや、シュラグ達に誘拐されそうになったときのことなど、これまでのジルエールとの関わりをサキに話した。
「そういうことだったのね……。あっ!……ですね!」
「構いませんよ。楽に話していただいて」
サキは後ろ頭を掻きながらニッコリと笑う。
「ごめん!私敬語苦手なんだよね……アハハ」
恥ずかしそうに笑うその姿に、まだ幼かった彼女との記憶が次々と甦ってくる。
その度に溢れそうになる涙を必死にこらえながら、私はしっかりとサキの手を握った。
「じゃあ……ドミネーターのことも聞いてる?」
私はサキの質問に頷いた。
「はい……。アルデリア共和国で一度レクスと共に交戦したこともあります」
サキは私の両肩をぐっと掴んで驚いた。
「えっ!?ウソっ!!?ドミネーターと戦ったの!?」
「は、はい!いや、でも戦ったのはドミネーターが連れてきた魔物ですし……」
「ドミネーターの顔は見た!?どんな顔してた?」
サキの目は真剣そのものだった。
だがなんて答えれば良い……?
アイツは……ジノは私の身体を利用しているのだ。
「なんというか……その……あまりはっきりとは……」
咄嗟に嘘を付いてしまった……。
「そっか……。ごめん」
サキは我に返ったように私から手を離すと、なんだかとても落ち込んでいる様な……そんな悲しげな表情を見せた。
サキはドミネーターに対して並々ならぬ執着があるように思える。それはジルエールの任務とかそういったものとは別の何かである気がする。
今後、ジノが子供達に接触する可能性も大いにあるだろう。避けては通れない問題なのだが……。
私は卑怯者だ。この期に及んでまだ本当のことを話すことが怖い。怖くてたまらないのだ……。
私の家族は全員生きていた。
こんなとんでもない世界で。
これほどの幸運があるだろうか。
これからどうするかなんて今は全く考えてもいないのだが、今はこの幸せを噛みしめていたい……。
だからもう少しだけ待っていてほしい……。




