第十話 支援魔法
「ドミトリー・イックじゃ!」
長く伸びたツタの先、天井に張り付いた魔物は、球根状になった身体の先端に、食虫植物のような袋状の口を持った姿をしている。
「さっきの魔物は囮だったようじゃの」
魔物はリグナーを自分の近くに引き寄せると、
まるでクシャミをするかのようにバフッ!っと黄色い粉を吹き出した。
「ぐわっ……!!」
王国騎士団の白い鎧と外套が、一瞬で黄色く染まる。
「そいつを吸い込んじゃいかん!!」
時すでに遅く、リグナーはぐったりとして動かなくなった。魔物は袋状になった口を大きく開けて、
バクッ!!
とリグナーを丸呑みにしたのだ。
口からリグナーの足がはみ出している。
「リグナーさん!」
シャロンが咄嗟に杖を構えて詠唱を始める。
「生命の根源たる水よ……」
その時、シャロンに後ろから別のツタが巻き付き、グイッと壁側に引っ張っられていく……!
「きゃっ……!!」
そんな……もう一匹……!?
ロブロットがツタを握り、体重を掛けて止めようとするが、すごい力で壁側の本体の方へ引き寄せられていく。
魔物は口を広げてシャロンを飲み込もうとするが、そこへロブロットが盾を突っ込み、口が閉じないように押さえつける。
「すぐに消化はされん!……ッ!だがっ……!
麻痺毒で呼吸が出来んかもしれんっ!!」
ロブロットはあちらの魔物を押さえつけるので精一杯だ。リグナーはこっちでなんとかするしかない。
天井でリグナーを咥え込む魔物。そこまでの高さは5、6メートルはある……。
「くっ……どうやってあそこまで……」
クレアは魔物を睨みつける。いくらクレアでもあそこまでひとっ飛びというわけにはいかないだろう。
だがここで手を拱いているわけには行かない。
「クレア……大丈夫です。あなたに聖女の加護を!」
私は杖を構える。
「聖女シルヴィアの名のもとに命ずる、我が剣となりて魔を祓う力となれ!!」
筋力上昇魔法!!
赤い光がクレアを包む。
「すごい……!力が溢れてくる……!」
「そんなに長くは続きません!今のうちに」
クレアは一度頷くと、姿勢を低くして天井を睨みつける。
「でやあっ!!」
掛け声と共に思い切り地面を蹴り上げると、ビュン!と加速して一気に魔物の横にまで飛び上がる……!
ロブロットは魔物を押さえつけたまま何やらビンを取り出して魔物の口の中に放り込む。次の瞬間、
「ブシューーーーーーーーーーー!!」
魔物は口から白い煙を吐き散らし、悲鳴ともとれるような音を出しながらしおれていく……。
ツタが緩み、落ちるシャロンをロブロットが受け止めた。
天井の魔物はリグナーを咥え込んだまま、そのまま身体ごと振り回してクレアをなぎ払おうとする。
「ぐっ……!」
ギリギリで足を前に出して魔物の身体を踏みつけるが、弾かれるようにして反対側の壁まで飛ばされてしまうクレア。
「クレアッ……!!」
「まだだっ……!!」
空中でクルッと回転しながら体制を立て直すと、そのまますごい勢いで壁を走り出した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔物の前でもう一度ダンッ!と跳躍する。
「袋と根っこの間に目がある!!そこを狙うんじゃ!!」
「でやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
三連刺突!!
ドンッ!ドンッ!ドンッ!とまるで大きな金槌で叩きつけたような鈍い音が響き渡る。
魔物はギョロっとした黄色い目と身体を大きく抉られて、リグナーを吐き出した。
リグナーは壁の出っ張りにぶつかりながら転がり落ちる。身体が細かく痙攣し、顔からは血の気が引いている。
私は駆け寄ってリグナーに手をかざすと、すぐさま解毒を行った。
「汝、聖なる奇跡をもってその蝕みから放たれり」
解毒魔法
リグナーの身体にキラキラと輝く光の粒が降りかかると、身体の強張りが解け、呼吸が戻る。
「ぶはっ!!はぁ……はぁ……」
「皆さんにも。癒しをここに……」
回復魔法
5人全員の身体が緑色の光に包まれると、全員の細かな傷がキレイに無くなった。
「あら……!」
「おお……こりゃあ良いわい」
ロブロットは肩を回して回復を実感しているようだった。腰痛、肩こりにも効き目があります。えへん。
「ありがとうシルヴィア……」
「いいえ、すごかったですクレア」
パワーがかかっている状態とは言え、あの状態から壁を走るなんて……。さすがは騎士団隊隊長。
「ところでロブロットさん、さっき魔物の口に入れたものは一体……」
私は魔物が一瞬で息絶えたのが気になっていた。
ロブロットは隙間だらけの歯を見せて笑う。
「はっはっ!ありゃ塩です」
「塩……ですか?」
「ええ。ドミトリー・イックは口の中に粘性の溶解液を溜めておりましてな。そいつが塩にふれると一瞬で蒸発してしまうんです」
なるほど。そういう戦い方もあるのか。
剣や魔法で解決することが全てではないということだ。
「聖女様は回復魔法だけでなく支援魔法も使えるのですね。なんと心強い。」
「いえ……私などまだまだです」
シャロンが私のことを褒めてくれた。
正直嬉しい。練習した甲斐があったというものだ。
私の場合、自分自身が戦うことが出来ないので周りの人間に頼るしかない。戦いにおいては仲間を支援することしか私の価値は無いのだ。
守られてばかりのお荷物にはなりたくなかったので、戦闘の補助ができそうな魔法は一通り覚えている。
私は杖を前に抱いて少し照れ笑いを浮かべる。
ロブロットは私の杖を見て何かに気付いたようだ。
「聖女様……!その杖はもしや……!!」
私の杖をまじまじと見つめるロブロット。
「いや間違いない……!こりゃあ驚いた……こいつはグレーディットの爪ですな」
「グレーディットですって!?」
シャロンが驚いて大声を上げる。
「え……そんなに凄い物なのですか?」
「いやぁ凄いなんてもんじゃない。これ一本で屋敷が立ちますぞ……」
ええええ……。そんなに高価なものだったの!?
実この杖、以前平民街で暴れた魔物から取れた爪が素材になっている。お詫びの品にと、ギルドのお偉いさんが私にプレゼントしてくれたものだった。
まぁ魔物を倒したのは私ではないのだけれど。
「グレーディットの爪には魔力を増幅する効果があります。ただ、コイツの爪はとんでもなく硬くて並みの刃物なんかじゃ歯が立ちません。おまけにグレーディット自体が滅多に人前には現れんのです」
「ふん……」
これに面白く無いのはリグナーだろう。結局良いところを見せれずに足を引っ張る形になってしまったのだから。
リグナーはすっかり黙り込んで、村へ戻るまで一言も喋らなかった。
次の日、私は村の教会に人を集めて巡礼を行った。
村人は全員合わせても100人に満たなかったため、全員に加護を与えてもそれほど時間はかからなかった。
それと、私はここで初めて直接寄付金を受け取ることになったのだ。
手のひらに収まるとはいえ、二つの布袋いっぱいに入った銀貨。お恥ずかしい話なのだが、私はこれがどれくらいの価値かわかっていない……。というのも、エルビオンにいた時は買い物は基本的に全部ツケだったし、値札が付いてないものが多かったからだ。
いや本当なんです……。あぁそんな顔しないでください……。
聖女の巡礼はこの寄付金をやりくりして行っていくのだが、その中には当然旅費も含まれている。
中継地点である街や都市には聖女教会があり、そこで道中集めた寄付金を納めるのだが、次の街までの旅費は手元に残して置かなければならないのだ。
何にいくらかかるといったことがまったくわからない私にとっては致命的な問題である……。
これは後でシャロン姉さんに相談してみよう……。
お金の使い方知りません。なんて言ったらどんな顔されるのだろうか……。
最初の中継地点はアストリア領の中心街スタンレー。
そう、リグナーの屋敷がある場所だ。
次の村は馬車で一日かかる。王都エルビオンからアストリア領に入ってすぐの農村。
最初の話ではそこでもう一人冒険者ギルドの人と合流する予定になっている。
どんな人なのだろうか……。
私はそんなことを思いながら馬車に揺られていた。




