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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界の果てで螺子を巻く

作者: 川瀬 夏生

薄く雪が積もった道を二人の少女が歩いていた。

片方は美しい銀色の髪を肩まで伸ばした儚げな少女、もう片方は黄金色に輝く長髪を三つ編みに結った優しげな雰囲気の少女。


二人は厚手のコートを纏い、冬の晴天の下を北へ北へと進んでいた。

太陽の光が白い雪に反射してキラキラと光っては辺り一帯を煌びやかな銀世界に仕立て上げる。

まだ誰にも踏まれていない新雪は一歩踏み出す度にシャリシャリと音を立てて、二人が確実に前へと進んでいることを示した。


顔を上げればどこまでも広がる雪原とその先に聳え立つ山脈。

そのどれもが真っ白な雪で飾り立てられ、幻想的な絵画の世界のように視界を覆う。


「リラ、疲れてない? さっきから歩くスピードが遅くなってるよ」

「……ちょっと疲れたかもしれない。でも、もう少し頑張れそう」


銀色の髪の毛を吹き抜ける風に揺らしながらミオハが尋ねる。

冷たい空気の中でもその表情は揺らがず― いや、隣を歩くリラを心配する表情だけは確かに見せていた。


答えたリラは気丈に振舞っていたものの、やはり歩き続けた疲労が溜まっているようだった。

愛らしく端正なその表情がわずかに歪んでいることにミオハは気付いていた。


それにしても歩き始めてからもう何日経ったのだろう。

日付の感覚を失ってからはそれを知る術もない。

手元にある懐中時計では時刻しかわからないし、ここに日付を示してくれるようなものもなければ、そもそもリラとミオハ以外には人ひとりだって見当たらない。


そう、ここは人の暮らさない場所。

とても寒く、一年中雪に覆われて作物が育たない地域。


この世界の特定の緯度より北側はそういったわけで人間が暮らせず、文明も存在しない。

そんな場所を二人は歩いていた。


「リラ、やっぱり休んだ方がいいよ。具合が悪くなったらいけないもん」

「……それじゃあ、どこかで休む」


ぶっきらぼうに答えるリラ。


辺りをぐるりと見渡す。

一面真っ白な世界の中に、ふと見えた茶色の点。


それを捉えたミオハは安心したようにリラに語り掛ける。


「リラ、遠くの方だけど小屋みたいなものがあるよ。そこで休もう?」

「……うん」


今いる場所からあと何キロメートル歩かなければいけないんだろう。

中身なんてほとんどないはずのリュックサックが肩に重くのしかかる。


だけど、二人は歩くことをやめない。

ミオハはリラの手を取り、二人で一歩一歩進んでいく。

それがまるで本望であるかのように。





結局小屋に着いたのは太陽が傾き始めた頃だった。

その入り口の扉をノックすれば反応が返ってくるはずもなく、鍵の掛かっていないそれを押し開けたミオハが躊躇うことなく中へ入っていく。


中は狭くて手入れも行き届いていない粗末な小屋だったが、ベッドや椅子はあって寝泊まりできるようになっていた。

後ろからおそるおそる付いてきたリラはミオハに促されて小さな椅子に腰を下ろす。


「ミオハ。どうしてここに小屋があるんだろう」

「それはきっと開拓隊が理由じゃないかな。リラは開拓隊のこと知ってる?」

「うん。人間が行ったことのない場所を調査する人たちがいたって」


満足そうに頷くリオハがもう一個椅子を持ってきてリラの隣に座る。


「その人たちが拠点にしていたんだと思うよ。北方の調査で滞在するためのね」

「そっか……ミオハは賢いね。わたしが知らないいろんなことを知ってる」

「そ、そうかな……? でも、リラが褒めてくれると嬉しいよ」


にっこりと微笑んだミオハに、リラもつられて微笑み返した。


リラは少し休んでてと言ってミオハが小屋の中を探索し始める。

生活するのに最低限の家具だけが置かれた部屋の中にはこれといって目ぼしい資材もなくて、この先の旅に役立つような物は手に入りそうもない。

恐らく開拓隊が調査を終えて引き上げる時に運べるものは全て持ち帰ったのだろう。


寒さも凌げそうな建物の中には暖炉と思しきものはあったが、肝心の薪が見当たらない。

外はまだ雪こそ降っていないものの、夜になれば寒さが増すことは想像できた。

これでは暖炉をつけることは出来ないとミオハは落ち込む。


だけど、リラはそれでも構わないようだった。

落ち込むミオハを励まして、わたしは大丈夫だよと優しく声をかける。


「それより、そろそろミオハの螺子を見ないといけない。こっちに来て?」

「そうだね……うん。じゃあお願い、リラ」


リラの元へ戻ってきたミオハが、身に纏っていた服を唐突に脱ぎ始める。

真っ白で綺麗なコートも、厚手のセーターや肌着も全て脱げば、その下からミオハの素肌が露わになる。


素肌、という表現は正しくない。

肌ではなく肌色に塗装された機械の外装が現れる。

そしてリラに背中を向ければ、そこには大きな銀色の螺子がひとつ組み込まれていた。


それに驚くこともなく手を伸ばしたリラが、螺子をゆっくりと巻き始める。

歪な機械音を立てることもなく滑らかに回ったその機構がミオハの背中で駆動する。

それを何十回も何百回も繰り返した頃、ようやくリラは螺子から手を離した。


「ミオハ、これでしばらく大丈夫だと思う」

「ありがとう、リラ」


ミオハは人間ではない。

人間が人間そっくりに作り出した機械人形。


人に代わって、人が担う仕事や家事をこなしてくれる便利な存在。

それが機械人形であり、ミオハの正体でもある。


機械人形は背中に付いた螺子を回すことで駆動し、螺子の動力がなくなれば動きを止める。

こうして何度も回さないと動かないのは、もし人間に刃向かうようなことがあった時にその機能を止めるためのセーフティであった。


こうして旅の途中でも、リラはいつもミオハの螺子を巻いている。

大事な旅のパートナーが途中で動かなくなってしまっては困るし、ミオハがいてくれないと寂しい。


「リラ、何かお礼できることはないかな」

「いいよ……いつもミオハはわたしのために動いてくれてる。これ以上何も望まない」

「私はリラのためにこうして生きているのに、何もしないのはイヤだよ」


寂しそうな表情を見せるミオハ。

少し考え込んだ後、何かを思い付いたようにパッと顔を上げてリラに近寄る。

そして座ったままのリラの背後に回り込めば、その黄金色の髪をそっと手に取った。


「リラの髪、整えてあげる。すごく綺麗だから」

「…………うん。わたしもミオハにしてもらうの、好き、だから」


何も感じないはずの機械仕掛けの手のひらの中で、リラの柔らかな髪がふわりと丸まる。

それを愛おしそうに撫でて、ゆっくりと丁寧に整えてやる。


そうしているうちにリラがうつらうつらと舟を漕ぎ始めて、それに気付いたミオハがベッドへ連れていく。

お姫様抱っこで持ち上げたリラの小さな体を慈しむように抱きしめる。


少し古いけれど二人並んで寝られるくらいの大きなベッドにリラを下ろせば、枕に頭を預けてすやすやと寝息を立て始める。

ミオハもその隣に並んで横になる。


機械人形に眠るという概念はない。

けれど、一時的なスリープ状態に入ることはできる。


螺子巻きから供給される動力は使い続けてしまうけど、物の思考に用いる機能を休めて、考えることをやめることができる。

人間の睡眠と限りなく近いその状態に入ろうとして添い寝の姿勢になった途端、横から伸びてきたリラの手に腕を掴まれる。


「リラ……?」

「ミオハ……ちゅーして……?」


この子はこんな年齢になってもキスのことをちゅーと表現するのか。

苦笑いするミオハだったけど、そんなところも愛おしくて唇を合わせる。


ミオハの体は何も感じない。リラとのキスは何の生理的反応ももたらさない。


だけど、それでもキスをするのはリラが望むから。

だけど、それでもキスをすれば心の中がふわふわ温かくなるから。


機械人形にも心はある。

人間と共に生きて、人間に対して何かを想う心がある。


そして今ミオハが感じている気持ちはきっと、幸せと呼ぶのだろう。






翌朝、二人は小屋を出て、その旅路は山脈に差し掛かっていた。


決して果てしなく高いというわけではないけれど、簡単に越えられるものでもない。

雪で足元が悪い中を登っていかなければならない。体力のないリラには厳しい環境だった。


だけど、諦めるという選択肢は二人にはなかった。

途中で拾った頑丈そうな木の枝を杖代わりにして山道へ踏み出す。


当然道など整備されていない斜面に足を踏み出せば、雪の上に二人分の靴跡が残される。

数日後には降る雪で覆い隠されてしまいそうなその跡を振り返ることもなく進んでいく二人の瞳は、ただただその先を見ていた。


登り出してすぐにリラの足元がおぼつかなくなる。

それを隣に立って支えるミオハは献身的で、自分の体力が削られていくことなど気にしないようにリラの手を取り、時に背を押して少しずつ登っていく。

まだ明るい昼間の太陽が雪の大地を燦燦と照らすが、寒冷地の空気はどこまで行っても冷たかった。


そうして静かに歩みを続けていけば、知らぬ間に日が暮れて夜の帳が下り、二人の視界を遮る。

斜面の途中で平坦になっている場所を見つけてそこで休む。


ミオハがリュックサックから取り出したランタンがひとつ。

街を明るく照らしていた人工灯も、建物の窓から漏れ出る暖かい光もここにはない。

これでも何度も灯りのない夜を越えてきたけど、山中で過ごす夜は今までにないほどリラの心を恐怖と不安で搔き乱していた。


それを宥めるようにミオハがリラをぎゅっと抱き締めた。


「リラ、大丈夫だよ。私がいるから」

「うん…………でも、さみしい、こわい」

「リラは昔から怖がりだよね。夜ベッドで寝る時も一人じゃ眠れないんだもん」

「でも……暗いのは、こわい」


その見た目よりも幼い子供のように怯えるリラ。


「じゃあ、せっかくだし昔の話でもしようか。私だけが知ってるリラの小さな頃のこと」


頭を撫でてやりながら、ゆっくりと語り出すミオハ。

リラが怖がらないように優しい声で、赤子をあやすように。


「私はリラのこと何でも知ってるんだよ。例えばリラがまだ赤ん坊の時―」

「……その話、もう何度も聞いた」

「いつも泣いてばかりだったのに、私が子守唄を歌ってあげるとすぐに泣き止むんだよ」

「……無視しないで」

「それから大きくなっても私が添い寝してあげたよね」

「……」


ミオハの胸に顔を埋めるような体勢になっているから見えないけれど、リラがむすっと膨れっ面をしていることは想像できた。

こうやってリラをからかってみるのがミオハの楽しみでもあった。


「膨れてるリラは可愛いね」

「……普段のわたしは、可愛くないの?」

「普段も可愛いよ」


こんなふうに他愛もない話をしているとなんだか幸せだ。

真っ暗な雪山の夜、灯りひとつに身を寄せ合っているのに。


もはやミオハの視界に映るのは腕の中で丸まったリラの小さな姿だけで、それはまるで今いる場所が二人だけの世界であるように感じさせた。


「リラは泣き虫だよね。外では頑張って強がってるけど、私の前だと我慢できなくなって」

「……恥ずかしいから、もう言わないで」

「リラが泣いてるのを慰めた回数なんて数えきれないもんね」

「……いつもごめん」

「ううん。私はそうやってリラが自分の気持ちを素直に話してくれるのが嬉しいんだよ。リラは強い子だけど……弱いところだって、私には見せてもいいんだよ」

「……じゃあ、もっとぎゅってして」

「はい、ぎゅーっ」


リラの背中をより強く抱き締める。

細い体が折れてしまいそうか心配になるくらい強く。


今腕の中にいるリラの体温はどれくらいなのか、ミオハにはわからない。

だけど、リラがどんな気持ちなのかはわかる気がした。


きっと、安心しているのだと思う。


そのままリラが眠るまであやす。

赤子の頃からずっと口ずさんできた子守唄は、こんな冷たい夜の中でもミオハの口から溢れ出す。

昔から変わらないその旋律が魔法の呪文のようにリラの心に流れ込んでいく。


柔らかな雪の上で眠りについたリラを見届けで、ミオハもその傍で眠る。

真っ暗な静寂だけが二人を包んでいた。





ミオハがリラと初めてキスを交わしたのは、リラが15歳になる年の誕生日だった。


あまりにも厳かで歓びとは程遠い夕飯の席。

そこで空虚な言葉だけの祝いを掛けられ、そんな時間から解放されて自室に戻った時のこと。

リラの世話役として仕えていたミオハを唐突に抱き寄せ、リラはこう告げた。


わたし、ミオハのことが好き―


ミオハはそれを受け入れた。

主人からの愛の言葉― 友愛や敬愛などではなく、恋を意味するその言葉を告げられても動じなかった。

そして、自分からリラの唇に自らのそれを重ねた。


初めてのキスはリラの唇の温度すら感じることができなくて、それでもミオハは嬉しかった。

泣きながら笑顔を見せたリラの姿は今でも鮮明に覚えている。


主人が従者に、人間が機械人形に恋心を抱くことなんてあってはいけないと思っていた。

けど、そうして幸せそうに笑うリラの姿を見ていたらそんな些細なことはどうでもよくなる。


今までミオハがリラと共に過ごしてきた年月を思い返す。


リラが生まれた時からミオハは傍にいた。

両親の代わりにまだ赤子だったリラの世話をしてやれば、毎日はあっという間に過ぎていく。


それはリラが成長を重ねてからも同じ。

勉強が辛かった時も、不出来だと両親に怒られて悲しかった時も、怖くて一人では眠れなかった夜も、ミオハはずっとリラの傍にいた。

リラの隣を離れた日なんて一日たりともなかった。


ミオハの献身的な姿が、ミオハの優しい笑顔が、ミオハの愛情深い心が、リラの心をずっと惹き付けて離さなかった。

リラの健気な姿が、リラの寂しそうな表情が、リラの気高く綺麗な心が、ミオハの心をずっと揺さぶり続けていた。


15年という月日が降り積もる雪のように二人の愛の重さを形作り、そうして二人は結ばれた。


眠っている機械人形に夢を見ることはできないけど、もし夢を見れる日が来たらきっと真っ先に見るのはファーストキスの日の回想だろうとミオハは思う。

そんな未来は決して来ないのだけど― それでも夢想するだけでミオハは満たされていた。





明くる日、山脈の頂上を目指して歩を進める二人の上から静かに雪が降り出した。

二人の道の障害になるような強い降り方ではないけど、わずかでも視界が遮られ、その肩に積もっていく雪は想像以上の重荷になり、歩む速度を少しずつ落としていった。


足元が危ういリラを支えるのはミオハしかいない。

リラの右手は杖を握り、左手はミオハの右手と固く繋ぐ。


「リラ、まだ歩けそう?」

「……大丈夫。ミオハが、助けてくれるから」

「リラはいつまでも甘えん坊だね。私がいなかったらどうするの?」

「ミオハは、わたしの前からいなくならない」


そんなこと言われなくても当然だけど。

ミオハがリラを想う気持ちは今登っている山なんかよりもはるかに高いし、どんなに恐ろしい海の底よりも深い。


すっかり自分に甘え切っているリラが愛おしくて、でもちょっとだけ呆れる気持ちもあって、だけどやっぱり嬉しくて、宥めるように言葉を紡ぐ。


「もう。リラは私がいないとダメダメだね」

「…………だから」


リラの澄んだ空色の瞳がミオハを映す。


「だから、こうやって一緒に旅をしてる」

「そう、だったね」


そうだ。リラはミオハと離れたくないから共に旅をしている。

だから今こうして苦しいながらも先を目指しているのだ。


そんな大事なことを忘れていて苦笑いするミオハ。

人間に見紛うほど精密に造られた顔がその表情を作っていた。


「大丈夫だよ。私はリラの傍を離れない、ずっと」

「ミオハ……」

「話の続きは頂上に着いてからしようね。じゃあ行くよ」


雪が降ったり降り止んだりを繰り返す空の下で二人はただひたすら歩き続ける。

登れば登るほど吹きすさぶ風は強くなり、体力を奪っていく。


それでも足を止めない。

日が暮れるまで歩き続け、夜が来れば二人で寄り添って眠り、また朝が来れば歩き出す。


それを何日も繰り返して、ようやく辿り着いた山脈の頂点は雪の深い秘境だった。

その場所から広がる景色はどこまでも北へ北へと続いていた。


「リラ、見える? 山を下りた先の、もっと先のほう」

「……うん」

「ここまで来ればもう人間は追ってこれないよ。大丈夫、私もいる」

「……ミオハ」


リラがミオハの腕に抱き着く。


「……わたし、ミオハがいてくれれば大丈夫、だから」

「私もリラがいればそれで十分だよ」


これから二人が目指すのは北の果て。

リラからミオハを取り上げようとする両親も、リラが両親の会社のために結婚するはずだった名前も知らない相手も、リラを連れ去ったミオハを探して追い掛けてくる人間も、誰の手も届かない場所。


そんな場所なら二人は幸せに暮らせる。

未知の世界にまだ恐怖が消えないリラだが、ミオハとの暮らしのためなら勇気が出た。

そのためにこうやって長い旅路をずっと歩いて来たのだ。


その道のりは体の弱いリラには耐えがたいもの。

そしてその先に待つ北の果てでは長く生きていけない。


だから、ミオハはリラの螺子を巻く。


雪の中でうつぶせになって、まるで死んでしまったように動きを止めるリラ。

その背中に歪に組み込まれた螺子を回す。


ミオハと二人でいるために選んだ機械人形化の手術は困難を極めて、今でもこうしてリラの体には不具合が出てくる。

それを支えるのがミオハの役目であり、覚悟でもあった。


ひとつ巻く度にミオハは想う。

あとどれくらいこうして二人でいられるだろう。あとどれくらいリラは笑ってくれるだろう。


リラの体は寒さになら耐えられる。

けれど、人間が機械人形になった代償は決して小さくない。


少しでも長くリラが幸せでいられるように、私が支えないと―


何百回も螺子を巻いて、再び起き上がったリラがミオハの胸に飛び込む。


「……ミオハ、私、がんばる」

「うん。一緒に頑張ろうね、リラ」


もう昔のように柔らかくはないリラの背中を抱き寄せて、そっと髪を撫でる。


いつか北の果てに着いたら、ちっぽけでいいから小屋を建てて二人で暮らすんだ。

毎日リラと一緒に過ごして、二人だけで笑い合う。


そうしていつか寿命が来たら、二人で深い雪の中に埋もれて眠る。

誰にも見つからない二人だけの世界で寄り添って。


それがリラとミオハの願いだった。


やがてリラが顔を上げれば、機械仕掛けの瞳に光が宿る。

その目は遥か先にある北の大地をまっすぐに捉えていた。


「じゃあ行こうか、リラ」

「うん、ミオハ」


手を取った二人はもう一度歩き出す。

いつか辿り着く世界の果てで、ずっと二人でいられるように。


深い雪の上に二人分の足跡が残され、それはやがて降り積もる雪に消されていく。

二人の行方を知る者は誰もいなかった。

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