娘を持つ父親の悩み
「お父様、全然話を聞いて下さらないわ」
シャルロッテは大きなため息をついた。
朝食の席で、つい、リカルドの事を口にしてしまった。前もってフレデリカに相談していた際に、色・々・と・あ・っ・た・人・だから、言葉を選んで慎重にとアドバスをされていたのだが、なんでも一つ希望を叶えると言われて、勢い勇んでしまった。
あの後、朝食を食べえると早々にルベリオンは執務室に籠ってしまって、シャルロッテとは顔を合わせていない。
「だから言ったでしょう?ルベリオン様は貴方の事をとても大切にしているのだから、言葉を選んでと。それでなくても、あ・の・リ・カ・ル・ド・様・なのだから、ルベリオン様が拒否するのも無理はないのですよ」
刺繍の手を止めて、フレデリカがシャルロッテを見て話しかける。
「確かに、ルベリオン様のおっしゃる事も分からないのではないでしょう?6年前、リカルド様とお約束をしたと言っても、その後何もあちらから連絡もないのですし。シャルロッテ様がお送りした手紙にお返事が一度でもありましたか?」
「...........ありません」
シャルロッテの目が少し潤んできた。毎年、誕生日にリカルドに手紙を書いていた。フレデリカの父、宰相から渡して貰える様にお願いして。でも、一度たりとも返書が帰ってきた事はない。
「でも、リカルド様はあの時、お約束してくださったわ」
(君は公国の後継者だろう?公爵が許さないと思うが)
(フッ、わかった。本当に君の言うとおりになったら、君を私の妃に迎えよう)
背中を向けて手を上げ去っていくリカルドの姿をいつまでも見ていたあの時、自分はあの人の妻になるのだと、そう心が感じていた。
これまでシャルロッテがそう感じた事で、成せなかった事はない。フレデリカの事も、一番最初に会った時に、ルベリオンの愛する人になると、将来弟を生んでくれると、そう感じて、結果、未来は予想どうりになっている。
目を潤ませるシャルロッテを見て、フレデリカは困ったように微笑んだ。
「シャルロッテ様を困らせている訳ではないの。ただ、ルベリオン様の、お父様のお気持ちも考えて差し上げて欲しいの。ジャクリーン様を亡くされて、残されたシャルロッテ様を男で一つで育てていらっしゃったのよ?結婚さえもさせたくないと思ってらっしゃるのだもの、国内ならいざ知らず、国外にましてやわ・た・く・し・や・テ・ィ・ー・ナ・様・と・色・々・と・あ・っ・た・方・に・嫁ぎたいと言われても、戸惑われるお気持ちはわかって差し上げて欲しいの」
リカルドとフレデリカとティファーナは複雑な関係だった。国王と側室と王妃。3人にしかわからない葛藤があった事は想像するのに難しくない。そんなフレデリカを愛したルべリオンと、ティファーナを愛したヘンドリックがリカルドに良い印象を持ってない事も十分理解している。
それでも、あの日、ティファーナとヘンドリックの姿を、辛そうな目をして黙って見つめていたリカルドの姿をシャルロッテは忘れられないのだ。
「今日はベルガーライドからヘンドリック様とティーナ様もいらっしゃるから、ルべリオン様の説得は難しくなるわね。ヘンドリック様もきっと反対なさるだろうし。.....シャルロッテ様、やはりお気持ちは変わりませんか?」
フレデリカがシャルロッテに躊躇う様に尋ねる。
「お義母様。わたくしはラストラス公国の公女です。一度決めた事は初志貫徹ですわ」
艶やかに微笑むシャルロってを見て、フレデリカは、今夜は号泣するであろう自分の夫の姿が想像できてしまって苦笑した。
「遅いぞ、ヘンドリック。何をやっていたんだ!!」
ルべリオンの執務室に、ベルガーライドから到着したヘンドリックが侍従長に案内されて通されたが、扉を開けた瞬間、ルべリオンに大声で怒鳴られて、目が点になっていた。
「一体どうしたんだ、ルべリオン。挨拶もしない内にそんなにキレて。一体、何があったんだ?」
「お前のせいだ、ヘンドリック。お前が我慢できずにしでかした事で、私の大事なシャルロッテが。ジャクリーンの忘れ形見の私の愛しい娘が.....」
余りの怒りに言葉が出て来ず、身を震わせているルべリオンの姿に、ヘンドリックは驚いていた。普段から飄々として掴みどころもなく陽気な従兄が、いきなり怒鳴りつける程に怒りで我を忘れているなどと。
「シャルロッテに何かあったんだ?」
怒りを落ち着かせようと、ルべリオンは深く呼吸を吐きだした。
「リカルド・カルバナスの妻になりたいんだそうだ」
「リカルド?リカルドとは、カルバナスのリカルド王の事か?」
「それ以外にどのリカルドがいるというのだ!」
「それはままた......。しかし、どうやってリカルドとそんな話に?国交は断絶していないまでも、そんな関係の交流を?」
「する訳ないだろう!フレデリカの父がまた宰相をしておられるからな。最低限の交易だけはしている。お前が原因だよ、ヘンドリック。お前が我慢できないケダモノだったから、こんな事になったんだ」
ギッとヘンドリックを睨みつけるルべリオン。殺されかねないその視線に、ヘンドリックは何故従兄がこれだけ怒り狂っているのか、思い当たる節がさっぱりなかった。
目を真ん丸にしてルべリオンをみているヘンドリックを見て、ルべリオンは怒りが段々萎んでいくのがわかった。元々、ルべリオンは余り負の感情を持つのが苦手なのだ。
「6年前、どこぞのケダモノが淑女を孕ませ身をくらませた事があってね。その哀れな淑女に許しを請う為にケダモノが我国に現れた時に、リカルド王もそのケダモノを追って現れたのだそうだ。その時に、リカルド王がシャルロッテに、18歳になるまでに、もし後継者から外れた場合は、自分の妻にすると約束したそうなんだ」
「ケダモノ........」
ばつの悪そうな顔をしてヘンドリックがルべリオンから視線をそらす。
「確かに今は我が国はラべリオンが生まれて、シャルロッテは後継者から外れた。婿を取るのではなく、嫁に行く事は出来る。だが、何故アイツなんだ?もっとシャルロッテに相応しい男はどこにでもいるだろうに」
クソっと小さき悪態をついて、ルべリオンがソファーにだらしくなく座る。
「そうだったのか。ケダモノに代わって詫びよう。すまなかった。あの時はルべリオンにも迷惑をかけた」
頭をテーブルに着くほど下げるヘンドリックに、ルべリオンは顔を上げてくれるように声をかけた。
「いや、ケダモノも.....。まぁ、ケダモノも色々と葛藤はしたのだろから、しょうがないさ。今はきっと後悔していると思うが。でも、そのケダモノがいたお蔭で、公妃と後継者を得る事が出来たのだから、感謝もしているんだ。ただ、シャルロッテの事は、なぁ」
どうしてものかと、ルベリオンは頭を抱えた。小さい頃から一直線のシャルロッテ。淑女教育で大分大人しくなったものの、それでも根本が変わった訳ではない。
「カルバナスからは、今のところ何もないのだろう?シャルロッテには可哀そうだが、向こうはただの子供の戯言と思っているのではないか?」
ヘンドリックがルベリオンにつぶやく。
「それも考えたんだけど、それはそれで気に入らないよ。純粋な子供の心を弄ぶような男」
ルベリオンがまた怒りを再燃させる。言ったら言ったで気に入らず、言わないなら言わないで気に入らず。娘を持つ父親とはこんなに面倒な生き物なのかと、ヘンドリックはルベリオンを呆れた表情で眺めていた。