幼き恋と大きな壁
「おめでとう、シャルロッテ。ようやくこれで前に進めるわね」
目が覚めた自分自身に、シャルロッテが祝福を送る。今日はシャルロッテの18歳の誕生日だ。
「おはようございます、シャルロッテ様。お目覚めでございすか?そろそろお着替えを」
と侍女のアリスが声をかけてくる。
「おはようアリス。えぇ、今目が覚めたわ。今日はとても気持ちの良い朝ね」
笑顔で答えるシャルロッテに、アリスは笑って答えた。
「そうですね、今日は良い天気でございますし、それにシャルロッテ様の18歳の誕生日ですし。喜ばしい事この上ないですものね」
「ありがとうアリス。18歳になるのをどれだけ指折り数えて待っていたか。貴女には想像もつかないわよね」
「いえいえ、そんな事はございません。お嬢様のお話は、耳にタコが出来る位に繰り返し話しを聞かせていただいておりましたので、指折り数えてなにを待たれていたのかは。十分に分っております」
シャルロッテの着替えを手伝いながら、鷹揚にアリスが答える。
「え、あ、あれ?そんなにわたくし、アリスに話したかしら?」
シャルロッテが首をかしげる。
「まぁ、ご自身でお気づきじゃなかったのですか?ふふふ、シャルロッテ様のお付きの者は、皆存じておりますよ」
生ぬるい視線をアリスから向けられて、シャルロッテは顔を赤らめた。
アリスに身支度を整えてもらい、家族が揃っているダイニングへ向かう。
「おはよう、シャルロッテ。誕生日おめでとう」
既に席についていたルべリオンから声をかけられる。
「お父様、ありがとうございます」
「シャルロッテ様、おめでとうございます」
「お義母様ありがとうございます」
「お姉さま、おめでとうございます!」
「うん、ラべリオンありがとう」
ルべリオンと共に席についていた、フレデリカとラべリオンからも声を掛けられる。
ルべリオンとフレデリカの間にラベリオンが出来たのが4年前。フレデリカは病気の後遺症で不妊と言われていたが、思いもがけずルベリオンの子を妊娠。ルベリオンからの再三のプロポーズを固辞していたフレデリカだったが、とうとうルべリオンと結婚する事を了承した。
産まれた子はラべリオンと名付けられ、ラストラス公国の継承者となる事が決まった。母譲りの美貌と、父譲りの知能の高さで、4歳にして高等学部卒業相当の学力を有し、今は大学相当の高度な知識を学ぶために他国から教師陣を国に招いて学んでいるところだ。4歳ながらに大人顔負けの頭脳と美貌、リシャール熱の後遺症を患った女性では子を授かるのが難しいという常識を打ち破り生まれたラべリオンは、色々な意味で「奇跡の子」と言われていた。
シャルロッテはシャルロッテで、学力・淑女としてのマナーや公女としての立ち振る舞い、他国との社交に望める様に近隣諸国の言語の会得。亡くなった母親譲りの真っ赤な大輪のバラを思わせる様な華やかさと美しさを得て、公国に限らず、近隣諸国の独身男性達から求婚の申し込みが絶えなくなっていた。
「シャルロッテ、ついこの間まで子供だと思っていたが、今日から18歳。亡くなったジャクリーンに良く似た、優しくて美しい令嬢に育ってくれて、私は嬉しいよ。これも、フレデリカやティーナ様のお陰だな」
ウルウルと涙ぐむルべリオンを見て、フレデリカが苦笑する。
「ルべリオン様、さぁ、朝食をいただきましょう。シャルロッテ様も」
4人で穏やかに食卓を囲む。こんな風景もあと少しでお別とシャルロッテは少し感傷的になった。
「そうだ、シャルロッテ。18歳の祝いに、シャルロッテの願いを一つ何でも聞いてあげよう。色々と何が良いかとと考えたのだが、ドレスにしても装飾品にしても、これまで与えたいたから、今回はシャルロッテの願いを直接聞いてみてはどうかとフレデリカにアドバイスされたのだ。どうだ、シャルロッテ?あ、でも、私が出来る範囲内だよ?」
「本当ですか、お父様?なんでも願いを一つ聞いていただけるのですか?」
目を輝かしてシャルロッテがルべリオンに尋ねる。
「あぁ、私に出来る範囲内であれば。フレデリカもそれでいいかな?」
隣に座っているフレデリカに視線を向けると。少し困った顔をしてフレデリカも頷いた。
「じゃ、お願いします。わたくし、リカルド様の妻になるので、カルバナスへ行かせて下さい!」
「そうか、そうか、妻にな..........。は? まてまて、シャルロッテ、今なんと言った?私の聞き間違いかな?いや、そうに違いない。確かに、シャルロッテ宛に沢山の婚礼の申し出と相手の釣り書きが送られてきて、山積みにしたままだったから、そろそろ良い相手をとは思っていたが、それがなにか幻聴になったのか?」
突然のシャルロッテの申し出に、ぶつぶつと独り言を言い始め、ルべリオンは現実逃避をした。
「お父様、幻聴ではありません。わたくし、リカルド様の妻になる為に、カルバナスへ行かせて欲しいのです」
「手元から離したくなくて、これまで婚約者ももうけていなかったから、こんな幻聴がきこえてくるようになったのかもしれない。最近、仕事も忙しかった事も要因かも。少し公務から離れて、フレデリカやシャルロッテ達と避暑に出掛けるのもよいかもしれないな」
現実逃避をしてまだ脳内花畑から戻ってこないルべリオンと、そんな腑抜けな父親を見て呆れ果てている娘の姿に、フレデリカは溜息をついた。
「ルべリオン様、シャルロッテ様のお話をしっかり聞いて差し上げて下さいませ。シャルロッテ様、お気持ちはわかりますが、貴方を溺愛しているルべリオン様に伝える時は、もう少し言葉を選んでとアドバイスして差し上げたでしょう?お二人とも、宜しいですわね?」
ピリッとした雰囲気を醸し出し、フレデリカが二人に告げる。ラべリオンはそんな二人と母親を見て、苦笑した。
(なんだかんだ言ったって、お父様はお姉様のお願いを聞くざるを得ないだろうし。お姉様がいなくなてしまうのは寂しいけれど、お姉様の心は誰にも縛れないから)
「すまなかった。突然の事で、理解をするのを脳が拒否してしまったんだ。で、シャルロッテ、リカルドとは、私が知っているのは、カルバナス国王のリカルド・カルバナスしかいないのだが、そのリカルドと言っている訳ではないよね?」
「勿論、お父様のおっしゃっているリカルド様の事よ?私が18歳になったら妻にしてくださると、そうお約束してくださったもの」
「なんだと?!18歳になったら、妻にと?!一体いつそんな約束を?いや、まてまて。リカルド・カルバナスは、今確か、30歳になったか。そなたと12歳も年が違うではないか?!駄目駄目だ駄目だ。そんな年も違う、あ・の・リ・カ・ル・ド・になど。駄目だシャルロッテ、許す気はないよ」
「お父様!なんでもひとつ、いう事を聞いて下さるってお約束だったはずですわ!!」
「ぐっ!し、しかし、結婚などど、そんな事は.....。そ、それに、そなたが約束をしたというが、カルバナスからは、婚礼について何も打診などは来てはいない。そなたが何か、思い違いをしているのではないか?」
そうだ、そうに違いないないと、ルべリオンは一人で納得してる。
「お父様、わたくしはリカルド様と約束したのです。後継者から外れて、18歳を迎えたら、カルバナスの王妃として迎えてくれると、そう、リカルド様とお約束したのです」
シャルロッテは、必死にルべリオンに訴えたが、堅牢な壁の様に、ルべリオンはシャルロッテの願いに首を縦に降る事はなかった。