幼き恋の始まり
「フレデリカ先生、先生のお父様からですわ」
シャルロッテは届いた一通の手紙をフレデリカに手渡しする。フレデリカの父は、カルバナスで宰相をしており、いずれシャルロッテと共に公国で暮らす事になったとルべリオンがシャルロッテに説明をしていた。シャルロッテの祖父母は、シャルロッテの生まれる前に亡くなっており、フレデリカがルべリオンの求婚を受け入れてくれてたら、シャルロッテにとって初めての祖父となる。今からその日が来ることを秘かに楽しみにしているシャルルロッテであった。
「え......、そ、そんな事......!あぁ、わたくしのせいで.........」
開封した手紙を読んでから、突然取り乱し涙を流し始めたフレデリカに、シャルロッテは驚いた。
「フ、フレデリカ先生?!どうしたの、一体何があったの?」
「あぁ、ティファーナ様、わたくしのせいで、、ティファーナ様が.....。どうやってお詫びすればいいのか......」
シャルロッテの呼び掛けが耳に届いていないのかの様に、涙を流しながら呆然自失となっているフレデリカを見て、傍にいた侍女にルべリオンをすぐに呼んでくるようにと指示をだし、シャルロッテはフレデリカの傍らに座り、次から次へと流れる涙をハンカチで拭ってあげていた。
(こんなに先生が動揺するなんて。一体何があったのかしら?ティファーナ様って、もしかしたら、先生が前に話しをしてたいた、フレデリカ先生の元旦那様の正妻?)
シャルロッテがそんな事を考えていると、足早にやってきたルべリオンが扉を開けて入ってきた。
ルべリオンが声をかける前に、シャルロッテがフレデリカの手から床に落ちた便箋に視線を向け、それに気が付いたルべリオンが便箋を拾い上げ、中身を確認した。
暫く黙って読んでいると、ルべリオンの表情が段々と能面の様になったきた。シャルロッテはそれを見てて、背中から寒気が這い上がってくるのを感じた。いつも饒舌で優しい父親。そんなルべリオンだが、ブチ切れると、表情がなくなり、声の調子も平坦になってくる。そんな時には、シャルロッテは君子危うきに近寄らずをモットーにしている。これまで皆中でも、一番のブチ切れ具合。
「あのクソったれが!!!」
「女を泣かす様な事だけはするなとあれ程………!」
と黒いオーラをまき散らし、ブツブツ小声で言ってルべエリオンを見て、父親には絶対逆らわない様にと改めて誓った。
涙をながして呆然としているフレデリカの前に膝まづいてフレデリカの手を取り、ルべエリオンが声をかけてた。
「フレデリカ、心配しなくても大丈夫だ。貴方の大切な人であれば、わたしにとってもおなじだ。気がかりだろうが、大丈夫だから」
「公爵様.......」
「それに......、私にもまるっきり関係ない話でもなくてね」
ルべリオンが小さくため息をついた。
ルべリオンの声掛けで漸く落ち着いたフレデリカを部屋で休ませ、シャルロッテとルべリオンは執務室に戻ってきていた。
「お父様、一体なにがどうなったのですか?フレデリカ先生があんなに取り乱すなんて」
シャルロッテがルべリオンに尋ねると、困った顔をして、ルべリオンが説明をしてくれた。
(何てこと。フレデリカ先生って、国王の側室だったのね。確かに、立ち振る舞いが貴族令嬢だけでは説明しきれないぐらい洗練されているもの。では、ティファーナ様とおっしゃる方が、現王妃なのね)
ルべリオンの説明を聞きながら、シャルロッテは驚きで目を見張った。先日フレデリカから聞いていた話しとほとんど同じだった。元夫の身分を国王と口にしなかっただけで。
「それで、国王に離縁を申し出ていたが許可が出ず、そうこうしている内に恋仲になったヘンドリックとの間に子が出来てしまったそうなんだ」
(そうなのね。フレデリカ先生が国王と王妃の関係が悪化してと話していたし、それでヘンドリックおじ様と恋仲になって子が出来て.......え?子が出来た?え、ヘンドリックおじ様のお子??)
「お父様、ヘンドリックおじ様が、女性をヤリ捨てる様な、そんな無責任な事を?!そんな男は去勢でもされてしまえばよいのですわ!!!」
「........シャルロッテ。レディーはそんな言葉を使わないし、口にする事もないと思うのだけど、どこでそんな言葉を?」
頭を抱えたルべリオンがシャルロッテに尋ねる。
「あぁ、え~っと、侍女達が休憩時間にそんな事を話しているのを聞いて........」
「そうか。今すぐにその言葉は忘れないさい」
「はい、お父様」
フレデリカに手紙が届いて1週間後、侍女と数人の近衛騎士に付添われ、ティファーナがラストラスへ入国した。カルバナスでは亡くなった事になっているので、今後はティーナと名乗る事になったとルべリオンからフレデリカとシャルロッテは事前に説明を受けた。
身体を支えられる様にして応接間に入ってきたティファーナを初めて見た時に、シャルロッテは驚きで言葉が出てこなかった。
心労や旅の疲れもあるのだろう。やつれた雰囲気と、顔色も青ざめていたが、ティファーナの存在感にシャルロッテは目を見張った。清廉な雰囲気と凛とし佇まい、流れる様な銀糸の髪、抜ける様な白い肌と、翡翠を思わせる様な深緑の瞳。フレデリカも美しい女性だが、ティファーナもまた違ったタイプの美しい女性だった。
(フレデリカ先生やティファーナ様の様な美しい人達を妻にして、何が一体不満だったのかしら?普通の人だったら、こんな美しい人、一人でも妻にできれば天にも昇る心持でしょうに。どれだけ傲慢な国王だったのかしらね)
シャルロッテの中で、カルバナスの王が最低の男に格付けされた瞬間だった。
ティファーナは妊娠初期という事もあり、フレデリカの隣に部屋を与えられ、暫く療養することになった。悪阻も始まった為、余計にベッドから起き出す事が難しかったが、フレデリカの献身的な看護とシャルロッテの存在が癒しになったのか、2か月もすると大分落ち着き、ベッドから離床して過ごせるまでになった。
「お父様、ティーナ様の事は、ヘンドリックおじ様には伝えないの?どんどん赤ちゃんは大きくなってくわよ?確かに、ヤリ捨て鬼畜......、ゴホン、紳士として許されない行いをしたけど、でも、ヘンドリックおじ様にも父親として知る権利はあると思うわ」
シャルロッテはルべリオンの執務室まで来て、直談判をしていた。ティファーナは自分の置かれている立場もあり、ヘンドリックに知らせたい、会いたいとは口にしないが、時折見せる寂しそうな表情にシャルロッテは気づいていた。
「分っているよ。正直、今回の件については、ヘンドリックに色々とお説教したいことは山ほどあるが、今は無事ティファーナが出産を迎えられるようにしてあげねばだからね。ベルガ―ライドに知らせを出したが、どうも一足遅かったみたいで、ヘンドリックは国にはいなかったんだ」
「いない?ヘンドリックおじ様が国にいないって。一体どこへ?」
「多分、カルバナスへだと思う。きっとティファーナの死去の知らせを聞いて、会いにいったのだろう。アイツはそういう奴だから」
それから、1か月後、ヘンドリックがようやくティファーナに会いに来た。抱き締め合う二人の姿を、シャルロッテがお気に入りの場所から眺めていると、足の下の方に、見た事もない男が立っているのに気がついた。二人に気が付かれない様に身を潜めて見つめるその人は、美しい容姿をしているが、悲しそうな目をした男だった。多分、この人がフレデリカとティファーナの夫だった、カルバナスの国王なのだろうと予想はついた。
「リカルドおじ様、これからまた新しいお妃さまを迎えるの?」
「......そうだね。いつか、いつか私が自分を許せたら、多分ね」
「そう?じゃ、まだ予定がないのなら、わたくしがリカルドおじ様のお妃になってあげても宜しくてよ。と言っても、まだわたくしは12歳だから、あと6年待っていただけるのであれば。わたくしはラストラス公国の王女。わたくしが望んだ事は全て叶うわ」
「フッ、わかった。本当に君の言うとおりになったら、君を私の妃に迎えよう」
「約束よ、忘れないでね」
そんなやり取りの後、手を挙げて去っていくリカルドの後ろ姿に、シャルロッテの初恋が動きだした。