二人を取り巻く状況と新たな出会い
仕事を片付けてやってきたカルナートが、涙が止まらないライラとそんなライラを前にしてオロオロしているシャルロッテの姿を見て、小さく溜息をついて控えていた侍女達に指示を出してライラを下がらせ、シャルロッテと東屋に向かい合った。
「お祖父様・・・・・・」
所在なさげに小さく眉を寄せて、シャルロッテがカルナートを窺う。
「シャルロッテ、カルバナスで口にしてはいけない言葉があるう事は忘れてないかの?」
「・・・・・・はい」
「それならばよい。あ・の・事・の・詳細を知っている者は少ない。月日が経ったとはいえ、リカルド様の立場を揺るがす大・事・なのは変わりないのだよ。今日の事は、フレデリカの事を聞いた女官長が懐かしさの余り取り乱したという事にしておこう。シャルロッテ、他に、爺に内緒にしている事はあるかの?」
いつもの元気さは鳴りを潜め、身を小さくしているシャルロッテの姿に、カルナートは苦笑した。
「お祖父様・・・・・・。隠している事なんてないわ。ライラ様の事は、ライラ様のあの心配そうな目をみたらつい・・・・・。ティーナ様もずっとライラ様の事は気にかけていらっしゃったもの。だから・・・・・・」
「分っているよ、お前の気持も、ティーナ様のお気持ちも。ただな、ここはカルバナスだ。他に直系のいないリカルド様の御代は揺るぐことはないが、だからこそ、付け込まれる隙は作れないのだよ」
「付け込まれる隙?」
「そうだ。リカルド様は未だに独り身。そろそろ後継をと求める声は日に日に強くなってきている。側室に暇乞いを許し、王妃には死に別れた、そんなリカルド様の御心を慮って控えていた後継を求める周りの声も、そろそろ抑えきれなくなっているのだ。国内の有力な高位貴族は勿論、周辺国からも縁談は多く寄せられている。リカルド様は政務も精力的にこなし、品性も国王に相応しく、勿論容姿もますます端麗だ。ただ、もしそんなリカルド様の判断に疑いをもたれる様な事が起こったら、そこを突いて縁組をねじ込んでくる輩がいない訳ではない。これまでだったら、そんな心配はなかった。リカルド様が完璧に遮断していたからの。わかるだろう、なぜそこまでリカルド様が頑なだったのか」
(リカルド様は、ティーナ様とお義母様が幸せになるまではと、自分を戒めていたと話されていた)
シャルロッテは言葉に出さず、カルナートの問いかけに頷いた。
「だが、リカルド様を頑なにしていた懸念が解消されて、リカルド様はお前との事を考えて前を向かれる事を決められた。それがどこからか漏れてしまった」
「・・・・・・・・」
「その気がない者をその気にさせるのは難しいが、その気になったのなら・・・・・・と。リカルド様が先に帰国されたのは、隣国から婚約の儀の打診で使者が来たからだ。カルバナスと同盟を結んでいる国であるし、これまでの様に無下に断るのは難しいからの。使者には王妃として迎えたい候補者がいるからと、説明し一旦は相手側も引いた形だが・・・・。だが、その候補者が相応しいと認められなければ、再度使者が来るだろう。一度は引かせることが出来たが、二度三度となると同盟国として難しい対応を迫られる様になるだろう事は、シャルロッテ、お前ならば想像がつくだろう?」
「・・・・・・・・はい」
シャルロッテはドレスに置いた手を握りしめる。
「・・・・私の方にも、2つの公爵家と1つの侯爵家から、陛下の婚約者としてはどうかと奏上があった。これまでであれば陛下の意向と取り上げる事もなかったが、今、お前がカルバナスに来た事で、それは出来ない事も理解できるだろう?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
(義理とはいえ孫娘を優先するのかと、宰相としてのお祖父様の立場が危ぶまれてしまう)
自分の想いが、リカルドとカルナートの立場を脅かしかねない火種になってしまっている。ただ、子供心に幸せにしてあげたいと、そう思ったリカルドへの想いが、周りを波立たせてしまっている事にシャルロッテは言葉が出なかった。
「だがな、シャルロッテ。私はお前が望むのであれば、協力するのはやぶさかではないよ。大事な大事な孫娘だ。諦めていた娘がもたらしてくれた愛しい孫娘」
愛おし気に目を細め、カルナートがシャルロッテを見つめる。
「だが、フレデリカが育て、ティファーナ様が教育lしてくださったお前なら、私の助力がなくても大丈夫だと信じているんだよ」
「お祖父様っ」
シャルロッテがカルナートの胸に飛び込んだ。
「これこれシャルロッテ。淑女がこんな子供みたいなことをするものではないよ。全く、困った孫娘だ」
口では厳しい事をいいながらも、自分の胸に飛び込んできたシャルロッテを見つめるカルナートの表情は笑み崩れていた。
「ごめんなさい。でも、お祖父様の言葉を聞いて分かったの。やっぱり私はリカルド様が好き。この気持ちは誰ななんと言っても変わる事が無いってことを」
キラキラと輝く深い碧の瞳と燃える様な紅の髪。生命力あふれるシャルロッテの姿に、カルナートは深く頷いた。
(固く凍り付いていた陛下の心を溶かせるのはシャルロッテにしか無理だったのだなぁ)
「おや?カルナート宰相殿ではありませんか?ご一緒の方は?」
シャルロッテがカルナートと共に東屋にいると、突然耳心地の良い声が聞こえてきた。シャルロッテが声のした方に視線を向けると、ガーデンの垣根から一人の男性が歩み寄ってきた。
「あぁ、チセント小公爵。久しいな。今日は何用で登城を?」
「本日は陛下に帰国の挨拶を。3年ぶりにカルバナスへ戻りましたので。久々のカルバナスの空気は心地よい。やはり生まれ育った国が一番ですね」
「そうか」
シャルロッテは、カルナートを会話を交わすチセント小公爵と呼ばれる男性に目を向けた。
スラリとした長身にバランスの取れた体幹。長く伸ばした金色の髪を緩やかに一つに束ねて、束ね漏れた髪をかすかに風に靡かせる。オーソドックスではありながらも、細やかなところに流行りの型を盛り込んだ衣装をさらりと着こなしている姿。リカルドにも劣らないその容姿に、シャルロッテは警戒心を抱いた。
「この娘こはシャルロッテ・ラストラス。私の孫娘だよ」
「ラストラス・・・・・・・。ではフレデリカ様がご結婚された公国の」
チセント小公爵と呼ばれたその男性は、シャルロッテの前の立ち頭を少し下げ名乗りをした。
「初めまして。美しいご令嬢に挨拶を申し上げて宜しいでしょうか?ライノルト・チセントと申します。カルナート様には色々と目をかけていただいております」
自分の見せ方をよく分っている人間だと、シャルロッテは思った。傾げた頭の角度も、にこやかに見せる笑顔も、上辺だけであればリカルドよりも魅力的に見えるだろう。でも、どこか人を見下した様な、尊大な気持ちがシャルロッテには透けて見えるのだった。
(シャルロッテ様、『人』は目に見えるだけが全てでではありません。どんなに上手に取り繕っていても、ふとした瞬間に『見せる』ものを見逃しはなりません)
ティーナがシャルロッテに良く話していた言葉だ。毎年、ベルガ―ライドに避暑に出掛けてティーナに沢山の事を教えてもらっていたが、その中で何度か聞いた言葉。
「初めまして。カルナートの孫娘、シャルロッテ・ラストラスと申します。こちらには留学の為に参りました。宜しくお願いしますわ」
シャルロッテは、ラストラスの公女としての誇りを忘れず、凛とした淑女としての嗜みを忘れない微笑みを身にまとい、ライノルトにカーテシーを披露する。王妃と側妃に教えられて身に着けたその動作に、ライノルトは小さ嘆息した。
「これは・・・・・・・。流石、フレデリカ様のお嬢様ですね。カルナート様、もうお相手はお決まりに?」
「・・・・・・・さぁて。孫娘については私の範疇を超えるのでな。さぁ、シャルロッテ、そろそろ参ろう」
「はい、お祖父様」
素直に応じ、シャルロッテはカルナートのエスコートでその場を離れた。
離れ行くシャルロッテの後ろ姿を、ライノルトは笑みを消した顔で見つめていた。