幼き頃の思い出
金色の髪に碧眼の涼やかな目元、整った鼻筋と口元、鍛えてはいるが筋肉質ではなくすらりとした容姿の美しい人。初めて見たその人は、終わりのない痛みに耐えている様なそんな悲しそうな目をした人だった。
「シャルロッテ、これから淑女教育をしてくれるフレデリカ先生だ」
ルべリオンが一人の女性を連れてきた。
「フレデリカ・ナルカートと申します。シャルロッテ様、宜しくお願いしますね」
流れる様な美しいカーテシーで挨拶をされる。見上げた顔は糸の様な金の髪と青空の様に鮮やかな瞳、白く透き通る様な肌を持つ美しい女性だった。
紡ぎ出す言葉は雲雀の様に綺麗で、浮かべた微笑みは穏やかな春を思わせた。
「シャルロッテ・ラストラスでございます。どうぞ宜しくお願い致します」
カーテシーで挨拶するものの、細部まではなかなかできていない。フレデリカから見れば、何とも溜息をつきたくなる様な出来の悪い生徒と思っているのでは?と思って顔を上げると、ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべて、シャルロッテを見ていた。
「ラストラス公爵様からは、事前にお話は色々と伺っておりましたが、こんなに素敵なお嬢さんで、わたくしも嬉しいです。年の離れた妹が出来たみたいで。シャルロッテ様、カーテシーも少し練習すればもっと上手に出来る様になりますわ。一緒に頑張りましょうね」
見ている此方も笑顔になる様な笑みを浮かべるフレデリカ。一人っ子で大人に囲まれて育ってきたシャルロッテには、フレデリカの様な存在は初めてで、嬉しい様な気恥ずかしい様な、そんな想いに胸が一杯になったのだった。
フレデリカがラストラル公国に来て早2か月。あっという間に、シャルロッテはフレデリカと歳の離れた仲良し姉妹の様な関係になった。とはいっても、淑女教育については、フレデリカはシャルロッテを厳しく指導した。もともと、好奇心旺盛で探究心も強く、ベルライドに似て知能指数も高いシャルロッテは、水を得た魚の様に、みるみるうちにフレデリカの指導を吸収していき。フレデリカが来る前とは見違える様なレディーになっていた。
「フレデリカ先生、お父様はフレデリカ先生からみて男性としての魅力適ではないかしら?娘の欲目かもしれないけれど、お父様、結構優良物件だと想うのですけど」
紅茶を口にしていたフレデリカは、盛大に吹き出す寸前でなんとか堪える事が出来た。
「シャルロッテ様?!」
「まぁ、確かに大・き・な・コ・ブ・付・き・ですし、フレデリカ先生よりも12も年上では、おじさんですものねぇ」
「な、何を突然おっしゃるのですか?!」
「フレデリカ先生、、淑女たる者、いついかなる時でも冷静で、表情に出してはなりませんっておっしゃるのに、今日はどうされたのですか?」
本当に分らないわと言った表情で、シャルロッテが小首をかしげる。
フレデリカは真顔でシャルロッテをみつめると、大きなため息をついた。
「シャルロッテ様、大人をからかうものではありません。お父様は、ラストラス公爵様は公国の公主ですよ?わたくしではつり合いなど取れるお方ではありません。もっとお父様につり合いの取れる高位令嬢がいらっしゃいますわ」
「どんなつり合いの取れる高位令嬢がいたとしても、娘のわたくしが認める様な淑女でなければ、意味など在りませんわ。わたくしの師であるフレデリカ先生であれば、わたくしのお母様と呼んでさしあげても問題はありませんもの」
シャルロッテの話を聞いて、フレデリカは少し遠くを見る様な表情を浮かべた。
「シャルロッテ様……。私の、昔話を少しお話しましょう。
私には定められた婚約者がおりました。幼い頃からずっとお互いを思いあって、20歳になったら婚礼をああげる予定の。しかし、19歳の時にわたくしは病にかかり、後遺症として子が成しづらい身体になってしまったのです。わたくしの婚約者は、後継を必ず設けなければならない方でした。不妊となったわたくしでは妻とはなり得ない。婚約の解消を申し入れましたが、婚約者は頑として受け入れませんでした。それは、幼き時から傍にいたわたくしへの愛なのか情だったのか、今となってみれば、きっと情だったのでしょう。お優しい方でしたから。強引に周りを説き伏せて、わたくしを側室に、後継を成す為に正妻を迎える事になりました。
正妻に迎えた方は、才色兼備のとても素晴らしい方で、婚約者も、はっきりと口にすることはなかったですが、あの方に想いを抱くようになったのです。ただ、わたくしに遠慮してそれを表に出す事は出来ず、あの方との関係は拗れていきました。わたくしの存在がある為に。彼とあの方との関係がどんどん拗れて行ってしまう事に、わたくしは精神的に追い詰められていってしまって。あの方は、初めてお会いした時から、目にも入れたくもないであろうわたくしに、優しく仲良くして欲しいと声をかけてくださいました。あの方と彼との関係が悪化していっても、その要因となっているわたくしに辛くあたる事もなく変わらない態度でいてくださったのです。もう彼の傍にはいられないとそう思いました。国を離れる様とした時に、彼が許可を出さずどうしようもなくなった時に、あの方が手を貸して下さって、今ここにわたくしはいるのです。
わたくしがいなくなった事で、あの方と彼の関係が修復してくれることを祈っていたのですが、それは遅かったのです。わたくしのせいで、皆を苦しめる事になってしまった事、わたくしは忘れてはいけないのです。そんな罪深い人間がシャルロッテ様の大切なお父様のお相手としてなんて、ふさわしくはありませんわ」
「フレデリカ先生.......」
なんと声をかけていいか戸惑うシャルロッテを見て、フレデリカは優しく微笑む。
「罪を犯さない人間なんてこの世の中にいないさ。罪深いのは、それが自分のせいではないと、認めずに目を背ける人間だよ」
扉を開けてルべリオンが部屋に入ってくる。
「お父様!」「公爵様!」
「私の可愛いお姫様。また先生を困らせていたのかい?」
シャルロッテの隣に座り、頭に手を置いて優しく撫でる。
「先生を困らせてなんかいないわ!.........多分」
わかっているよと口にはせず、ポンポンとシャルロッテの肩を叩いてルべリオンが伝える。
「フレデリカ先生、先生の淑女教育の賜物で、最近はすっかりレディーになってきた娘を見るのが、私の生きがいです。まぁ、素直すぎるところが頭の痛いところですが。人間はもともと罪深い生き物です。先生がそんなに自分を責める事はないと思いますよ。少なくとも、先生に、このラストラスに来ていただいた事は、娘にとっては得難い事になりましたし、勿論、私にもです。貴方の人となりを見て、貴方だったらと思いました、私との将来を考えていただけませんか?まぁ、12も年上の爺ですが。急ぎません。貴方の心のさざ波が凪ぐ時まで、待ちます」
「公爵様.......」
「お父様!素敵よ!歳なんだから、あんまりガツガツいかないのね。そうよ、そうこなくっちゃ!」
「シャルロッテ、全く、レディーが口にする言葉ではないだろう?」
褒めたと思えばこれか、と。ガクッと項垂れるルべリオンを見て、シャルロッテとフレデリカは顔を見合わせ笑い出した。