3.『アルカネラ』
「以上で登録は完了です、当分はザビメロさんの保護下で暮らして自分の就職先と居住地を見つけてくださいね!」
そう言って笑顔で頭を下げる萠丹歌と自分の身分証を見比べながら、リゼリアは困惑の表情を浮かべる。
「えーと……結局、無人の機械に私のこと書き込んだだけで登録終わったんだけど……あなた必要だった?」
「ナビゲーションAIだけでは対応できない場合があるので、必ず担当がつく決まりになっているんですよ、それに今回は新規登録だけだったのでそう思うかもしれませんが他の業務は基本わたしたちが全部対応しているんです」
「ふーん、まあどうでもいいけど」
自分から聞いておきながら、リゼリアは興味なさそうに返事をしつつ身分証を懐にしまう。
「とりあえず今日は俺の家に泊まっていけ、これからどうするかはひとまず休んで考えればいい」
「いやいや!男女が同じ屋根の下は不味いでしょう!?宿代を貸してあげればいいじゃないですか!」
ザビメロの非常識な提案に思わず萠丹歌が声を大にしてツッコむ、おそらくザビメロは年頃の女性との関わり方が分かっていないのだろう。
「そ、そうなのか……それなら俺が宿代を……」
「いや、そういうのいらないよ、借りを作るくらいなら今日から働くことにするよ」
そんなやりとりをする二人の気持ちを無視し、突然リゼリアが一人立ちの宣言をした。
「え!?いきなりですか!?ちょっとお勧めはできませんね〜……」
「ここじゃ職を見つけなければ金の管理すらできん、お前はこの世界に来てまだ数時間なのに無茶が過ぎるぞ」
「へーきへーき、なんだか今までもこうしてきた気がするから、ちょっと外に出て適当な所を見つけてくるよ」
それだけ言うと、リゼリアは出口まで走っていきそのまま外に向かってしまった。出るときもセンサーによる簡単な検査があるようで、ドアが開かず激突してしまうが、直後に自動ドアが開くとそんなことも気にせず走り去っていった。
「全く、想像以上にやんちゃな奴のようだな」
「え!ザビメロさんちょっと!」
萠丹歌の制止も聞かずにザビメロもギルドから飛び出し、リゼリアの後を追いかけた。
ーーーーー
「とは言ったものの、こんな訳の分からない世界じゃ何をすればいいのか見当もつかないね」
二人に見栄を切って衝動的に街に繰り出したリゼリアだったが、記憶も無いままに未知の世界を生き延びようなど無茶な話で、人気の多いギルド近くの広場のベンチに腰を掛けて途方にくれていた。
「なんの情報もないまま何かをできる訳ないのに、なんであんな言ったんだろ……なんなら私自身のことも知らないのに」
そう独り言を言ってリゼリアが項垂れていると、いつのまにか広場の中央辺りが騒がしくなっている。
「お前よくも変ないちゃもんつけやがったな!?」
「いちゃもんじゃねーよ!いつもみたいにお前からぶつかってきたんだろうが!」
見れば二人の男がなにやら揉めており、それを外野が囲んで盛り上げている。
「なにあれ、喧嘩?あんまり治安の良いところじゃないんだね」
リゼリアが冷たい視線を送っている間にも二人の諍いはヒートアップし、遂に一触即発と言った雰囲気だ。
「いいぞー!お前らやっちまえ!」
「どうせお前ら、いつも通りバトりたいからぶつかったんだろ!さっさと始めろよ!」
「うっせーな、野次馬もこう言ってるしさっさとやるか!」
「おう!どっちが正しいか決めるぞ!」
二人は外野の煽りに応え、距離をとって何やら構えを取り始める、その様子はまるで何度も同じことをやって来たかのようだ。
「え……なにが始まるの……?」
距離をとった二人は向き直り、互いを睨み合う。
「叩きのめしてやるよ」
「あとで言い訳すんなよ」
二人はケースを取り出すと、それに呼応するように二人の背中の黒い板が宙を踊ってそのまま腰より上の位置で停止する。
「「デワース!!」」
謎の呪文を二人が宣言すると、二人を中心に何かが拡がって周囲の雰囲気が微かに変わった。
「俺の先行だな!ドロー!山札から一枚チャージ、手札から二枚チャージしてターンエンドだ!」
互いに黒い板に乗った掌サイズの札を紙束の上から七枚捲って手に待つと、片方の男がなにやら板の上で宣言しながら紙を置く。
「では俺のターンだ!俺は山札から一枚チャージ、手札から三枚チャージしてそのエナジーコア四つを使用して『ソレンスのコロニーガード』をプレイする!」
もう片方の男が同じ手順をするが、今度は板上に札を置くと男の目の前に威圧感のある鎧を着た人物がいきなり現れる。
「え!?なんかいきなり人が出てきた……」
ずっと傍観していたリゼリアだったが、突然二人の間に人が出現したため思わず目を丸くし、摩訶不思議な状況に硬直してしまう。
「お前!いつの間にソレンス区域のコロニーガードをテックしてたんだよ!」
「へへっいいだろ?この間バノン区域に遊びに行った時に酒の席で一緒になったからその場を俺の奢りにして頼んだんだよ、そいつすげえ飲むもんだから金は掛かったけどな」
そう言って笑う男の話を聞いてもう一人も笑っている、そこに先ほどまでの険悪な雰囲気はもうなかった。
「どうだ?このアルカネラ区域名物のカードバトル『アルカネラ』は、見ているだけでも楽しいだろ」
二人の様子を見ていたリゼリアの側には、いつの間にかザビメロが立っており、話し掛けられるまでその接近に気づいていなかったリゼリアは少しビクッと驚いた。
「え!えーと……色々驚きの連続だったけど、あの二人がやってる魔法と、さっきのギルドって場所が一番驚いたかも」
「お前はまだその二つしかまともに見ていないだろ、この世界は未だ俺たちをわくわくさせるとんでもないものが隠れている、それを見つけ出すのがさっきのギルドを拠点に活動する解明者だ」
まだこの世界に来て数時間しか経っていないリゼリアの順位づけに、ザビメロが初めて笑顔を見せてツッコミを入れる。
「へー、それって仕事としてやってるの?」
「まあ一応な、もしかして興味あるのか?」
「まあね、こんなの見せられたら興味出るでしょ」
「そうか……だが危険な仕事だぞ、大丈夫なのか?」
「やってみなきゃ向き不向きは分かんないでしょ、あとアレも楽しそうだからやってみたいかも」
リゼリアの無鉄砲な発言に対してザビメロが心配そうな表情を浮かべるが、リゼリアは妙に楽観的な言葉で返してしまう。
そして、熱い戦いを繰り広げる遠くの二人を見ながら、リゼリアはついでのように『アルカネラ』を始めるとザビメロに宣言した。
「随分と欲張るな、とはいえ解明者もアルカネラで戦う者もいるからおかしな話じゃない、なにしろ俺がそうだからな」
「そういえば……ザビメロが私を助けてくれた時のあれって、この二人の魔法と同じだったの?」
「今あそこの二人がやってるものと、自分の身を守るためのアルカネラは別の戦い方をするから同じに見えないのは当然だな」
そう言ってザビメロも似たような紙束を取り出す。
「これが"デッキ"だ、これを使って戦うのがアルカネラだ。それと、アルカネラは魔法ではない"別のもの"だ、魔法は別に存在するし一緒にすると怒られるぞ」
「なんでもいいよ、私からすれば不思議なものに変わりないし」
そう素っ気なく放ちながら、リゼリアはベンチから勢いよく立ち上がって大きく背伸びをする。
「まあ本音を言うと、私でも出来そうだからやってみたいだけなんだよね、なんか子供のおもちゃみたいだし」
「ははっお前は遠慮がないな……まあ、実際そんなところだ」
リゼリアの歯に絹着せぬ物言いに、ザビメロは苦笑しながらもその言葉に肯定的な返事をする。
「あれ?そうなの……?」
そんなザビメロの態度に、言った後に内心怒られるんじゃないかと構えていたリゼリアは拍子抜けし、思わず素の表情となってしまう。
「なんだ、ちゃんと気の抜けた顔も出来るんじゃないか、ずっと気を張った顔をしているから少し不安だったぞ」
「うるさいなぁ、こんな世界来てすぐにリラックスなんて出来るわけないでしょ」
そう言って笑うリゼリアを見て、ずっと険しい顔だったザビメロも安心感から笑顔を浮かべる。二人の間から壁が無くなりやっと気兼ねなく話ができる雰囲気になったその時、二人を大きな黒い影が覆った。
世界観的にオリジナルの用語がいいかなーと思ってカードバトル内の用語はオリジナルで考えてみましたが……
こういうのはセンスが問われますね。
結局「ドロー」や「バーン」など説明が必要なTCG用語は通称を使うことにしました。