プロローグ
「………………ん……?」
暗い洞窟の中、一人の少女が目を覚ます。
「あれ……ここどこ?」
ボロボロのローブを纏って地面が仄かに赤く光る謎の洞窟の中に寝ている……そんな状況を作った覚えがない彼女は頭を振って正気に戻ろうとした。
「うっ……やっぱり見間違えじゃない、どういうこと……?」
感情表現が苦手なのか彼女は静かにそう言うと立ち上がり周囲を見渡す。
「なんでこんな場所にいるんだろう、くぅっ……!何も思い出せない……」
どうやら記憶を失っているようで、ここにいる理由も今まで何をやっていたのかも暗いモヤがかかったかのように遮られ思い出せず、思い出そうとすると起きる偏頭痛に少女は頭を抱える。
「とにかく移動しよう、ここにいたら不味い気がする」
そういって立ち上がって移動しようとした時、彼女は後ろから迫る猛烈な殺気に体を強張らせて振り返る。
そこにいたのは……巨大な狼のような獣だった。
体長はゆうに5mはありそうな怪物の目が彼女を捉え、涎の溢れた口から低い唸り声をあげている。
「くっ!」
少女は後退りしながら距離を取ろうとするが、怪物はジリジリと確実に距離を縮めていく。
少女はたまらず一か八か踵を返して逃げ出そうとするが背中を見せたのがトリガーとなり怪物が口を開けて飛びかかった。
(喰われる……!)そう少女が思ったその時、
「バトカノン!あのグロブスタに攻撃だ!」
どこからか命令の声が響き、次の瞬間には怪物の脇腹に何かの攻撃が当たったようで横に盛大に吹っ飛び壁に激突した。
少女は攻撃が飛んできた方向を見る、すると暗闇から機械的な鎧を着た男現れ、その横には二足歩行の両手がキャノン砲になっているロボットも連れ添うように立っていた。よく見ると男の腰あたりには黒い板のようなものが浮かんでいる。
「まだ倒れてないのか……結構しぶといな」
あれだけの攻撃を受けているにも関わらず立ち上がる怪物に男が呆れるような声で感心する、よく見ると男の背後には何か球体のようなものが四つほど浮かんでいた。
「これだけタフならこいつは良いユニットカードになりそうだな……バトカノン!」
バトカノンと呼ばれたロボットが砲撃を行う、が今度は目前で行ったためかあっさり回避されてしまう。
「ちゃんと回避したな、偉いぞ」
しかし男はこの行動を読んでいたようで、怪物に褒める様なことを言うと、素早く懐に入り既に男が握っていた数枚のカードらしきものから一枚抜き取って、それを怪物に突きつけるように前に出した。
「いくぞ、[拳闘の波動]!」
男が何か宣言するように叫ぶと男の背後にある球体が三つ砕ける、その後カードから衝撃波を伴った気弾のようなものが発生し、直撃した怪物は地面を滑りながら盛大に吹っ飛び岩壁に衝突するとそのまま動かなくなった。
「あまり大した奴じゃなかったが、とりあえずどんなスペックか見てやるか」
男はそう言うと怪物の亡骸に近づき、懐から真っ白なカードを取り出してそれに当てた。
すると白いカードに赤を基調とした絵柄が描かれていき、男が使っていたカードと同じものに変化した。
「よし…….大丈夫だったか?武器も持たずにダンジョンとはお前もしや流されモノか?」
男がカードを黒い板から取ってしまいながら少女に近づく、不思議なことに男がカードの束をしまうと同時にロボットも消失し、黒い板も宙を踊りながら男の背中にしまわれた。
「流されモノ?よく分からないけどえっと……その、ありがとう……」
「気にするな、ところでお前名前はなんと言う?ここにいる前は何をしていた?」
男の質問に少女は答えられず俯いてしまう。
「それが……何も覚えてない、なんでここにいるのかも自分が何者なのかも……」
「なに?珍しいな、ここに来る奴は死んだこともわからないような奴ですら、直前のことははっきり覚えているのに」
「死んだ……?私死んだの……?」
「さあな、俺には分からん、それより早くここを出るぞ」
そう言うと男は出口があると思われる方向へと歩き出した。
「しかし名前が思い出せないとなると不便だな、お前は何か名乗りたい名前とかあるか?」
「え、そんなこと急に言われても……あ、リゼリア……という単語が頭に浮かんできたかも」
「リゼリアか、それがお前の名かもしれんな、よし!お前の名前はリゼリアだ、とりあえずはそう名乗れ」
「リゼリア……」
リゼリアはどこかしっくりこない表情で、自身の名を声に出す。
「そういえば俺も名乗ってなかったな、俺はザビメロ・アケタナスという、よろしくな」
「ザビメロ……分かったよ」
そんな会話をしながら出口を目指して歩いていると、あの怪物と戦った場所はそんなに入り口から遠くなかったようで、歪な出口から外の光が差し込んでいた。
「なんなの……ここは……」
洞窟の外は決して良い風景ではなかった、地は果てしなく乾いた荒野が続いており、空は鉛色でその中に黒い雲が流れている様は陰鬱な雰囲気を醸し出している。
殺風景な世界に点々と埋まっている岩は謎の紋様が隙間なく刻まれており、異質な空間をさらに不気味にしていた。
「ようこそ、ここが『ストレンジフィールド』だ」
呆然と世界を眺めるリゼリア、そんな彼女に対しザビメロはどこか楽しげな口調で新人を歓迎した。