23.おっさん、コボルトを不憫に思う
「えー、初めてダンジョン配信をしますが見てもらえると嬉しいです」
俺達はドローンに向けて手を振って挨拶をする。他の配信者は楽しそうな挨拶から始まるが、急にダンジョン配信をすることになったため、特に決まっていない。
そもそもただ記録を残すために、始めるつもりのため挨拶や企画説明はいらないだろう。
「まずは次の層まで移動しようか」
スライムとゴブリンは特に狩る理由はないため、次の階層に向かっていく。
もちろん俺一人で魔物を倒して、進んでいくのは変わらない。
「んっ、何か違和感を感じるぞ」
アーティファクトである剣で魔物を倒すと、どこか違和感を感じた。それは俺だけではなく、凛も少しだけ感じるらしい。
きっと何かしらのスキルが発動しているのかもしれない。
ただ、そのスキルまではわからないため、ダンジョン探索をしている時にどこかのタイミングでわかるかもしれない。
「ここにはコボルトちゃんはいないんですね」
「今日も散歩をする……んだね」
凛はコボルトを探しているらしい。
散歩をするか確認してみたが、今日も散歩をするらしい。
コボルトにとっては散歩というよりも、恐怖の拷問にしか感じないだろう。
ゲートを通ると、お待ちかねのコボルトが出てくる階層に来た。
だが、この前来た時よりも明らかに静かだ。
「コボルトちゃん見当たらないですね」
以前は二階層に来ると、その辺にはコボルトがウヨウヨ歩いていた。
あっ、コボルト。
あちらにもコボルト。
後ろにもコボルト。
どこにでもいる存在だったのが、全くいなくなっていた。
俺は全身の力を抜いて意識を耳と目に傾ける。長年探索者を続けていると、人よりも五感が敏感になる。決して股間が敏感になるわけではない。
いや、あれから何もしていないからある意味敏感ではあるが……誰もそんなの求めていない。
コボルト自体はその辺にいるが、なぜか全員隠れていた。
岩の後ろ、木の後ろ、穴を掘った中。
感覚に意識を向けるだけで、すぐに近くにいることがわかった。
「ちょっと待ってて」
俺は凛に待つように声をかけて、コボルトのところに向かった。
「おーい、コボルト出ておいで」
声をかけるが全く出てくる様子はない。なら、こっちから近づいてみることにした。
狙いは岩の後ろに隠れているやつだ。
「お前ら出て……」
俺が岩の後ろを覗くとコボルトは隠れて震えていた。
明らかにおかしい様子についつい倒してもいいのかと迷ってしまう。
「ワン!」
大きな声をあげるとコボルトはビクッとしていた。ゴブリンに犬の要素を足しただけで、全く可愛さもないがどこか可愛く見えた。
恐る恐る振り向くと、俺の顔を見て安心したように息を吐いていた。
「おいおい、俺達敵だぞ」
探索者である俺達はコボルトの敵だ。普通であれば、俺を見た瞬間に襲ってくる。それなのに安心したのか頭をポリポリと掻いていた。
「有馬さーん! コボルト見つけましたよ」
背後から声が聞こえると、凛が鞭を持って走ってきた。鞭の先にはコボルトが引きづられている。
それと同時に隣からガタガタと音が聞こえてきた。
「お前大丈夫か?」
コボルトが顎を震わせて凛を見ていた。ひょっとしたら、凛に怯えて隠れていたのかもしれない。
前回ダンジョンに来た時は特にそんな様子もなかったため、俺が戦っていた時に凛は何かをやっていたのだろう。
「コボルトって恥ずかしがり屋なんですね。散歩をするって言ったら、嬉しそうに尻尾を股に挟んでいましたよ」
明らかにそれは怯えている証拠だろう。こっちに近づいてくるたびに、コボルトの顎から発する音は大きくなる。
歯がポロポロと欠けてきた。
魔物だが見てて可哀想に思ってしまう。
「見てくださいよ。このコボルト……」
凛が振り返るとそこにはコボルトの素材が繋がれていた。
こっちに来るまでにコボルトは倒されて、素材がドロップしていた。
「コボルトちゃん……」
ドロップ品を見て悲しそうに素材を回収している。
何とも言えない気持ちになったが、コボルトはその辺にたくさんいる。
ただ、隣で震えているコボルトを差し出すほど俺も鬼畜じゃない。
「コボルトもいないから、ひょっとしたら違う階層にいるかもな」
あまりにも不憫だと思った俺は違う階層に行くことにした。他にもオークやミノタウロス、ウルフ系やネコ系の魔物がたくさんいる。
それでどうにかしてもらわないと、ここの階層の魔物が出てこなくなってしまう。
コボルトは白色探索者にとっては、ゴブリンよりお金とポイントが稼ぎやすい魔物だ。
銅色ランクに上がるために、コボルトを倒せないと倍以上のゴブリンを倒さないといけなくなる。
このままでは若手が上のランクに上がってこれなくなってしまう。
「そうですね……」
俺は立ち上がって歩き出した。
だが、凛が付いてくる気配はなかった。
ゆっくり振り返ると、そこには岩の裏を覗き込む凛がいた。
「みーつけた」
『キャイーン!』
コボルトは凛に捕まっていた。
「大変申し訳ないんですが、ガチャを引くには★★★★★が必要で……」
「それじゃあもらえないわよ?」
「ならどうすれば?」
「下僕達、私のために★を課金しなさい?」
凛はアーティファクトである鞭を振り回した。
「凛がどんどん変わっていく……お前達のせいだからな! レビューも書けよ」
俺は配信を終えた。




