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騙り部はやさしい嘘しかつかない  作者: 川住河住
第二章 神の左手悪魔の右手
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第12話 嘘と本当

 前置きされたとはいえ嘘や冗談かと思った。

 人の心を読むなんて本当にできるのかと。


 しかし、この世には自分の常識が通用しない存在がいると教えられたばかりだ。

 人間の名前を取る化物がいて、他人の部屋で勝手に下着を漁る変態もいる。

 それなら人の心が読める人がいてもおかしくないか。


「人の心が読めることと左手で触れることは、なにか関係があるんですか?」

「昔からわたしが読めるのは左手で触れた人の心だけなのよ。なんでって聞かれても自分でもよくわからないから困っちゃうんだけど……わたしが左利きだから?」


 真理さんは首を傾げなら左手をひらひらと振って見せる。


「それで騙り部ちゃん。わたしは嘘をついているかしら?」

「いいえ。真理さんは本当のことを言ってます」


 師匠はすぐに左手を差し出した。


「信じてくれてありがとう。それじゃあ、あなたの心を読ませてもらうわね」


 真理さんはその手を握り返してまぶたを閉じる。真剣な表情で集中しているようだった。

 二人の女性が握手している。なぜか見ているだけの僕の方が緊張してくる。


 昔、テレビで超能力者特集という番組を見たことがある。人の理解を超えた能力を持つ人を紹介する番組だ。物を浮かしたり曲げたり未来を予知したりいろいろな人が出てきた。


 その中に心が読める人がいたことを思い出す。

 番組出演者に思い浮かべたものを三つ紙に書き出してもらい、それらをすべて当てると宣言した。出演者がなにを思い浮かべたのかは忘れてしまったけれど、心が読めるという人はすべて外してしまっていた。


 果たして真理さんはどうだろう。

 師匠が嘘でないと言うのならその力は本物だろうが。


「なんで……?」

 真理さんが困惑の声をもらす。その額には汗がにじんでいるようだった。


「どうしました? 大丈夫ですか?」

 心配になって声をかけるが、二人はがっちりと握手したまま離そうとしない。

 もしかして師匠の心を隅から隅まで読みすぎて体調を崩したのだろうか。

 無理もない。心を読むことがどれほど難しいのか知らないけれど、弟子の僕でさえ毎日のように意味不明かつ理解不能な言動と行動に苦労させられているのだ。


「誠実。なにか失礼なこと考えてない?」

 すべてを見透かすような師匠の視線が刺さる。


 顔に出ていた? 声に出ていた? 

 いやいやそんなはずはない。


「いいえ。考えてません」

「ふふふ。まだまだ騙り名はあげられないなぁ」


 師匠は笑みを浮かべながら握っていた左手を離して立ち上がった


「ごめんなさい……」

 真理さんは、机におでこをぶつけるような勢いで頭を下げてきた。


「謝らないでください。あなたの力は本物ですよ。この私、歌詠みの騙り部が保証します」

 師匠が騙り名を出してまでそんなことを言うのは珍しい。


 それなら、鏡淵真理さんは本物の超能力者。

 人の心を読むことができるのだろう。

 けれど、師匠の心の中を読むことはできなかった? 

 今日は体調がよくなかったのかな。


「どうしてかしら。子どもの頃からずっと使ってきたのにこんなこと初めてよ」


 真理さん自身も原因はわからないようだ。それなら原因は師匠にあるのではないか。騙り部の脳は膨大な記憶を持つというから。情報量が多すぎて読み切れなかったのかもしれない。


「最後に一つだけ聞かせてください。これに見覚えはありませんか?」

「これは……なにかしら? お菓子? サプリメント? ごめんなさい。わからないわ」


 師匠がポリ袋に入れられた白い錠剤を見せると、真理さんはまたとぼけたことを言う。

 そろそろ約束している依頼人が来るということでその場を去らねばならなかった。

 後ろ髪を引かれる思いで『まちの駅』を出た時、一人の女の子とすれ違う。


「あっ……」

 

 声をもらしたのは僕なのか、その子なのか。

 その女の子、坂爪日佐子さんはすぐに店の中へ入っていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 0番街の表通りをしばらく歩き、銀行の角を曲がって裏通りに入っていく。


 あの師匠が黙って歩くなんて珍しい。

 明日は空からきなこか砂糖でも降るのではないか。


 そんなことを考えていたら額になにか当たる。気づけば人差し指で突かれていた。

 左手で握手もしていないのにどうして気づけるのだろう。師匠には謎が多すぎる。


 いつもの公園に着いて小銭を渡されたので駄菓子屋へ向かう。店主は僕の顔を見ると、すぐに揚げたてのコッペパンを用意してくれた。それらを両手に持って急いでベンチへ戻る。


「いただきまーす!」

 師匠は、きなこと砂糖のあげパンを交互に食べていく。


 いつもながらおいしそうに食べる。しかし、これだけ食べているのに細い体型と色白で綺麗な肌を保ち続けているのも不思議だ。本当に同じ人間なのかと疑ってしまう。


「ふふふ。私は化物と結ばれた人間の末裔まつえいだからね」

「師匠は人の嘘だけじゃなくて心の中も読めるんですか?」

「読めないよ。それに、私だって全部の嘘を見抜けるわけじゃないからね?」

「そうなんですか?」

「わかるのは『はい』か『いいえ』の二択で答えられるものくらいでたまに外すこともあるし」

「真理さんの人の心が読める能力というのは、本物なんですよね?」


 師匠はあげパンを食べ終えてからうなずく。


「じゃあ、どうして師匠の心は読めなかったんでしょう」

「ふふふ。私は思考を暗号化できるからね。そう簡単に心の中は見せないよ」


 師匠は嘘か本当かわかりにくい冗談を言いながらあげパンをかじる。


「師匠は真理さんを信用してないんですか? ボランティアで悩み相談をするなんて優しくていい人じゃないですか。無償でそんなことできる人ってなかなかいないと思いますけど」

「優しくていい人というのは誠実の言う通りだと思うよ。でも、あの人は怪しい」

「怪しい? 嘘はついてないのにですか?」

「そこが私の能力の不便なところだよ。真理さんみたいに心の奥まで読める力だったら詳しいこともわかるんだけどね。でも、あの人はいろいろなことを隠している」


 そうか。二択で答えられるようなものだと嘘か本当か判別できても、なにを隠しているかまではわからないのか。便利なようで意外と不便な能力らしい。


「隠してるって例えば……薬のことですか?」

「そう。今までずっと正直に答えていたのに、最後に質問した時だけは嘘をついていた。これは間違いないよ。真理さんは白い錠剤のことを知っている」


 師匠はハッキリと断言した。

 僕はその言葉に困惑する。


 先ほどすれ違った同級生、日佐子さんを思い出す。あの薬を見つけたのは彼女の部屋だ。また、真理さんの悩み相談の相手でもあった。これだけで日佐子さんと薬と真理さんが繋がる。


「相談すると心も体もスッキリするっていう話も本当なんですか?」


 真理さんは人の心を読めると同時に心身ともにスッキリさせると話していた。最初はそれが危険な薬の隠語と考えていたけれど、能力の一端だとしたら問題はない。


「すごく……気持ちよかったよ……」


 なんだろう。

 この変態美人が言うとどうしてエロく聞こえるのだろう。


「でも師匠は心の中を読まれなかったんですよね? それなのにスッキリしたんですか?」

「たぶん心は読めなくても痛みや苦しみは取り除くようになってるんだと思う。ただ……」


 その時、携帯端末の通知音が鳴る。

 それは騙り部への新たな依頼の連絡だった。


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