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ベベローシュ!  作者: ミノ
【本編】
3/13

シーハル島奪還作戦

 一か月の過酷な訓練の後、俺達はシーハルへ向かった。

 エルヴァの地を離れれば、あの人の近況なんて知る由もなかった。シーハルは内地より更に南西にある島だからな。人も住んではいたが、密林が多くてほとんどが未開の地だ。


 最初はよかったよ。敵の隙を突いて無血上陸に成功した。死者どころか負傷者さえ出なかった。その代わり、目標地点まで直線距離で五十キロもあるのがよくなかった。

 ……いや、よくなかったのはそれだけじゃないな。重要な作戦だったにも関わらず、シーハル奪還作戦には問題が山積みだった。


 最初、敵兵を皆殺しにしてやるって意気込んでいたのは、何も俺だけじゃなかった。でもすぐに混乱に陥ったよ。島にある密林に入った斥候は誰一人として戻って来なかった。何の情報もないまま、夜の闇に紛れて進むしかなくなったんだ。


 数キロも進まないうちに、俺達は一斉射撃を受けた。密林の奥から飛んできた赤い閃光が、さっきまで隣にいた奴の頭を吹っ飛ばしてた。そいつの体を二、三発続けて銃弾が体を貫くと、踊ってるみたいにばたばたと奇妙な動きをしてた。

 地面に伏せて敵兵の場所を見つけ出そうとしてもわからないんだ。顎までぴったりつけていないと撃たれるようなすれすれの場所を銃弾が掠め飛んでいた。


 仲間がどれだけ生き残っているのか知りたくても、聞こえてくるのは断末魔か負傷兵が助けを求める声だけだった。無事だった奴は場所を特定されるのを恐れて、じっと声を殺していたからね。


 俺は一番近くに倒れている奴の傍に這いつくばって移動した。おい、おいって呼びかけても動かないのを確認してから、使えそうなものがないか漁ったよ。先に逝った奴らの武器を使って、仇を取ってやろうって思いついたんだ。

 いつのまにか自分の水筒をどっかに落としていたから、それも拝借した。後から中隊長に何やってんだって怒鳴られたけどね。


 そんなことをやっている間にも、すぐ近くを弾がかすめ飛んでいった。圧倒的な物量だったよ。存在するものを片っ端から撃ち抜こうとする勢いで、攻撃は一向に終わらないかと思えた。

 ほんの一瞬、辺りが静まり返った隙に俺たちは逃げ出した。隊列を組む余裕なんてなかった。散り散りなった先でまた銃弾に襲われたのか、誰かの呻き声が聞こえた。


 俺が生き残ったのは偶然だよ。ああいう場で個人の実力ってのはほとんど意味をなさない。そこに弾が飛んでこなかった奴だけが生き残れるんだ。俺は運がよかった。


 一晩中密林をさまよったが、幸いにも敵と遭遇せずに済んだ。途中で数人の仲間を見つけたから一緒になって歩いて、部下を連れて生き延びていた中隊長と合流したんだ。

 その晩だけで、知った顔の奴が三分の一はいなくなってた。死んだのか、どこかで動けなくなっているのか、はぐれただけなのかもわからなかった。とにかく俺たちに撤退は許されていなかったから、作戦を続行するしかない。


 司令部との連絡はとれず、自分達で考えて動くしかなかった。当初予定していた道は待ち伏せされている可能性が高いっていう中隊長の判断で、別の道を行くことになった。

 道なんて言えば聞こえはいいが、腰の高さまである草木を掻き分けてひたすら密林を進まされたよ。いつ敵が現れるかわからないから、常に神経を尖らせていた。敵部隊発見って誰かが騒ぎ出して、近くにあった沼に飛び込んで身を隠したこともあったな。


 結局、気のせいだったのか誰も現れなくて、這いあがるのに苦労しただけだった。最初に言い出したのは誰だって一人が怒り始めて、誰も自分だって言わないから、その場で責任を押しつけ合って大喧嘩だよ。

 どいつもこいつも、味方同士で殺し合いが始まりそうなほど苛ついてた。中隊長がいなかったらおさまらなかっただろうね。普段から暴力ばっかりふるって気に食わねえ奴だったが、あいつが適当に一人を捕まえてぴしゃっと殴ると全員が黙り込んで大人しくなるんだ。


 虫もひどかったな。名前もよくわからない虫が大量にまとわりついてきた。まさかエルヴァで配られた虫除けの匂いが恋しくなる日がくるとはね。


 予定が変わったのと、想像以上に道が悪いせいで、当初一週間を想定して持ってきていた食糧はすぐに尽きそうだった。最初の襲撃で負傷した何人かは途中で脱落していったよ。

 俺はそいつらから武器を集めるふりをして、食糧も回収してた。

 遺体から食糧をとっているのがバレると中隊長が怒るんだ。貴様には死んだ奴らに腹いっぱい飯を食わせてやろうという心もないのかって。心がないのはお前だろうよって何度思ったことか。


 そこらへんに目を向けてみろ。重傷の奴はともかくとして、無傷の奴より軽傷の奴の方がぴんぴんしてるんだ。気を遣った連中が、けが人に自分の食べ物を優先的に分けてやるせいだ。怪我よりも食糧がない方が一気に弱るんだ。


 人はな、空腹がひどくなると何にも言葉が思い浮かばなくなる瞬間が出てくるんだよ。突然頭の中に空白が生まれて、ぷつっと思考が途切れるんだ。

 俺から恨みつらみの言葉が出なくなるなんて異常事態だと思ったね。共倒れなんてごめんだった。そんなもん意味がないだろう。それで守れるものがあるのか? 


 俺は絶対に一人だけでも生き延びて、敵の顔面に銃弾をぶち込んでやるって決めていた。生き汚いと言われてもどうでもよかったね。とにかく俺をこんな目に遭わせた奴らに目に物を見せてやりたかった。


 俺たちの警戒をよそに初日以降、襲撃はほとんどなかった。それを地の利の悪い方に誘い込まれているって気が付けなかったのは、やっぱり体力的にも精神的にも参っていたんだろうね。

 上陸から五日目に、俺たちは二度目の襲撃を受けた。目的地にはまだ程遠い場所だった。密林で一斉射撃に遭い、銃弾から逃げ惑っているうちに、身を隠すものがない開けた場所に誘い出されたんだ。


 敵は俺達よりも少し高さのある場所から、狙い撃ちにしてきた。こっちからは岩や草木が邪魔をして、相手がどこにいるのかわからなかった。海からは砲弾が撃ち込まれて、逃げ場はどこにもない。

 その晩で部隊は壊滅だ。俺は死を覚悟で密林に飛び込んで、奇跡的に生き残った。


 敵にはしつこく追い掛け回されたよ。一時間か二時間か。もしかしたら三十分くらいだったのかもしれない。永遠にも感じられる時間を走り回って、ふと我に返ると誰も追ってきていなかった。


 砲弾の破片で耳の端が欠けていたが、興奮していたせいか痛みはなかった。むしろ戦う分には問題ない怪我でほっとしたね。それ以外の傷がほとんどないのを確認したら、急に愉快に思えてきた。

 こうして生きているのは、弾が俺を避けているからなんじゃないかって本気で思い込んだよ。あの人の言葉なんかなくても、軍神になれるんじゃないかって一度思い始めたら止まらなくて、笑いを堪えるのに必死だった。

 そのまま熱に浮かされたみたいにふらふらと密林をさまよって、いつのまにか気絶してた。


 次に目覚めてからは、敵に見つからないよう密林に潜伏するだけの毎日が始まった。作戦は遂行不能になっていたが、迎えの船がやってくるわけがない。来たとしても一人の敵も倒せずに、無駄に武器と食糧だけ消費して帰ったら恥だよ。そんなみっともないのはごめんだったね。


 こうなったら、敵の本拠地に単身乗り込むしかない。自活自戦だ。必要なものは自分で調達して戦うんだよ。仲間の遺体から物を拝借するのは元々やっていたから、躊躇はなかった。

 他にもわずかばかり生き残りがいたが、そいつらもしばらくしたら遺体を漁り始めた。最初は躊躇していたが、怒鳴りつけてくる中隊長はもういなかったし、綺麗事だけじゃ戦えなかった。


 敵は悠長に酒をあおりながら、残党狩りをしていた。エルヴァでさえろくに得られなかった酒を、あいつらは戦闘中に飲み歩いているんだ。その光景は俺に力を与えた。酔っ払いなんぞに遅れをとってなるものかってね。


 殺したり、殺されかけたり、まったくキリがなかった。せっかく集めた武器も、ちょっと辺りをうろついただけで敵に遭遇してすぐに使い切っちまう。どうしたものかと考え込んでいるうちに、先に進めないまま身を潜めている時間が長くなり始めた。

 幸いにも島には果実がたくさん実っていた。植物の蔓を切れば中に溜まっている水も飲めた。心配してたほど食糧には困らないなってほっとしたもんだよ。でもそれも、束の間のことだった。


 島に新しい兵士が動員されたんだ。俺らの失敗の尻拭いに来させられた奴らだ。密林で奴らに遭遇した時は、敵と間違えて危うく殺しかけた。上陸したばかりの奴らは、みんな小綺麗な見た目をしていたから。


 生き残っていることを非難されると思ったが、意外にもよくここまで耐えたなと労われた。自分達が来たからには敵を一網打尽にしてやるって。よっぽどひどい見た目をしていたんだろうね。確かに記憶にある限り、俺ら生き残りは髭は伸ばしっぱなしで、目は落ち着きなくぎょろぎょろしてた。


 俺はもうこの頃には、敵に仕返しをしてやろうなんて考えはすっかり抜け落ちていた。さすがに果物だけじゃ食糧は賄えなくて、食えそうなものは片っ端から口に入れている状況だった。もうとにかく腹が減ってたまらなかった。だからこれは好機だと思ったよ。こいつらはまだ島の惨状を何も知らないんだ。


 俺が食糧を分けてくれないかって頼むと、奴らは快く与えてくれた。この後、自分達が同じ目に遭うとも知らないで。自分のことで精一杯で、罪悪感なんてものはなかったね。


 そいつらの話によると、俺達が島に上陸してから一か月が経っていた。上も俺達の部隊が壊滅したのは把握していて、生き残りには永久抗戦を命じていたそうだ。援軍を送り届けた輸送船に乗って帰ることは許されなかった。


 俺は一応、連中に忠告したんだ。自分達がどうやって追い詰められたかや、敵の兵力がどれだけこちらを上回っているか、身を潜めて密林を歩いていても何故かすぐに居場所が見つかることも。

 だけどあんまり深刻には捉えられなかった。想像がつかないんだよ、実際にやられるまで。一応、今回は上陸の前に敵に見つかって輸送船が攻撃を食らっていたらしい。多少の犠牲も出たみたいだが、自分達でなんとか泳いで岸に辿り着いた奴が大半だったから、どうにかなるだろうって。


 上陸を知られているのなら、まずいことになるだろうなと思ったよ。だが懸念を口にすればするほど、さっきまで俺を心配していた連中が全員半笑いになりやがる。

 まるであの人になった気分だった。紫だよ。いつも心配ごとばかりを口にして、腰抜けだなんだと上にどやされてたあの人だ。こんな心地で生きていたのかと、久しぶりにあの人を思い出したね。


 お前はもう着いてきても役立たずだから、ここで待っていろと命じられたよ。俺達が勝利を持ってきてやるって。

 陽気に笑ってる連中がただただ不気味だった。青い海を眩く反射させる太陽も、上陸を知っているはずなのにそれ以上の攻撃を仕掛けてこない敵も、何もかもが。

 言い返す気力が湧かなくて、とにかく飯が食いたくて、俺はその場で道具を借りて一人で食事の準備を始めた。ああこいつは仲間がやられておかしくなっちまったんだなって誰かに言われたが、ぶん殴る元気さえなかった。




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