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09 竜王のお妃様を決める方法

 

「竜王様が開いた最初の宴だったからね。それなのに始まってすぐに中止だろ? 何があったのかと思ったよ」

「は、はじまって、すぐ……中止……」



 もう頭が痛くなってくる。そうとう間が悪い時に、あの場に現れたのか。私がくらくらする頭を片手で押さえていると、リディアさんが心配そうにのぞき込んできた。



「リコ、そんなに気にしないで大丈夫ですよ。あれはただの顔合わせで、お妃様を決めるわけではありませんから。それにまたパーティーは開きますし」



 私がしょんぼりしたからか、リドルさんもあせっている。しかし彼からの追加情報は、私をもっと落ち込ませるものだった。



「すまない! 気にしちゃったかい? でもあれは令嬢達の親が熱心に頼み込むからああいった場を設けただけで、竜王様自身は乗り気じゃないし、怒っていないと思うよ?」



(リドルさん! 私が気にしているのは竜王様じゃないんです! 私にとって大事なのは怒っているご令嬢のほうなんです!)



 リドルさんから聞いた情報で、私はさらにガックリと肩を落とした。きっとあそこにいた女性たちは竜王様の目に止まろうと、当日だけじゃなく何日も準備したはず。家族総出で竜王様に見初められるために、年頃の娘たちに……と、そこまで考えて、あることにハッと気づいた。



(ギークが言っていた『妹たちの邪魔をした』というのは、きっとこのことだわ! あの場にお妃様候補として、彼の妹さんたちがいたのでは?)



 そう考えると、彼が怒っている理由と辻褄が合う。あの日にかけていたのなら、私は思いっきり邪魔しているもの。自分ではどうしようもできなかった事だと頭ではわかっていても、ため息が出る。するとリディアさんがそっと私の背中を撫で、優しく話しかけてくれた。



「リコ、パーティーはまた開きます。昨夜より盛大にすれば、みなさんあっという間に忘れますから」



 それを聞いたリドルさんは「おっ! じゃあ俺も頑張らないとな」と言って笑っている。



(そうなのかな? それなら助かるけど……)



 少しだけでもあの場にいた女性たちや、ギークのような家族の怒りが少なくなってほしい。そのためなら、私も何かお手伝いをしたいけど、きっと関わらないのが一番よね。それとも、裏でお料理のお手伝いをしようかな? そんなことを考えてチラリとリドルさんを見ると、彼は眉間にしわを寄せ何か考え込んでいた。



「でもなあ、僕はそもそもあのパーティーに意味はないと思うよ。だって竜王様は自分のお妃様を決められるお立場じゃないんだし」

「え? そうなんですか?」



 竜王様は、自分の結婚相手を決められない? 王族だから政略結婚とか、そういうことだろうか? 私が不思議に思って聞くと、リドルさんは「そうか、リコは知らないんだね」と言って、詳しく説明してくれた。




「竜王様のお妃様は、次の竜王様が決めるんだよ」

「え? 次の竜王様? 血が繋がっていないのですか?」




 王族だから代々、子供が継いでいくと考えていたけど、どういうことだろう。頭が混乱してきた。リドルさんは戸惑う私の顔を見て「たしかに、わかりにくいね」と苦笑いしている。



「結婚前に竜王の妃となる女性の体に、子供の魂が入るんだ。卵が宿るという言い方をするんだけどね。そのあとにお二人が初夜を迎えると正式に妊娠する。他の竜人は違うんだけど、竜王様だけは、次の竜王となる子供の魂が母親をお選びになるらしい」



 つまり、子供が親を選ぶってこと? 日本では親を選べないなんて言葉もあるけど、母親を選べるとは……異世界って本当に不思議。それに魂だけが先に母体に入るって、体はどうなるんだろう?



「その母親の体に魂が入ったかは、どうやってわかるんですか? お腹が大きくなるとか?」

「あはは。実際に妊娠はしてないから大きくはならないよ。ただお腹をポコポコ蹴ったり、母親にだけわかる声で『早く産んで』とせがむらしい。その後はお妃選びの水晶玉があるから、それで確認するんだ」

「へええ……なんだか凄いですね」



 肉体がないから育たないけど、動いたり喋ったりできるんだ。思わず感心する声をあげると、リドルさんは「だから竜王様と会ったって意味がないってことなんだ」と言って両手を上げた。



(たしかに竜王様が決定権を持ってないなら、親しくなっても有利じゃないってこと?)



 するとリディアさんが少し困った顔で話し始めた。



「もともと決める立場にないのだから、ご令嬢たちに会ったところで意味がないという考えもわかります。それでも竜王様の意思次第で、側室も持てますから。お心を射止めようとする人は後を絶ちませんし、竜王様と親しくなれる機会を設けろという要望も多くて……」


「えっ! この国は一夫多妻制なのですか?」



 あまりの驚きに、妙に大きな声になってしまった。質問されたリディアさんも少し顔を赤らめている。



「いいえ、竜王様だけですね。もともと竜人は独占欲も強く気性も荒いですから複数も妻を娶ったら、その、殺し合いになってしまうというか。それに側室がいたのは、もうずいぶん昔の話なんですよ」



 殺し合いになるというちょっと怖い情報が入ってきたけど、うすうす竜人の方々は気が強いなとは思ってたのよね。リドルさんも過去に何かあったのだろうか。「女の闘いは怖いぞ……」と小さく呟いている。



「それでも今回パーティーを開いたのは、少し前に竜王様の妃を確認する水晶に、(きざ)しが出たからなんです。次の竜王様の魂が出てこようとしていると、玉に光が灯ったそうで。それでお妃様が決まってしまうとあせった貴族たちの要望が多くて、竜王様がしぶしぶあのようなパーティーを開くことになったのですが……内心リコに邪魔されて喜んでいらっしゃいますよ」


「た、たしかに笑ってましたね……」



 ふふっとリディアさんも笑っている。リドルさんも「竜王様らしいな」と言って苦笑いすると、私に向き合った。



「まあ、そういうわけで、あの場所にいたご令嬢たちはみ〜んな、竜王の卵を宿す、運命の花嫁になりたがっているんだよ」

「運命の花嫁……」

「まあ、大半の女性はお妃様は無理だってわかってるみたいだけど。それなら竜王様の愛妾にはなってやるって、鼻息を荒くして国中から集まって来てるんだよね」

「く、国中から……!」



 あの時怖くて後ろを見られなかったけど、もしかしたら私が考えている以上にたくさんの女性たちがいたのかもしれない。そう考えると背中にぞっと寒気がした。



「運命の花嫁に選ばれれば、この国で一番の権力を持った女性になるからね。家の格も上がるから、家族も必死だよ。でもこれは自分ではどうすることもできないでしょ? だからせめて竜王様に気に入られて妾になれればと、意気込むんだろうけど……」



 そう言うと、リドルさんとリディアさんは同時に顔を見合わせ、苦笑いをした。



「竜王様にその気がありませんからね……」

「だから、パーティーをしても意味がないというか。でもやらないと年頃の娘をもつ貴族たちがうるさいだろうし……」



 二人がそう言い切るところを見ると、竜王様は本当に興味がないんだろうな。板挟みになるシリルさんやリディアさんは大変そうだ。それにしても、あのパーティーはただのお見合いではなく、そんな権力に関する戦いの場でもあったとは……。



 はあ、気が重くなる。日本に帰れないなら、ここで生活していかないといけないのに、周囲から憎まれているなんて前途多難だ。私が大きなため息をついていると、リディアさんは安心させるようにニッコリとほほ笑んだ。



「今回のことで地方からいらしたご令嬢方には、お城でお部屋を取りました。すぐにパーティーは開催されますから、リコのことを気にしている暇もありませんよ。今頃ドレスなどの準備で忙しくしているはずです」

「それなら大丈夫だな! 基本的に竜人は短気だが、過ぎたことは気にしないから。僕もリコが働き者で良い子だって、ここに来る騎士たちに話しておくよ」

「いいんですか! ありがとうございます!」



 本当に嬉しい。リドルさんは働き者が一番好きみたいで、私のことを気に入ってくれたようだ。片付けまで終えて挨拶すると、リドルさんは「また明日ね〜」と手までふってくれた。これなら明日からも、ここで働けそう! 今日はギークという騎士に嫌がらせをされてつらかったけど、リドルさんという味方もできたから一歩前進した気がする。



(パーティーが開催されて、地味に生きていれば、私の存在なんてみんな忘れてくれるよね……。ううん、そう願うしかない!)



 そんな願いを胸にリディアさんと一緒に騎士団寮内から王宮に戻ると、私の新しい部屋の準備が整っていた。リディアさんの隣の侍女部屋で、日本でいう1LDKといった感じだ。キッチンもお風呂もちゃんとついていて、昨日泊まった客室とは違うけれど、備え付けの家具も品質が良い。



「昨日の客室より狭くなりますけど、大丈夫ですか? 嫌でしたら変えることもできますけど……」

「とんでもない! このお部屋でも贅沢すぎるくらいです! ありがとうございます!」



 その後もひととおり、部屋の使い方を教えてもらった。食事は王宮で働く人用の食堂があるみたいだけど、安全面を考慮して昼と夜はリディアさんが部屋まで持ってきてくれることになった。申し訳ないけど、私が王宮を歩き回るほうが迷惑だと思うので、ありがたく受け入れることにした。



(きっとこの部屋も、位の高い人のお世話をする、特別な侍女部屋なんじゃないかな……)



 このお部屋は王宮の中でも、竜王様の私室にかなり近い場所にあるらしい。最初は「そんな近くに私がいることがバレたら……」と不安になったけど、非公開の場所なので貴族令嬢であっても誰がどこに部屋を持っているかを知ることができないそうだ。しかも念の為、私が昨日泊まった客室も、そのままにしてくれていた。



「ここに、竜王様からいただいたお茶を置いときますね。今日は疲れたでしょうから、ゆっくりしてください。お仕事もお昼からなので、頃合いを見て私が起こしに来ますから」



 そう言うとリディアさんは、隣の自分の部屋に帰って行った。この世界に来て二日目とはいえ、いたれりつくせりで申し訳ない。お料理も運んでもらって、私の目の前にはレストランで食べるような豪華な食事が置いてあった。



「お、美味しい!」



 今日のお昼はあまり食欲がなくて、竜王様との話し合いで食べたケーキだけだったのよね。本格的にこちらの料理を食べたのは初めてだったけど、日本人の私にもちょうど良い味付けで、食べすぎてしまいそう。きっと多めに持ってきてくれたと思うのだけど、案の定私は全部平らげてしまった。



「あのまま強引に、私に料理を改善させろなんて言わなくて良かった。恥をかくところだったよ……」



 いまだに自分のこの世界での役割はわからないし、そもそもないのかもしれないけど、迷惑だけはかけたくない。今はまだ頼ることが多いけど、しっかり体力をつけて頑張ろう! そんなことを考えながら食べ終わったお皿を綺麗に洗い終えると、ふと竜王様からもらったリュディカという貴重なお茶が目に入った。



「せっかくだから、あの甘いお茶、飲もうかな……」



 お茶の葉が入ったティーポットにコポコポとお湯を入れると、甘い香りの湯気が立ち上がり、なんだか心が落ち着いてくる。一口飲むとお茶の温かさと、優しい風味が口いっぱいに広がり、私はほうっと息を吐いた。



(本当にこのお茶、美味しい。一日頑張った時のご褒美として飲もうかな)



 昨日からのドタバタした時間が嘘のように、今は静かに過ごしている。外も風が吹いてないようで、しんと静まり返っていた。聞こえてくるのは、お茶に吹きかける自分の息づかいだけ。



 するとどこからか、コツコツと何かを叩く音が聞こえてきた。



「……え?」



(リディアさんかな? でも音がしたの扉じゃなかった気がする……)



 それでも急いで扉に向かって「リディアさんですか?」と言うも、返事はない。それにリディアさんだったら自分から名前を名乗ったうえで、ノックしてきそうだ。



 ――コンコン



「……っ!」



 やっぱり聞こえた。何かをノックする音。そしてその音は、私の背中側にある「窓」から聞こえてきた。

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