表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/36

07 竜王のもう一つの姿

 

「きゃあああ! シリルさん! 竜王様が! お、落ち……」



 あわててバルコニーの手すりに駆け寄り、下を確認するも誰もいない。さっきまでここにいた竜王様の姿は影も形もなくなってしまった。終いにはさっきまで晴れていた空がどんよりと曇ってきて、地鳴りのような音まで辺りに響き始めている。



(竜王様、どこに行ったの? 下にもいないけど……)



 キョロキョロと見回すもどこにもいない。その間にもビリビリと空気を震わす振動が、手すりから伝わってきた。



「りゅ、竜王様……?」



 急激に変化した周りの雰囲気に、もう怖くて泣きそうだ。心もとない気持ちで竜王様を呼ぶけど返事はなく、否が応でも不安をかき立てられた。そんな時だった。



『おい、こっちだ』



 頭上からくぐもった声が聞こえてきた。



(えっ! まさか!)



 信じられない思いで上を見上げると、そこにはとんでもない大きさの黒竜が浮かんでいた。大きいなんてもんじゃない。十メートルはあるだろうか。しかも私は勘違いをしていたようだ。空が曇ったんじゃない。空いっぱいに広がった翼が影を作っていたせいで、暗かったのだ。



 黒竜の後ろにある空は綺麗な青空で、体が太陽の陽光でキラキラと輝いている。鱗の一つ一つが虹のように艶めき、現実の光景とはとても思えなかった。



『どうだ? カッコ良いだろう』



 圧倒され言葉も出ない私に、姿を変えた竜王様は満足したようだ。自慢気にそう言うとバサリと翼をたたみ、気づいた時には、人間の姿で目の前に立っていた。それでも私はパチパチと瞬きしたくらいで、呆然として動けない。



「なんだ、竜は初めて見たのか?」

「……えっ? あ、はい! 私のいた世界では竜は空想上の生き物だったので、すごく驚きました。最初は威圧感があって怖かったですが、それよりも……」



 まだ胸の鼓動が止まらない。突き抜けるような青空に黒く艷やかな竜が大きな翼を広げ、私を見ていた。あの光景が瞼から消えなくて、私は自分の胸にそっと手を当てた。



「それよりも? なんだ?」

「……とても美しかったです」

「……っ!」



 本当に美しかった。ファンタジーの世界でしか見たことがない、いわゆるドラゴンと言われる生き物。アニメや漫画では見たことがあったけど、実物は研ぎ澄まされた美しさがそこにあった。



(もう少しだけ、竜の姿を見ていたかったな……)



 そんな名残惜しい気持ちで竜王様をのぞき見ると、さっきまで自慢気な顔をしていたのに、今は口元を押さえ顔を赤らめていた。



「竜王様……?」



 しかし様子を覗いていた私と目が合うと、すぐにいつもの自信満々な笑顔に戻ってしまった。



「……そうか、そんなに嬉しいなら、リコにはいつでも見せてやるからな!」

「駄目です!」



 私の代わりに返事をしたのはシリルさんだ。鋭い目つきで竜王様をにらんでいて、どうやら怒っている。急いで駆け寄ってきて私の肩を揺さぶると、声を荒げた。



「リコ! 体調は大丈夫ですか!」

「えっ? だ、大丈夫ですけど……?」



 いったいどうしたのだろう? シリルさんだけでなく、後ろにいるリディアさんも顔を真っ青にして私を見ている。



「本当に? 目はちゃんと見えてますか?」

「目? は、はい。もちろん見えてますけど……」

「……もしかして、これが迷い子様の力なのでしょうか?」



 シリルさんは私の体調に変化がないことに、目を丸くして驚いている。竜王様も「そういえば、リコは平気だな」と呟き、私の顔をまじまじと見ていた。



「竜王様の竜化した姿は、平民だと威圧がすごくて体調を崩してしまうのです。リコは竜人でもないですし、そのうえ異世界から来ていますから心配しました。本当に気分は悪くないですか?」

「大丈夫です。むしろもっと見ていたかったくらいで……」

「そうですか……」



 シリルさんは安心したようで、ホッと息を吐いていた。リディアさんも「良かったです」と言って、私の背中をさすっている。二人とも本当に心配してくれていたようだ。



「竜王様を前にしても平気そうでしたから、竜の気に耐性があるとは思っていたのですが。竜化した姿にも体調を崩さないどころか、もっと見ていたかっただなんて。やはり、リコは迷い子様なんでしょうね」

「そういった細かいことは、文献には書いてなかったからな。このことも何かの役に立てばいいが……」

「そうですね。しかし竜人なら、みな似たような体質ではありますし……」



 ひとつ私の体質で良いところは見つかったけど、やっぱり特に役立つものじゃないみたいだ。それでも迷惑をかけないようならまだマシね。元気があれば、働けるもの!



「それにしても竜王様が姿を変えると、飼育している竜たちが怖がります! 今頃竜舎にいる子たちは怯えているでしょうし、訓練中だったらパニックになって、騎士が怪我をしているかもしれません。きっと今頃様子がおかしいと騒いでいるはずです」



 シリルさんは大きなため息をついて、竜王様を睨んでいる。どうやらさっきの竜化で仕事が増えたようだ。それでも当の本人は「たるんだ士気を高めるのにちょうどいいじゃないか」と言って鼻で笑っているけど。そんな様子を呆れ返った顔で見たあと、シリルさんはこちらを振り返った。



「リコ、申し訳ないですが、私はこれから騎士団の様子を見に行かなくてはなりません。寮の食堂へはリディアと一緒に行ってもらえますか?」

「わかりました! リディアさんお願いしていいですか?」

「もちろんです」



 今日のところはとりあえず、挨拶だけでいいらしい。様子を見て働くのが無理だったら止めていいと言われたが、そんな我儘を言うわけがない。むしろ働けるなら、今日からでも働かせてもらいたい。



「リコ、無理しなくていいぞ」



 そう言うと竜王様は部屋を出て行った。横でシリルさんが「私はこれから騎士団の後始末がありますからね!」と嫌みを言っているけど、知らんぷりだ。



(とりあえず仕事は決まったわ! あとは平民として暮らせるよう頑張らなきゃ!)



 私は「よし!」と言って気合を入れると、仕事着に着替えるため衣装部屋に入って行った。



 ◇



「ここが騎士団の食堂……!」



 食堂と言っていたので、こぢんまりとしたイメージだったけど、百人は座れそうなほど広かった。しかもリディアさんから聞いたところによると、今は食堂の主人一人で切り盛りしているらしい。



(こんな広さを一人で? それなら私でも歓迎されるかも!)



 それなのに食堂の主人は、私がここで働くのを戸惑っているようだ。チラチラとリディアさんを見ては「彼女は迷い子様なんだろう? 本当にこんなとこで、働かせて大丈夫?」とつぶやいている。どうやら私が迷い子だということまで聞いていたようで、面倒なヤツがきたと思われているみたいだ。



(そんな……! ここで採用されなかったら困る! しっかりアピールしないと!)



 いわば今はアルバイトの面接だ。私は食堂の主人の前に立ち、自分をアピールすることにした。



「私は元いた場所で、同じ仕事をしていましたから、今からでも手伝えます! 役に立ちますので、ぜひここで働かせてください!」

「えぇ? で、でもあなたは迷い子様でいらっしゃるし……」



 するとリディアさんが間に入って、説明してくれた。



「大丈夫です。リコの言うとおりにしてください。竜王様もご存知ですし、それが迷い子様の望みですから。口調も砕けて良いですよ」

「そ、そうなのかい?」

「はい! よろしくお願いします! 私に特別扱いはいりませんので、ビシバシ鍛えてください!」



 履歴書でも作ってくれば良かっただろうか。私は信じてもらえるよう、こちらに来る前のファミレスの仕事内容を話し始めた。



 時々「ハ、ハンディってなんだい?」「ドリンクバーの清掃……いや、ドリンクバーって?」と疑問がわいたようだけど、私の仕事への熱量は十分伝わったようだ。食堂のご主人も「よくわかんないけど、働きたいのは伝わったよ」と言って、ようやく納得してくれた。



「なら、ホールで食べ終わってるお皿を片付けてくれる?」

「わかりました!」



 今は昼時を過ぎているせいか、食事をしている人はいない。食べ終わった食器だけがテーブルに残っていたので、早速片付けることにした。ふと横を見るとリディアさんも手伝ってくれている。



「リディアさん、私の仕事なのにすみません!」

「大丈夫です。私もしばらくは一緒にここで働きますから」



(う、嬉しい! リディアさんと働けるなんて、なんて心強いんだろう!)



 慣れた仕事とはいえ、一人でするのは心細かったのだ。それにしてもリディアさんは侍女なんだから、もともとは誰かのお世話をしていたんじゃないのかな? その人のところに戻らなくてもいいのだろうか?



 そんなことを考えながら食器を片付けていると、お皿の横にキラリと光るものを見つけた。



「ん? ネックレス……?」



 白い石がついているネックレスだ。革紐で作られたもので、使い込んである。きっと忘れ物だろう。リディアさんがちょうどキッチンのほうに行ってしまったので、私はそのネックレスを手に、ご主人に話しかけようとした、その時だった。



「おい、おまえ! また無断で入ってきたのか! ここは騎士団の寮内だぞ!」



 突然の怒鳴り声にぴょんと体が跳ねた。その聞き覚えのある声に一瞬で心臓がバクバクと動き出し、逃げたいのに体がすくんで動けない。



(この声! もしかして……)



 恐る恐る振り返ると、そこには私をにらみつける騎士が一人。私を憎々しげに指差し近づいてくるその人は、昨日私を捕縛し、髪の毛を引っ張った男だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ