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05 やっぱりここは異世界

 

「すまないリディア、リコ様のお支度はもう済んでいたか?」

「はい、ちょうど終わったところです」



 シリルさんが申し訳なさそうに、こちらに声をかけてきた。実際にちょうどヘアセットまで終わったところで、鏡の中の私はおとぎ話に出てくるお姫様の姿だ。



(すてき……!)



 さっきまでの私はドレスを嫌がってはいたけれど、それはあくまで周囲の人とのトラブルを避けるためだ。子供の頃からプリンセスが出てくる物語が大好きだったので、いざ着てみるとワクワクが止まらない。



(だってこんな素敵なドレスが着れるのも、今日くらいだもん。明日からはリディアさんみたいにエプロンを着て働かなくちゃ!)



 私はドレスのスカートをほんの少しつまんで、左右にゆらゆらと揺らした。裾の刺繍は金糸と銀糸が使われていて、布が波打つたびにキラキラと光っている。



「けっこう似合ってるじゃないか」

「きゃっ!」



 その声に振り返ると、竜王が衝立の影から姿を現した。どうやら私が夢中でドレスを(ひるがえ)しているところを黙って見ていたようで、面白がるようにニヤニヤと笑っている。



「あっちでは、こういったドレスは着ないのか?」



 そう言って近づいてきた竜王は、昨日と違って黒の軍服姿だった。肩にかけているマントの裏地は赤で、きっとこれは彼しか身に着けられないのだろう。昨日はどちらかというと豪華な民族衣装で砂漠の王様といった雰囲気だったけど、今日の彼はまるでおとぎ話の王子様。その圧倒されそうな美しさに胸が高鳴り緊張したけど、見えないように深呼吸をして心を落ち着かせた。



「に、日常的にはドレスは着ません。こういうのを着るのは、自分の結婚式くらいでしょうか……」

「ほう、おもしろいな。まあ、こちらの服装を気に入ったようで良かった」

「あっ……でもこれは――」

「ほら、いくぞ」



「今日だけですから!」と説明しようとするも、それを遮るように竜王の手が私の前に差し出された。これはもしかして、エスコート? ちらりと竜王の顔をのぞき込むと、私が手を出さないので不思議そうに首をかしげている。



「ああ、そうか。こういう文化もないのだな」

「知ってはいるのですが、日常的にやったことがなくて……」



 プリンセス好きな私にとって、ドレスを着てエスコートされるだなんて、妄想の中の世界だ。しかも一国の王様とだなんて、恥ずかしくて想像すらできなかった。それなのに目の前には竜王がいて、私に手を差し伸べている。



「ほら、こうして俺の手の上に、自分の手を置くんだ」



 するとモジモジしている私を見かねた竜王が、サッと手をつかんだ。そしてそのままお互いの手が重ねると、「さ、行くぞ」と言って歩き始める。



(今日だけ、今日だけ楽しもう……)



 まるで自分が映画の中に入り込んでしまったようで、耳まで熱くなってくる。収まったはずの胸の鼓動も早鐘のように鳴り始めどうすることもできない。



 そのうえドレス姿で歩くのに慣れていなくて、よろめいてしまった。やっぱり理想と現実は違う。そんな足元がおぼつかない私を見て竜王は楽しそうに笑っているけど、私は結局席に着く短い間で顔が真っ赤になってしまった。



「よくお似合いですよ」



 シリルさんが優しく声をかけてくれたけど、さっきまでのヨボヨボエスコートのせいで、苦笑いしかできない。リディアさんも私たちを見て満足そうにほほ笑みながら、お茶を注いでいる。



「飲んでみろ。この国でしか採れない、リュディカという貴重なお茶だ」

「は、はい!」



 どうも竜王に命令されると、元気よく返事をしてしまう。彼もそんな私の態度が面白いようで、口の端を上げていた。私ったら、せっかく素敵なドレスを着ているのに。しかも今日限定。深呼吸をし気を取り直すと、私は豪華なドレスにふさわしい優雅さで、お茶をこくりと飲んだ。



「美味しい……! すごく美味しいです! それにほんのり甘くて。これはお砂糖が入っているのですか?」



 そのお茶は味わいは紅茶に似ているけど、色は透き通った黄金色だった。後味はスッキリしているけど、どこかほうじ茶のような香ばしさもあって、とても美味しい。



(お砂糖を入れたベタっとした甘さでもないし、蜂蜜のような癖のある感じでもないわ。ドライフルーツを入れてる? でも果物の香りはしないし……)



 今まで飲んだことがないお茶の味について真剣に考えていると、竜王は私の反応に満足したのか、嬉しそうに笑っている。



「いや砂糖も蜜も入れていない。もともとこのお茶の葉が甘いんだ。緊張をほぐす効果があるから、今日から寝る前にでも飲むといい。リディア、リコが気に入ったようだから今日から用意してやれ」

「かしこまりました」



(え? ちょ、ちょっと待って。これ貴重なお茶だって言わなかった? どうしよう。お茶は美味しいけど、特別扱いは怖い!)



 でも正直この和やかな雰囲気で断るのはもっと怖い。どうしたものかと考えていると、興味津々な顔をした竜王が私に話しかけてきてしまった。



「それで、まず聞きたいことなんだが。おまえはなぜ、わが国キリル王国の言葉が話せるんだ?」

「えっ? 話していませんけど……」

「話してるぞ? ……おい、シリル、リディア、話しているよな」



 そう竜王に尋ねられた二人は、お互いの顔を不思議そうに見合わせたあと「はい」と答えた。



(えっ? じゃあ私は日本語じゃなく、この国の言葉を話してるってこと? 漫画とかで見たように自動翻訳されてるってことなのかな?)



 でもそれを上手に説明できそうにない。どうやって? と言われても私にもわからないから、答えようがないし。混乱した私が黙ってしまうと、竜王が一枚の紙とペンを私の前に置いた。



「ならここにリコの国の言葉を書いてみろ」

「は、はい!」



 当たり前だけどボールペンなどはないらしい。インクにペン先をつけて書く、いわゆる付けペンを受け取ると、私はなるべく綺麗な文字で「私の名前は橘莉子です」と書いた。



「どうですか? どう見えてますか?」



 もしこの文字も自動翻訳されるなら、これから働くのにすごく便利で助かるのだけど。私がドキドキして待っていると、竜王はその紙を見ながら眉間にしわを寄せ、ため息をついた。



「……いや、これはまったく見たことがないな。違う国の言葉か、それとも落書きか? 一体なんて書いたんだ?」

「ら、落書きじゃないです……。私の名前は橘莉子ですと書いたのですが、駄目でしたか」



 すると竜王から紙を受け取ったシリルさんが、私の書いた文字を見て興味深そうにしていた。目がらんらんと輝いているのを見ると、彼は学者タイプなのかもしれない。



「面白いですね。リコ様は戸惑わずにスラスラとこれを書きましたから、落書きではないでしょう。何か規則性も感じますし、この文字なんてまるで絵だ」



 シリルさんは私の名前の漢字を指差し「また他にも書いてもらわなくては」とつぶやいている。実験体のように私を見るのでちょっと怖いけど、嘘をついていると誤解されなくて良かった。でもこれではっきりしたのは、話す言葉は自動変換されてるけど、文字はされてないってこと。どうしてそうなるのかわからないけど、なぜ私がここにいるかと一緒で、理由なんてなさそうだ。



 そんなことを考えていると、シリルさんが私の目の前に一冊の書物を差し出してきた。



「この文字を、リコさんは読めますか?」



 置かれた書物を手に取ると、表紙には何か薄く文字が書いてあった。かなり古い本でインクが劣化してしまったのだろう。じっくり見なければ、そこに文字が書いてあるのかすらわからない。



「五百年前に現れた迷い人様が書かれた書物です。しかしこれは私たちには読めません。リコ様なら読めるかと思ってお持ちしたのですが……」



 五百年前に現れたというお医者さんが書いた本か。もし同じ地球人ならわかるかもしれない。私が食い入るようにじっと見ていると、表紙の文字の正体がわかった。英語だ。ダイアリーと英語で書いてあって、中を開いてみるとやはり英語で何か書いてあった。



「……この文字が何かはわかります。でも私とは国が違いますので、全部は読めそうにないです。日記のようで、えっと、竜王との会話は面白いとか、お茶が甘くて美味しいとか書いてありますね」



 英語は全く得意じゃなかったけど、日記だからか単語だけ拾っても、書いてあることが少しは読み取れた。私が書物の内容を伝えると、竜王はあからさまにガッカリした様子で「なんだ、日記か」と笑っている。何か新発見があるかと思っていたのかもしれない。



「前回初めて迷い人が来た時は、この国に疫病が流行していた。だからこそ医者であるその迷い人が来た時は、天が授けてくれたと大騒ぎになったようだが……。今はこの国はおろか周辺国も平和で問題は起きていない」



 竜王は飲んでいたお茶のカップをテーブルに置くと、美しい顔でにっこりとほほ笑んだ。その嘘くさい笑顔に嫌な予感しかない。



「それで、おまえは何ができるんだ?」



 私はその質問に飲んでいたお茶が器官に入り、ゲホゲホとせき込んだ。

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