36 エピローグ 今日も地味には生きられない
「は〜い! みんな〜! こっちに集まってね〜」
『はあ〜い』
『おれがいちばん!』
『おれのほうが、はやい!』
「コラコラ、喧嘩しないの!」
トレジャーを産んで、もう三年。王宮には無事保育園ができ、今日もたくさんの幼竜を預かっている。
『みんなリコ先生の言うことを聞いて、ちゃんと並ぶんだ! 騎士団に入ったら指示に従えないヤツは、クビだぞ!』
あわてて幼竜たちは並びはじめ、心なしかピシッとしている。ちなみにこの保育園内では私の趣味で「リコ先生」と呼んでもらっていた。最初はみんな「お妃様」と呼んで距離があったので、変えてもらったのだ。おかげで保育園の先生気分を十分に味わっている。
「ヒューゴくん、いつもありがとう」
『いえ、騎士団の訓練の合間ですし、後輩を教える練習にもなりますから』
あいかわらず謙虚で努力家のヒューゴくんは、白竜チームのリーダーに昇格していた。私以外を乗せることはないけれど、的確に他の竜に指示を出せることが認められたからだ。そのおかげで、以前よりも自信がついたようで、毎日イキイキとしている。
「みんな〜お昼寝の時間ですよ〜」
『は〜い』
竜たちは素直に返事をして、好きな場所で丸くなって寝始める。それでも子どもの竜が集まればトラブルは起こるもので、あっという間に喧嘩が始まってしまった。
『リコせんせ〜! リックがぼくのしっぽ、かんだぁ!』
『ぼく、行ってきます』
「リコ様、わたくしも見てきますね」
リディアさんもなかなかに幼竜の扱いがうまく、竜人のなかでも優しい性格なので、みんな大好きだ。今も彼女が様子を見に行っただけで、しっぽをブンブン振って飛びついている。
『リディア先生、いっしょにねよう?』
「リディアさん、一緒に寝てほしいそうです」
「ふふ。わかりました。じゃあ私はここで寝かしつけをしますね」
『ヒュー、ぼくもヒューといっしょにねたい!』
『クルル、おまえは俺といつも一緒に寝てるだろ……』
しばらくすると二人のおかげで、みんなスヤスヤと寝始めた。黄竜なんてお腹を出して寝ていて、性格がよく出た寝相に、思わずクスリと笑ってしまう。
「おっと、これも日誌に書いておこう」
幼竜の保育園でいろんな竜と接しているうちに、だいぶ竜たちの特徴がわかってきた。例えばヒューゴみたいな白い竜は比較的大人しいけど本当は甘えん坊とか。我慢強いけど、ストレスをためやすく、お腹をよく壊してしまう。
(甘えたいけど甘え下手な子が多くて、遊び場のすみでじっとしているのが白竜なのよね)
今も白竜の子たちは、すみでまとまって寝ている。小さな音でも敏感に聞き取りすぐ起きるので、さわがしい黄竜とは離して寝かせたほうがいい。
私は特徴や注意事項をサラサラと紙に書いていく。これをシリルさんにこの世界の言語で残してもらい、各地に役立ててもらうようにしている。最近は実際に見学をしたいという人も増えて、この保育園も感謝されていた。
「えっと、次は青竜で……」
「竜王様! まだ仕事は残ってるんですよ!」
シリルさんの大声が頭上から聞こえ、何事かと振り向くと、そこにはリュディカが立っていた。すぐさま私に抱きつき、なにやら充電中らしい。
「はあ……リコが足りない」
「またサボってるの? ダメよ、シリルさん困らせちゃ」
リュディカのサラサラした髪の毛をなでながら窘めると、本人はフンと鼻を鳴らして抗議する。
「大丈夫だ。ちょうど休憩を取ったところだからな。俺の休憩は、リコをさわらないと終わらないんだ」
「まったく……」
それでも私の首に顔を埋め、スリスリと甘える姿に、頬が熱くなる。すると私のエプロンのポケットがモゾモゾ動き、なにやら文句を言い始めた。
『パパ! パパは国王なんでしょ? ダメだよママは仕事なんだから邪魔しちゃ』
「チッ、ここにいたのか」
二人はバチバチと睨み合い、口喧嘩を始める。いつものことだ。
「おまえはもうすぐ、兄になるんだぞ。そろそろ母離れしたらどうだ?」
『パパこそ、仕事が残ってるんでしょ? 妻離れしたらどう? それにここは僕が通ってる保育園だよ』
トレジャーは私の血が混じっているからか、言葉の発達がとても早く、もう大人顔負けの語彙力で実の父を言い負かそうとしている。
「はいはい、二人ともそこまで。リュディカはあと少しだけ休憩したら、仕事に戻ってね。トレジャーは竜気が溜まって苦しいんだから、大人しく寝てなさい」
『は〜い』
「しょうがないな」
二人は納得すると、リュディカは私の膝枕で芝生の上に寝転び、トレジャーはまたポケットの中に戻った。二人はさすが親子というか、同時に喉をクルルと鳴らし始め、ご機嫌なようだ。
(なんだかんだ言っても、二人はこのやり取りが楽しいのよね)
毎日のように繰り広げられる茶番のような光景に軽いため息を吐いたあと、私はそっとお腹に話しかける。
「あなたも大変なパパと、お兄ちゃんをもつことになるわね」
私は今、第二子を妊娠中だ。しかし今度は卵じゃない。竜王になる子どもは一人と決まっているので、第二子以降は人間の赤ちゃんとして生まれてくるらしい。
トレジャーはまだ人間の姿にはなれない。リュディカいわく、最初の人間化にはかなりの力がいるので、竜気を溜め込む必要があるのだ。今がまさにその時で、もうすぐ人間の姿も見られると言われている。
(いつ人間化してもいいように、服も準備してあるんだけど、まだ時間がかかりそうね)
反対に今お腹にいる子は、人間の姿で生まれ、そのあと竜気が溜まったら竜化できる。
「みんな、待ってるからね」
お腹を優しくなでると、返事をするようにポンと蹴られた。その懐かしい感触に、なんだか目の奥がきゅっと切なくなる。するとそんな感傷的な気持ちを吹き飛ばす声が、聞こえてきた。
『訓練終わったから、ぼくも手伝う〜!』
「キールくん……!」
「ああ……」と頭を抱えても、もう遅い。キールくんは訓練からの開放感からか、大声でみんなが寝ている場所に飛び込んでいく。案の定、みんな起きてしまい大騒ぎだ。
『キール! 今寝かせたところなんだぞ!』
『ご、ごめん……!』
ヒューゴの怒り声にビクビクと反省中だけど、もう黄竜の子たちは『おひるね、おわりだー!』と騒ぎ始め、青竜は静かに苛立ち、白竜は寝ぼけ眼で首をゆらゆらと揺らしている。終いには、黄竜と青竜で喧嘩になってしまった。
『おまえら、止めろって!』
「リコ様! すみません! わたくしの手にはおえません!」
「はあ……今日も大変だわ」
あわてて喧嘩を止めるために、リュディカの頭をどかすと、顔が不満気だ。
「ほら、リュディカも執務室に戻って」
「まだ、リコが足りないのだが?」
『パパ、もう行きなよ〜』
「フン。まだ人間にもなれないおまえの注意など聞かんぞ」
『むうう!』
(ああ、もう! あっちもこっちも、竜人というのは本当に短気で、喧嘩好きなんだから!)
するとリュディカの言葉にそうとう腹が立ったのか、トレジャーがポケットから出てきた。
『ぼくだって、人間になれるもん! ふんんんん!』
「もう、無理しないで……わあ!」
体に障るから止めようとした瞬間、ポンと音を立ててトレジャーが三歳くらいの男の子になった。
ただし、裸で――
「できたー! ほら! パパ見て!」
「おお! さすが俺の息子だ! ものすごくかわいいぞ!」
「えへへ! パパ大好き! ママも見て〜」
「かわいいけど、服を着て〜!」
さっきまで喧嘩していた二人は大喜びで抱き合って、服を着ていないことなんて気にしちゃいない。しかもそのまま王宮や騎士団のみんなにお披露目しようと、トレジャーを抱えたまま走り出してしまった。
「わわ! 二人とも待って!」
「ママ、早く来て〜」
「リコ! 置いていくぞ!」
トレジャーの着替えをあわてて掴んで走り出すも、興奮したリュディカの足には追いつけそうにない。それでも二人が本当に楽しそうに笑っているのを見ると、その姿に涙がこみ上げてきそうになる。
(この世界に来たばかりの私に、教えてあげたいな)
竜王の運命の花嫁である私は、殺されないですんだけど、地味に生きられるわけもなく。今日もドタバタと幸せな毎日を、愛する家族と生きてるよって。
「ママ〜」
「リコ!」
二人が振り返り、私に手を振っている。まぶしいほどの笑顔に、胸が熱くなっていく。
きっとこんな素晴らしい日が、ずっとずっと続いていくだろう。
「今、行く!」
私は元気な声で返事をし、愛する家族のもとに駆けよった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 読んで下さったかたのおかげで無事、完結することができました。本当にありがとうございます!
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