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35 リコの出産!


 結婚式から、半年後。私は無事、妊娠していた。でも正直不安ばかりで、毎日薔薇色とはいかない。



「だって、卵くんが全然話しかけてくれないんだもん!」

「妊娠したら、普通はお腹から胎児は話しかけてこないものだと思うが?」

「それはそうだけど……早く会いたい!」



 私はお腹をさすりながら、リュディカの膝に座っている。場所は中庭で護衛の人や侍女もたくさんいるが、もうこの体勢も日常になり、人前でキスするのも平気になっていた。慣れって怖い。



「それに卵の時だって、普通は一言話したら終わりで、ずっと話している妃はいないぞ」

「そうなの?」

「ああ、だから先にあんなに話せたのは、幸運だと思えばいいんじゃないか?」

「そっか……でもね、人間だとお腹の赤ちゃんが蹴ったりするでしょ? キックゲームって言って、私がお腹を叩いたら、赤ちゃんが蹴り返してくれて、それでコミュニケーションを……ううう」



 保育の勉強で知った胎教が、今の私には全然活かせない。むしろ妊娠前のほうが卵くんと会話をしていたので、今の状況が淋しくてしょうがないのだ。いわゆるマタニティブルーなのかもしれない。



「う〜ん……しかし、それはしょうがない。リコは卵を身籠っているのだからな」

「それはそうだけど〜!」



 そう、なんと私は赤ちゃんじゃなくて、本当に卵を身籠っている。これは竜気が強い竜王の子だけで、他の竜人は普通に人間の赤ちゃんを産んでいるらしい。



「あと少しだ。俺も早く会いたい」

「うん。私も。あっ! 名前の候補、リュディカは考えた? 私は一つだけ決めたの」

「なんて名だ?」



 こんなに情緒不安定な私でも、リュディカはいつも優しく、そしてとろけるように甘く接してくれる。時々「きっとこうしてリコが俺だけを見てくれるのは、妊娠中までだからな」とからかってくるけど、本当にそうなりそうな予感でいっぱいだ。



「そういう意味があるのか。なら俺もその名前がいいと思う。俺が考えていた名前も、意味が同じだからちょうどいい」

「本当? それならこれで決まりね」



(卵くん。二人で名前を決めたよ。だから早く出ておいで)



「リコ」

「ん?」



 リュディカの宝石のような瞳に見つめられ、私たちは自然と唇を重ね合わせる。きっとこんな静かで甘い日々はあと少しだけ。私たち夫婦は、幸せな毎日を確認しあうように、何度もキスをした。




 ◇



「お妃様が無事、卵をお産みになりました!」

「そうか! リコ! 大丈夫か!」



 バタンと勢いよく扉を開け、汗だくのリュディカが入ってきた。私の苦しむ声が聞こえても何もできないからか、力だけは入っていたようだ。私よりも疲れているように見える。



「ほら、パパが来たよ〜。早く殻から出ておいで〜」

「これはいつ頃、出てくるんだ?」

「もうすぐですよ」



 無事、我が子(卵)を取り上げてくれたのは、リディアさんだ。とはいっても、卵の大きさはわりと小さいので、リディアさんでもできるのだそう。



「早く出ておいで」

「男ならさっさと蹴破ってこい!」



 赤いミニクッションに置かれた卵が割れるのを、いつもの四人でじっと見守っている。すると、ミシッと微かな音が聞こえてきた。



「来るぞ!」

「ドキドキする!」

「メモを取らねば!」



 パリ……パリ……パリ……



 少しずつ卵に大きなヒビが入り、一枚目の欠片がクッションに落ちる。そしてその割れた隙間から翼らしきものが、ピョンと弾けるように飛び出てきた。



「か、かわいいぃ……!」



 そのまま少しずつ出てくるのだろうと思っていると、いきなりバリバリバリと爆発するように卵が割れ、目の前に小さな黒い竜が現れた。



「……っ!」



 誰もが話すのを忘れ、静かに見守っている。



 赤ちゃん竜はくわ〜っと大きな欠伸をして、まだ目が閉じている。キョロキョロと首を振ったあと、目が開いていなことに気づいたようだ。コシコシと目を擦り、目を開けようと頑張っている。



 そして時々バランスを崩して後ろにコロンと転がったりしながら、ようやく大きな瞳がパッチリと開き、私と目が合った。



『ママ! やっとあえた!』



 ポロポロと大粒の涙が次から次にあふれ出し、息子の顔すら滲んで見えない。私も本当にあなたに会いたかった。あなたがいなければ、私は幸せになれなかった。



「ママも会いたかったよ!」



 その言葉に息子は小さな翼をバッと開き、パタパタと羽ばたかせている。すると私の肩を抱いているリュディカにも気づいたようだ。



『あっ! パパもいる! かっこいい!』



 その言葉を通訳しようと、リュディカのほうを見上げる。しかし彼は今まで見たことないような呆けた顔で、自分の息子を見ていた。



「リュディカ? 大丈夫?」

「……リコ、これは俺の幻聴じゃないよな?」

「え? リュディカ、どうしたの?」

「俺の息子が話してるのが聞こえるんだが」

「えっ! じゃあ今、パパかっこいいって言ったのもわかったの?」

「ああ! やっぱりしゃべってるんだな!」



 以前聞いた時には、赤ちゃんの竜は話すのに時間がかかると言っていた。そのうえ竜気の多い子だと時間がかなりかかると聞いていたから、覚悟をしていたのに。するとリディアさんたちも、信じられないという表情でこっちを振り返った。



「わ、私にも聞こえましたが」

「私にもです」


『このこえは、シリル! それとリディア〜』

「まあ! わたくしの名前をご存じで?」

「どうして話せるのでしょう? それに卵の時の記憶もあるようです。あっ! メモを取らなくては!」



 その場は一気に騒がしくなり、竜王様たちはどういうことだと考えている。



「リコ様の血が混ざったからじゃないでしょうか?」

「なるほど、ありえるな」

「それなら、これから竜王となる者は、幼竜の頃から言語能力が発達しているかもしれませんね。むむ。もしかしたら竜と話せる能力も受け継いでいる可能性もありますよ! これは凄い!」



 シリルさんは「メモが足りない!」と出て行ってしまった。その間も私のかわいい赤ちゃん竜は、なんとか飛べないかとパタパタと翼を動かしている。



「そうだ! あなたの名前、パパと決めたのよ」

『なに、なに〜?』



 私とリュディカはピッタリとくっつき、お互いの顔を見てほほ笑んだ。



「あのね、『トレジャー』ていう名前にしたの。意味は『宝物』。あなたは私とパパの宝物だから、そう決めたの。どう?」



 最初は日本語で考えてたけど、このファンタジーな世界ではどうもしっくりこなかった。それで英語にしたのだけど、気に入ってもらえるといいな。するとトレジャーはバタバタと翼を動かし、大喜びしている。



『ママ! パパ! ぼく、うれしい!』



 あまりにもトレジャーが翼をバタつかせるので、リュディカが指でそっと止めた。



「コラコラ、まだおまえは飛べないんだから、あまり動かすと翼を痛めるぞ」

『は〜い』



 素直に返事したわりには、すきをみては翼をパタパタと動かして、またリュディカに怒られている。お腹にいた時も早く飛びたいと言っていたから、そうとう飛びたいらしい。しかしすぐに体力が尽き、ウトウトとし始めた。



『ふわあ……ねむいよぉ』



 トレジャーは大あくびをしたあと、コテンとクッションに横になって、もう寝息を立てている。



「これから忙しくなりそうだな」

「本当に。それに保育園も頑張らなくちゃ!」

「フッ、王宮がにぎやかになりそうだ」



 私たちはトレジャーの頬をつんつんとさわりながら、笑い合う。



「あんまりにも竜たちばかり見ていると、仕事をサボってでも会いに行くからな」

「シリルさんに怒られるよ?」

「怒らせておけばいい」

「もう……」



 しかし、そのリュディカの予言のような言葉は、あっという間にそのとおりになるのだった。


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