表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/36

34 リコがこの世界に来た意味

 

「リコ様、本日はご結婚おめでとうございます!」



 にっこりとほほ笑むリディアさんの笑顔に、私まで嬉しくなってくる。



(そう! 今日はとうとう、私とリュディカの結婚式!)



 あれから何回も練習させられ、ようやく竜王様の名前を呼び捨てで呼べるようになってきた。そのかわりリディアさんたちには「ケジメは必要ですから」と言われ、「リコ様」と呼ばれるようになってしまった。残念。



「ドレスも良くお似合いですよ」

「ふふ。でもリュディカには肌を見せすぎだって、最後まで反対されちゃった」

「まあ! 肩だけですから、夜会のドレスと同じくらいの露出ですのに」



 鏡に映る私のドレスは、憧れのプリンセスラインだ。ウエストでふわっと大きく広がって、思いっきりお姫様気分が味わえるあのドレス! 



 胸元はビスチェスタイルで、肩を大きく出している。そしてもちろん、王族だけの護符の模様がこれでもかと、胸から膝辺りまでグラデーションのように入っていた。そして色はもちろん赤。この国で私とリュディカだけが着られる色だ。



「では、最後にこちらを付けさせていただきますね」



 そう言ってリディアさんが箱から取り出したのは、ティアラとネックレスだ。二つとも中央に大きな赤い宝石が埋め込まれ、それを引き立たせるようにキラキラと光る、ダイヤモンドのような石が散りばめてあった。



「竜王様が結婚式を早めるから、職人は大急ぎで作っていましたよ」

「もう、リュディカったら……」



 本来なら最短でも半年以上かけてする結婚準備を、リュディカはなんと一ヶ月で終わらせようとしていた。私が準備する人の気持ちを考えてと怒って、ようやく三ヵ月まで譲歩してくれたのだ。



「それだけ早く、リコ様と結婚したいんですよ」

「そ、そうね。それは嬉しいけど、横暴な王様にはなってほしくはないわ」

「リコ様がいれば大丈夫ですよ。さあ、そろそろ行きましょうか。竜王様が苛立っている頃です」



 リュディカはあれから、所構わず私にベタベタとくっついている。日本人の私からしてみたら、他の人が見てますからと拒みたくなるけど、むしろ竜人なら普通らしい。夫婦が一緒にいないと、喧嘩したのかと疑われてしまうくらいだ。



 だからだろうか、控の間の扉を開けると、すぐそこにリュディカが立っていた。



「リコ! なんて綺麗なんだ!」

「リュディ……く、くるしい」

「竜王様! リコ様のティアラが取れてしまいます!」



 リディアさんが有能な仕事ぶりで、私とリュディカを引き離してくれた。今日は大事な日で国民の前に出るんだから、ボサボサになるのは嫌だ。たとえそれが、愛する人に抱きしめられたという理由であっても。



「竜王様は、ちょっとあちらでお茶でも飲んで、落ち着いたほうがよろしいかと」



 やけに威圧感のあるシリルさんの声に、渋々リュディカはお茶を飲みに行った。きっと事前に何回も結婚式の進行を妨げるなと、注意されたんだろうな。淋しそうな背中に思わず声をかけようかと迷っていると、久しぶりに聞く声が耳に入ってきた。



「リコ様、本日はご結婚おめでとうございます」

「ルシアンさん!」



 シリルさんのお父さんの、ルシアンさんだ。ルシアンさんはあれから、水晶の守り人の役職に戻っている。今日も婚姻の儀は、ルシアンさんが執り行ってくれる。



「緊張されていますか? 何かわからないことがありましたら、言ってくださいね」

「ふふ。でも何回も練習しましたから、大丈夫だと思います」

「それなら、安心ですね。では儀式の間でお会いしましょう」



 そう言って奥の方に歩いていくルシアンさんの背中を見ていると、忘れていた「聞きたかったこと」を思い出した。



「ルシアンさん!」

「なんでしょう?」

「ひとつだけ、質問があるのですが」

「なんなりと」



 ルシアンさんがこちらに向かってくるコツコツという音で、少しだけ緊張してしまう。だってその答えによっては、私がここにいる意味が変わってくるからだ。それでも高鳴る心臓を落ち着かせながら、勇気を出して問いかけた。



「運命の花嫁がどんな理由で選ばれるのか、知っていますか?」



 ルシアンさんは私のその突然の問いかけにも、眉一つ動かさない。まるで私がそう言うのを、待っていたかのようにほほ笑んでいる。



「ええ、一番古い書物に、こう書かれています」



「竜王を助け、導く者を選ぶと」



(私がリュディカを助け導くために、この国に呼ばれた……?)



 その神託のような言葉を受け取るように、私はゴクリと喉を鳴らした。



「竜王様の母にあたる、前の王妃様もそうでした。王妃様と結婚する前の竜王様は、それはそれは粗暴で気分屋、思いやりの欠片もない、強さだけを追い求める者だったのです。それが王妃と出会ったとたん、思いやりをもち民への支援を始めました。以前の王を知っている者からしたら、ものすごい変わりようで別人かと思うほどでしたよ」



(リュディカのお父さんは、お妃様の存在でそんなに変わったんだ……)



「竜王様の隣に立つ女性は、心が強くあらねばなりません。私は常々、淋しい思いをした彼を支えてくれる女性が必要だと思っておりました。だからあなたがこの世界に現れたことが、奇跡のように思えます」



 ルシアンさんはまるで、リュディカの父親のような笑顔で私を見ている。彼の隣に私がいることで、安心してくれたのだろうか。そうであるならば、とても嬉しい。



「さ、儀式を始めましょう。まあ、あなたにとっては儀式よりもバルコニーの挨拶のほうが大変だと思いますが」

「うう! なるべく考えないようにしていたのに! ひどいです!」



 そう、儀式はほとんど聞いているだけで、誓いの言葉もない。だけど、その後の王宮のバルコニーでの挨拶がものすごく恥ずかしいのだ! だって大勢のお祝いに集まった人たちの前でキスしないといけない。そのうえ国民が入れ替わるたびに、何回もする……。



「竜王様の結婚式は、挨拶がメインですから。みんな竜王様が幸せであることを、この目で確かめたいのですよ。頑張ってくださいね」

「なんだ? 俺とのキスになんの不満があるんだ?」

「わっ!」



 いつの間にか私の隣には、不機嫌そうな顔のリュディカが睨んでいた。



「そこが不満なわけじゃ――」

「まあ、いい。リコにはまだ俺の愛が足りないってことなんだな。そうか、そうか」

「あ! ちょっと、待って!」



(あのニヤッとした顔は、絶対、私に意地悪しようと思ってる!)



 案の定、儀式の後は大変だった。バルコニーに出て集まった人々に手を振って、お祝いの言葉に応える。そのあとはお決まりのキスなんだけど……



(一回のキスが長い!)



 軽くチュッて感じなのかなと勝手に思ってたけど、全然違った。しかもリュディカのキスはどんどんエスカレートしていき、まわりも盛り上がって歓声が止まらない。



「ほら、騎士団や竜たちも、挨拶に来たぞ」

『リコ様! ご結婚おめでとうございます!』

『おめでと』

『僕と結婚するはずだったのに〜』



 目の前にはずらりと竜騎士団のみんなが飛んでいて、私たちに手を振ってくれている。先頭には赤いリボンをつけたヒューゴくん。背中にはもちろんクルルくんも乗っている。その後ろでキールくんがこっちに飛んでこようとするのを、相棒のゲイリーさんが必死に止めていた。



「みなさん、ありがとう! ヒューゴくんもクルルくんも、キールくんもありがとね!」



 手を振って皆に応えると、今度は騎士団のみんなが集まってくれた国民に向けて、赤い花びらを散らし始める。



「わあ! きれい!」

「これは王族から幸せを分け与えるという意味があるんだ。この花びらは縁起物として、乾燥させてお守りにする者も多いぞ」

「素敵ですね!」



 澄み切った空の下、竜騎士が降らすたくさんの赤い花びらは、とても華やかで幻想的だった。この時ばかりは短気な竜人たちも喧嘩せずに、楽しそうに花びらを取ろうと笑っている。



「みんなも楽しんでるようで、良かっ……んう!」



 今日というおめでたい日は、私に和んでいる暇はないらしい。すぐにリュディカの熱いキスが再開し、みんな大盛りあがりで祝福の言葉をかけてくれている。



 なんとか唇を離しジロリと睨むと、リュディカはフンと鼻で笑っていた。



「こんなことで、赤くなってどうするんだ? 今夜はもっと――」

「あーあー聞こえなーい!」

「まったく、今夜は覚えておけよ。今以上に赤くしてやるからな」

「うう……」



 そうして私はリュディカの宣言どおり、たっぷりと甘い夜を過ごし、しばらくは彼を見るだけで顔を赤くしてしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ