33 見届ける決意
『お嬢ちゃ〜ん! いったいどうしたんだ〜! 助けにきたぞ〜!』
「ランドくん?」
なんと竜の群れの先頭には、飼い主の楽器の音を化け物だと威嚇していたランドくんが飛んでいる。するとまた聞き覚えのある声が空に響き始めた。
『今度は俺が助けてやるぞ! 敵はどこだ!』
この声はカルルくんだ。犬のシーラが死んだと思って喪に服すという変わったことをするカルルくんが、キョロキョロと敵を探しながら飛んでいる。
しかし後ろにいる竜は、まったく知らない子たちだ。
(なにか一生懸命話しているようだけど、なんて言ってるの?)
『なんだかしらないけど、戦うなら俺はやるぜ!』
『あの噂の竜と話せる女の子がピンチなんでしょう? そんなか弱い子をいじめるなんて、許せないわ!』
『カルルたちが助けに行くっていうから、私も手伝わなくちゃね!』
『俺はただ王宮の竜に、好きな子がいるんだ〜』
どうりで知らない竜たちだと思った。最後の竜なんて完璧に野次馬というか、便乗して王宮に遊びに来ている。きっと後ろにいる竜たちは、伝言ゲームのように私がピンチだということを聞いて、王宮に駆けつけてくれたんだろうな。
しかもどうやら力づくで飛び出してきたらしい。首に鎖がついたままの子や、凄い子は柵を首に突っ込んだまま飛んできていた。
「いったい、これはなんなんだ?」
「リコ様! よくご無事で!」
「王宮の竜たちも大騒ぎしてたのですが、あの竜の群れはなんです? リコ様が呼んだのですか?」
ようやく駆けつけてきた騎士団長と、リディアさん、そしてシリルさんが唖然とした顔で竜の群れを見ている。私が竜たちの言葉を通訳すると、シリルさんはうんざりした顔で竜王様を見た。
「各地に連絡をしないといけませんね。それにこの調子じゃ、国中の竜が集まってきそうです」
シリルさんいわく、竜王様の『リコに何をした! もしやリコを殺そうとしたのではないだろうな!」という声が、竜たちに聞こえ、それが伝わったのだという。しかしそれを聞いても、竜王様は平然とした顔をして「けっこう集まったな」なんて言っている。
「私、説明してきますね!」
地上に降りてきたカルルくんたちに犯人が捕まって私が無事だと伝えると、安心してくれたようだ。他の竜たちも『また会いましょうね』『俺のとこにも遊びに来いよ』と言って、帰って行った。
(約一頭だけ王宮に行きたがってたけど、みんなわかってくれて良かった良かった)
説明を終えホッとして後ろを振り返ると、なにやら竜王様たち四人が話している声が聞こえてきた。
「まさに竜王様のお妃様に、ふさわしい光景ですな! 壮観だ!」
「う〜む。竜たちがなんとリコ様を褒めているのか、メモを取っておきたかった」
「さすが私の主のリコ様です! あんな竜を従えるところを見て、尊敬しない者などおりません!」
「ああ、この状況を知って、結婚に反対する者などいないだろう。それにしても、すべての竜を意のままに操れる者がいるなら会ってみたいと思っていたが……まさかそれが、リコだとはな」
その言葉どおり、後日やり直されたお妃様選定の儀では、竜人女性たちからも大歓迎された。しかも水晶の光り方が前回とまったく違ったらしく、部屋中が虹色に輝き、光の粒が私のまわりをキラキラと輝かせるので、皆はすぐに私が本物の運命の花嫁だと納得してくれたのだった。
◇
あれから数ヶ月が経ち、ようやく王宮も落ち着いてきた。その間、事件に関わったリプソン侯爵親子。また水晶の守り人、そしてロイド兄妹への罰が決まり、執行された。
水晶の守り人はリプソン侯爵に脅されてはいたが、王族に報告の義務を怠ったこと、偽の水晶を受け取り儀式を行ったことで職を失い、罰金と貴族籍を失った。
ロイド兄妹は、実質の罪は私の誘拐と竜への危害だ。騙されて知らずに手伝わされていたこともあり、領地での禁固刑十年となった。またギークは騎士には永久になれない。騎士に誇りをもっていた彼は、これを聞くと涙を流して後悔していた。
ライラは魂が抜けたように、ただぼうぜんとしていたが、自ら禁固刑の代わりに修道院で一生を過ごすことを選び去っていった。
「まさか、あのギークとライラが真剣に、頭を下げるとは思わなかったです」
リディアさんにそう言うと、彼女も「そうとうショックだったのでしょうね」と感慨深げにうなずいた。別に泣いて謝り刑を軽くしてくれと頼むわけでもなく、ただ深々と頭を下げ、二人は王宮から出て行った。
二人が出て行ったあとに竜王様が「真面目にしていたら恩赦を与えることもできる」と言ったのが印象的だった。
「反対にリプソン親子は、どこまでも傲慢でしたね……」
リディアさんは、あの親子の処罰を言い渡した場面を思い出しているようだ。呆れたような顔で、窓の外を見ている。
リプソン侯爵家の爵位剥奪はもちろん、彼らは竜人でいられなくなった。この国で二番目に重い罰である、体内から竜気をすべて枯らす薬を使った刑が、言い渡されたからだ。
二人は竜王様からその刑を知らされると、ワナワナと体を震わせ叫び始めた。
「なぜ我々が、そんな重い罰を受けなくてはいけないのです! こんな平民の女のために!」
「竜人でなくなるだなんて、いっそ死罪のほうがましですわ!」
竜王様はそれでも冷静に、二人に現実を伝える。周りにいる竜人たちも、皆一様にリプソン親子を冷ややかな目で見ていた。
「だからだ。権力欲にまみれたおまえらだからこそ、平民以下の暮らしになるのが一番の罰になるだろう」
二人にとっては権力こそがすべて。国中の人が大切にしている竜すらも、大事なものではなくなっていた。そんな彼らには私が一番の敵に見えるのだろう。キッと睨みつけ「絶対に許さないわ……」と呟いている。
背筋が寒くなるようなその視線に、今までの私だったら竜王様の影に隠れたくなったと思う。
でも私は絶対に目をそらしたくない。
彼女は私も私の息子も、殺そうとした人だ。あなたがその罰を受けるように、私も王妃になる人間として、しっかりと見届けてみせる。
「連れて行け」
竜王様の冷たい声が響き、縛られた二人が引っ張られるように部屋から連れ出される。
「いやよ……そんな、こんなこと絶対にいや……! あああ……」
これが私の見る、最初で最後の処罰であってほしい。私はそう願いながら、アビゲイルが出て行った扉をじっと見つめていた。
「それにしても彼女は私が死んだ後に、他の女性が運命の花嫁に選ばれたら、どうしていたのでしょうか」
リディアさんが入れてくれたリュディカを飲みながら、ふと疑問に思ったことを口にした。何気なく聞いたことだったけど、答えは意外なものだった。
「それが竜王の卵が宿るのは、一度きりと言われています。ですから侯爵たちはリコさえいなくなれば、なんとでもなると思っていたのではないでしょうか?」
「え? じゃあ、私が死んでいたら、誰も運命の花嫁にはならないのですか?」
「はい。実際に例がないので本当かは定かではないのですが、結ばれる前に花嫁を失った竜王は衰弱して死に、国が滅びると伝えられているんです」
「国が滅びる?」
私の驚く様子に、リディアさんも少し苦笑ぎみに話を続ける。
「まあ、言い伝えのようなものでしたから、一人の女性の存在で国が滅びるとまでは信じていなかったと思います。それよりも突然現れたリコによって、権力が奪われることのほうが彼らには大ごとですから」
遠くからドタバタとこちらに向かって走ってくる音が聞こえてくる。リディアさんはその足音の主人が誰かわかっているのだろう。クスッと笑って空いている席に、新しいお茶を置いた。
「実はわたくしも、国が滅びるというのはおとぎ話のようなものだと思っていました。でも今ならわかります。竜王様にとって、たった半日でもリコの顔が見られないと、これですもの」
ニコッとほほ笑むリディアさんの背後のドアが、勢いよく開いた。
「ようやく結婚式の準備に取りかかれるぞ!」
もちろん部屋に入ってきたのは、疲れた顔のリュディカだ。素早い動きで私を抱きかかえ自分の膝に乗せると、人目も気にせず熱いキスをしてくる。
「んん! 竜王様、ちょっと人が……!」
「おい。リュディカと呼べと言っただろう?」
「とっさには言え……ん……!」
日に日に甘くなるこの態度に、恋愛初心者の私はついていけない。特に日本人としては、他人がいる前でイチャイチャするのには抵抗があるのだ。しかしそんなことを理解できない彼は、キスに恥ずかしがる私を拗ねた顔で見ている。
「リコは結婚式が待ち遠しくないのか?」
「それは、待ち遠しいですけど……、そういうことじゃなくて、人前でキスは恥ずかしいと言ってるでしょう?」
「もうリディアたちはいないぞ」
「え?」
キョロキョロと部屋を見回してみると、たしかに護衛の騎士もリディアさんもいない。私たちがキスをしている間に、気を使って外で待機してくれているようだ。
(それはそれで、恥ずかしいのだけど……)
「結婚式は一月後にしたからな」
「え? そんなに早くできるものですか?」
「……なんとかなるだろう」
そう言うとリュディカは、気まずそうに顔を背けた。これはかなり強引に準備を進めているのだろう。シリルさんや働く人たちの悲鳴が聞こえてくるようで、私は思わず頭を抱えた。
(これじゃ現場のことを無視する、ワンマン社長じゃない!)
「リュディカ! そんなに皆のことを大切にしない王様だったら、結婚はしないわよ?」
「俺を叱る時ばかり、名前を呼ぶのはずるいぞ!」
リュディカの綺麗で端正な顔が、子どものような表情になる。口をへの字に曲げ、フンと拗ねる表情に私が弱いことをわかっているのかもしれない。
(だって、この顔は私しか見られないんだもん……)
私はまんまと母性本能をくすぐられ、リュディカの髪を優しく撫で始める。竜の本能で彼の喉から機嫌が良い印である、クルルという音が聞こえてきた。この音も私は弱いのだ。
「はあ……、リュディカ。結婚は私も待ち遠しいけど、シリルさんたちに迷惑をかけるのは嫌なの。日程をもう少し延ばして?」
そう言って私からキスをすると、リュディカは満面の笑みで私の腰にまわした腕にぎゅっと力を込めた。
「わかった。あと数日くらいは延ばしてもいいだろう!」
「リュディカ! 話聞いてた? んん……!」
「リコからキスしてくれたのだから、お礼をしないとな」
結局こんな甘いやり取りをしている間にも、シリルさんたちは大急ぎで準備をしてくれ、私たちの結婚式は着々と近づいていくのだった。