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03 竜王の治療


――迷い人?



 迷子と同じ意味だろうか? でももともとこの世界の住人ではない私は、肯定して良いかわからず黙ってしまう。すると竜王の隣でじっと私を見ていた人が「そうかもしれませんね」とうなずいた。



「シリル、おまえもそう思うか?」



 竜王にシリルと呼ばれたその男性は、私をちらりと横目で見ながら話し始めた。



「彼女がここに現れた時、空中からいきなり出てきたのを確認しました。どこからか駆け寄ってきたわけじゃありません。何もないところから、急に出現したのです。それにこの服装。平民にしては良い生地ですが、護符の刺繍が一つもない。脚を出すことや赤の衣を着ることにも抵抗がないようですし、異文化で育った人間である可能性は高いかと」



 それを聞いた竜王は「ふむ」とうなずき、何か考え込んでいる様子だ。なんとなく二人の口ぶりから「迷い子」に対して、危機意識を持っていないように感じる。



(もしかしたら私が危険人物じゃないってことを、わかってもらえるかもしれない!)



 私は祈るように手を組み、二人の会話にじっと耳を傾けた。



「シリル、おまえは他国でこのような服装を見たことがあるか?」

「いいえ、ございません。それにこの格好でウロウロしていたら、目立ってしょうがないでしょう」

「だろうな。それに俺の目をかいくぐって、警備が厳重なこの部屋に入るなど不可能だ。もしそれが可能ならすでに俺の首をかき切っていてもおかしくないだろう」

「それに竜王様の命を狙うなら、ここではなく寝所に入るでしょうね」



 それを聞いた竜王はクッと喉を鳴らし、口の端を上げた。そしてそのまま私の方を見ると、にこりとほほ笑んだ。この世のものとは思えないほど美しいその笑みは、初めて会ったのならきっと見とれていただろう。しかし今は違う。どことなく私を見る目が「玩具を見つけた子供」のように輝いていて、私は一歩後ろに下がった。



「それなら、おまえの身は王宮で預かろう」



 その言葉に周囲がざわつき始める。大勢の女性達の反対する声がいっせいに部屋にあふれ始め、私は身を縮めて気配を消そうと必死になった。



(私が言ったんじゃないですから! お願いだから私を見ないでください!)



 しかしこの世界で竜王に非難の声を向ける者はいないようで、全ての悪意は私に向けられていく。



「あの娘、やはり何か術を施したのでは?」

「危険だわ! 今すぐ首をお切りになればよろしいのに」

「王宮に不審者を入れるなど、竜王様に万が一のことがあったら大変だわ! 王家に代わってわたくしの騎士が処分いたしましょう」



(怖い……! みんな私を殺したがってる! 私だって今すぐ帰れるなら、帰りたいよ!)



 私は腕を交差させ、自分の体を抱きしめるように座り込んだ。それでも体の震えは止まらず、口からはカタカタと歯が鳴る音が聞こえてくる。



 すると竜王は非難の言葉を浴びせる女性達の声を制するように、片手を上げた。



「迷い人は殺してはならぬと言い伝えがある。なぜなら、迷い人はこの国に良き変化をもたらす者だからだ。五百年前の迷い人はたしか……医者で、流行していた疫病の治療をしてくれたんだったな」



(五百年前にも私のような人がここに迷い込んだんだ……。ん? でもお医者さんてことは、もしかして私に対しても、ものすごーく期待しているのでは……?)



 そう思い当たると命を狙われるのとは別に、ぞっと背中に寒気が走る。すると案の定、竜王が私に向かって今一番聞かれたくない質問をしてきた。



「それで、おまえの職業はなんだ?」



 ものすごく言葉に詰まる。それでも嘘をついたってしょうがない。私はよろよろと立ち上がり、正直にアルバイトの内容について話し始めた。



「……ウ、ウエイトレスです」

「ウエイトレス?」

「えっと、お客様の食事の配膳をしたり、お金を受け取ったり……」

「ふむ、飯屋の売り子みたいなものか。そんな身分の者が迷い人か……」



 青ざめた私がそう答えると、竜王はまたニヤリと笑った。どうやらこの竜王、この状況がものすごく楽しいようだ。私の答えにガッカリするわけでもなく、からかうような顔で私を見ている。そして周囲に聞こえるように、再び話し始めた。



「とにかくこの者は王宮で預かる。迷い人なら、この国に何らかの恩恵があるだろう。しかしこの娘がただ王宮に侵入した不届き者ならば……」



 そこまで言うと竜王は腰に差してあった剣を抜き、私の顔に切っ先を向けた。



「問答無用で殺せばいい」



 そう言って笑う美しい顔はまるで映画のワンシーンのようで、私は目をそらすこともできず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

 


「ふっ……その顔はなんだ。おかしな顔をしおって」



 竜王は私の寄り目になった顔を笑うと、突きつけていた剣をしまった。「その剣が原因で私の顔が変になったんですけど?」と言いたいところだけど、言えるはずがない。それに今はそんなことより、私が迷い人(仮)で、ものすごく期待されているということを考えなくては!



(どうしよう! 迷い人にそんな責任があったとは! 私はただのフリーターだよ! なんの特技もない、保育の仕事につけるよう勉強してるだけの凡人。そんな二十歳になったばかりの小娘の私が、この国に何か影響を与えられるとは思えないよ!)



 それでも私がこのまま何もしなかったら、殺されてしまうのだ。竜王に殺られるか、はたまた背後の怖い女性達に殺られるか……。そんな絶望で頭を抱えていると、竜王は不思議そうに私の顔をのぞき込んでいた。



「おい」

「ひっ!」



 殺されないよう考えていたせいで、竜王の顔が至近距離にあるのにまったく気が付かなかった。私が間抜けな悲鳴を出し一歩後ろに下がるも、手遅れだったようだ。すぐに背後から「竜王様があんなに近くに」「信じられないわ、やはりあの女、術師なのでは」という、女性の苛立った言葉が聞こえてきた。



(ひええ! これ以上近づかないで! あなたに殺される前に、あの人たちに殺されるのが早そうだから!)



 それでもそんな周りの状況も気にならない様子で、竜王は首をかしげ、私にもっと顔を近づけてくる。



「おまえ、何か香水をつけているのか? 妙に甘い匂いがするな」

「え、え? 香水ですか? 何もつけてないです!」



 わりと匂いに敏感なほうなので、香水はおろか柔軟剤も使っていない。洗剤も無香料のものだ。変な匂いと言われなかったのは良いけど、私の命のために離れてほしい。しかしそんな私の気持ちなど考えてくれるわけはなく、竜王は何かに気がついたような顔で私を見ている。



「ふむ。おまえが何か話すと、そこから香ってくるな。口を開けてみろ」

「え! 口ですか! わ、わかりました!」



 死にたくない私は、完璧に竜王のイエスマンとなり、サッと口を開けた。もう床に落ちたものですら、食べろと言われたら口にする勢いだ。すると私の口の中を覗き込んだ竜王は、合点がいったという顔でにっこりほほ笑みうなずいた。



「なるほど、血か。おまえの血の匂いが甘いのだな。迷い人とは本当におもしろい」



(血? あっ! さっき舌を噛んで切れちゃったから、それかな? もう血は止まってるのに、鼻が良いんだ。それにしても傷のことを思い出したら、痛くなってきちゃった……)



 竜王は原因が判明し満足したようで、スッキリした顔をしている。ならもう口を閉じてもいいかな? そう思ってゆっくり唇を閉じようとした時だった。



「待て。その傷を治しておこう」

「え? ……んん!」



 傷を治す? そう頭によぎるやいなや、私の口内に熱い何かが入ってきた。そして舌先が何か膜のようなもので包まれたかと思うと、噛んでできた傷の痛みが、すうっと消えていくのがわかった。



(傷が……治った?)



 いや、そんなことより、竜王の顔が近い。近いというより私の顔に、ピッタリくっついている。だって彼のまつげが見える近さに顔があるもの。ということはこれって、これって……!



(私、竜王にキスされてる!)



 そう気づいた時には、もう竜王の顔は離れていた。自分の唇をぺろりと舐め、誇らしそうに笑って私を見ていた。


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