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29 お妃選定の儀

 

「おお! ついに明日、竜王様のお妃様が決まるのか!」

「楽しみだわ! おめでとうございます! 竜王様!」

「おめでとうございます!」



 リプソン侯爵が「お妃様選定の儀を執り行う」と宣言したことで、その場が一気にお祭りムードになっていく。しかし当の本人の竜王様は驚いた様子もなく、シリルさんに問いかけた。



「事前に竜王の卵を体に宿したという、報告はあったか?」

「……残念ながら、まだございません」

「わかった。では令嬢や王宮の成人女性に通達を出せ。心当たりのあるものなら、貴族でなくてもかまわん」



 するとその言葉を聞いたリプソン侯爵が、あわてて竜王様に駆け寄った。



「竜王様、そのような戯言(ざれごと)はお止めください。代々、妃に選ばれる者は高位貴族だけです。人数を集めるだけ、こちらの仕事が増えてしまいますよ」



 まるで聞き分けのない子どもをなだめるような侯爵の話し方に、鳥肌が立ちそうな気持ちになる。しかし竜王様は眉一つ動かさず、侯爵をじっと見ていた。



「前例がないからといって、今回も同じだとはわからないだろう。そうだ、リコ。おまえも明日、選定の儀を見に来るか?」

「えっ! わ、私ですか!」



 突然竜王様が私のほうを振り返り、周囲の注目が一気に私に集まった。さっきまで竜王様に媚びるように笑っていたリプソン侯爵は、私のことをじっと睨みつけ鼻で笑う。



「竜王様! お(たわむ)れが過ぎます! いくら迷い人様とはいえ、選定の儀は神聖なもの。それに貴族令嬢たちも緊張して選定に挑むのです。気軽に遊びに誘うようなこと、してはなりません」



 そう言うと、リプソン侯爵は私の前にひざまずいた。



「迷い人様、初めてお目にかかります。わたくし、リプソンと申します。先日は娘のアビゲイルと親しくしていただけたようで、感謝申し上げます」



 侯爵の突然の変わりように、思わず一歩下がってしまう。それを見越していたのか、いつの間にか後ろに回っていた竜王様が私の肩を抱き寄せた。



「優しくしてもらったのは、私のほうですので、こちらこそありがとうございます……」



 リプソン侯爵は私の返事に感激したように、胸に手を当てる。しかし顔をあげた侯爵の瞳が私と竜王様の姿を捉えたとたん、ほんの少し唇を歪めた。しかしそれは一瞬で消え、今はまた大げさな身ぶり手ぶりで、話を続けている。



「なんとお優しい! それならば明日の選定の儀が、どれだけこの国の令嬢たちにとって大事な日か、すでにおわかりでしょう? 竜王様の冗談をお断りするのは難しいとは思いますが、明日だけは同行をお控えいただけると嬉しいのです」



 そう言うと、まるで神に祈るような姿で、また頭を下げる。こんな皆が見ている前でひざまずいて言われたら、返事は一つしかないだろう。



「……もちろんです」

「ありがとうございます! そうそう、迷い人様の能力をお聞きしましたが、大変素晴らしいものですね。特に竜王様や明日決まるお妃様が、大変お喜びになることでしょう!」

「え……?」



(竜王様とお妃様が特に喜ぶ? どういう意味だろう……)



 竜王様のほうをチラリと見ると、リプソン侯爵を無表情な顔で見ている。どうみても竜王様が、喜んでいるようには見えない。するとリプソン侯爵は顔を上げ、ニヤリと笑った。



「幼竜と話せる能力を活かすなら、竜王様とお妃様の子どもの乳母になると良いでしょう。次の竜王様の乳母です。とても名誉なことですよ?」



 ねっとりとまとわりつくような笑顔に、背中にぞわりと寒気が走る。周囲の人たちも妙な雰囲気に気づいているようだ。侯爵の話に賛成の声をあげるものはいなかった。



「ああ、そうだ! 儀式をお見せすることはできませんが、それを行う水晶の部屋なら私がご案内いたしましょう。お妃様が決定したあとでしたら、乳母として挨拶もできますし、ね?」


「あの、私、クルルの様子を見てきますね!」



 もうこのピリピリした雰囲気に耐えられない。話の途中で切り上げるなんてものすごく無作法ではあるけれど、私の足は勝手にヒューゴくんのもとに走り始めた。さっきまで竜の保育園のことで幸せいっぱいだったのに、今はそれさえも考えるのがつらくなる。



「リコ! 私も行きます」

「リディアさん」



 後ろを振り向くと、リディアさんが心配そうに駆け寄ってきていた。



「ごめんなさい! 私ったら、勝手に飛び出しちゃって」

「いいえ。むしろこちらの説明不足でした。竜王様とリプソン侯爵の関係には、わだかまりが残っているんです。ですからリコにもあのような態度を」

「……過去になにか、あったのですか?」



 私は周囲に誰もいないことを確かめると、小声で話しかけた。



「はい。竜王様が二十歳で国王に就任された時、補佐として選んだのはシリル様でした。その選択に周囲の者は驚き、リプソン侯爵は激しく反対したのです」



 リディアさんは私を竜舎ではなく、王族専用の裏の通路に案内し始めた。私が部屋に戻りたがっているのを、わかっているみたいだ。



「本来ならシリル様は、水晶の守り人と呼ばれる番人の後継者です。竜王様の補佐は代々、リプソン侯爵家から選ばれていました。侯爵も自分か息子が選ばれるだろうと、疑いもしていなかったはずです」



 少し湿った裏通路で過去に起こった出来事を聞いていると、少し気持ちが重くなってくる。私はそんな気持ちを振り払うように、カツカツと靴音を力強く鳴らしていた。



「そこで、侯爵がこれでは不公平だと、竜王様に異論を唱えました。父親が水晶の守り人で、息子が竜王の補佐では、妃選びに不正が行われてもおかしくないと言ったのです」

「アビゲイル様のためでしょうか?」



 リディアさんは私の言葉に、しばし悩んだあと、首を横に振った。



「……それもあるかとは思いますが、侯爵が強く反対することで、発言を取り消すと思っていたようです。しかし竜王様はシリル様を補佐に選ぶことを撤回せず、シリル様のお父様であるルシアン様が職を辞し、そしてリプソン侯爵は王宮から去りました」


「そんなことがあったんですね……」



 じゃあこの国で権力を失ったリプソン侯爵は、アビゲイル様が選ばれてほしいと切望しているんだろうな。それに妾になったと噂された私が、竜王様の近くにいては、さぞ目障りなはず。



 それにあの寒気のする、粘ついた視線。少しでも私が弱気になったら、くじけてしまいそうな気持ち悪さがあった。



(負けちゃダメ! しっかりしなきゃ!)



 私はカツンと大きな靴音を鳴らし、自分の部屋の扉を開けた。



 ◇




「明日のお妃様選び、どうしよう……」



 夜ベッドに入り、お腹をさすりながら、今日一日ずっと気になっていたことを呟いた。あの話を聞いてからというもの、私の頭の中は明日の「お妃様選定」のことでいっぱいだ。



 しかも騎士団や王宮でもその話題でもちきりで、どこにいっても私を悩ませていた。



(どのタイミングで、竜王様に伝えればいいんだろう……)



 選定は明日の朝だと言ってたから、その前に竜王様に会えるかリディアさんに聞いたけど、選定の儀が終わるまでは時間が取れないと断られてしまった。



 もう女性たちの招待は始まってるし、騎士団も警備の準備をしている。どちらにしてもあのアビゲイル様のお父さんが、中止にするのを許さないだろう。



「卵くん、寝ちゃったの?」



 昨日あたりから卵くんの寝る時間が、多くなっている気がするけど大丈夫かな。まあ、でも卵くんに頼るのも違うよね。私はお腹をさすっていた手を離し、パンと頬を叩き気合いを入れた。



「自分で決めなきゃ……!」



 私の悪い癖だ。揉め事が苦手で、どうしても強く言えない。パニックになって、言葉が出てこないのだ。それで我慢してきたことばかりだったのに。



「よし! 明日、無理やり行って、私も選定を受けさせてもらおう!」



 場所も時間も選定を受ける者にしか、教えてもらえないから、明日リディアさんに言ってみよう。そう決めたのなら、早く寝ないといけない。儀式は朝からだ。私はまだ眠くない目をぎゅっと瞑り、毛布をかぶった。



「目の下のクマがすごい!」



 あれから何度も夜中に起きてしまい、結局寝不足だ。そんな顔色の悪さを鏡で確かめていると、少しあせったようなノック音が部屋に響いた。



「リディアです。入室してもよろしいでしょうか?」

「えっ? はい! どうぞ!」



 部屋に入ってきたリディアさんは、急ぎ足で私のほうに歩いていくる。なんだか様子がおかしい。リディアさんの目が、いつになく真剣で、手が震えている。



「竜王様がお呼びです。リコにお妃様選定の儀に、来てほしいと言っています」

「えっ? もう始まってるのですか?」



 ようやく朝日が見えてきたという時間なのに、神聖な儀式だからか、かなり早かったようだ。



「わかりました。行きます!」



 結局卵くんの声はあれから聞こえないけど、私は行ってきますの挨拶をするように、ポンとお腹を叩いた。



(なにがどうなってるのか、全くわからないけど、ちょうどいいわ! 私にも選定の儀を受けさせてもらおう!)



 バクンバクンと大きな心臓の音が、全身を震わせている。唇を噛み締めていないと、舌を噛んでしまいそうで、きゅっと口に力を入れた。



 お妃様を選ぶ水晶の部屋というのは、いつも私が過ごしている王宮の地下にあるらしい。今まで入ったことのない場所で、リディアさんが案内してくれなかったら迷子になっていた。



「こちらです」



 階段を降り、細い道を突き当たった場所に、大きな扉があった。二人の騎士が、その重厚な扉を開けてくれる。すると、その瞬間。



 私の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。




「お妃様が決定いたしました! 竜王様のお妃様は、アビゲイル・リプトン候爵令嬢です!」




(え? 今、なんて言ったの……?)



 目の前にはたくさんの令嬢たちが、拍手をしてアビゲイル様にお祝いの言葉を言っている。その中で私ひとりだけが、声も出せぬまま呆然と立ち尽くしていた。


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