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27 水晶の守り人

 

 目の前にいるルシアンと呼ばれた男性は、シリルさんとほとんど同じ顔をしていた。でもシリルさんとは別人。それはすぐにわかる。だってこの男性は、シリルさんよりかなり年上だ。ということは、つまり……。



「シリルさんの、お父様ですか?」

「はい、シリルは私の息子です」



 きっと二人に並んでもらったら、違いは一目瞭然なのだろう。それでもルシアンさんは、シリルさんが年齢を重ねた姿なので、ギョッとしてしまう。竜王様はそんな私の驚いた顔を見て、サプライズ成功といわんばかりに、満足気に笑っていた。



「驚いたか? 顔がそっくりだろう」

「はい、ビックリしました」



(ということは、シリルさんのお父さんが、元水晶の番人だったのか……。お元気そうなのに、どうして辞めたんだろう?)



「この方が迷い人様なんですね。シリルから報告はありましたが、こんなにお若い方とは思いませんでした。今日はもうお疲れでしょう? 私の依頼は明日にしましょうか?」



 ルシアンさんはそう言うと、私たちを館の中に招き入れてくれた。その優雅な所作もシリルさんそっくりで、後ろから見ていると違うのは声くらいだ。



「私はまだ大丈夫です! でも、ここに竜がいるんですか?」



 小型の竜にしても、この館では飼えないと思う。今まで見てきた竜舎は横にかなり広かった。きっと翼も伸ばせるよう、広めに作ってあるのだと思うのだけど、この館は細長いので竜がいるようには思えない。



「実は今までは飼っていなかったんです。しかしつい最近、裏の森に竜の子どもが落ちていまして」

落竜(らくりゅう)か……」

「はい。迷い人様はご存じないですよね。落竜というのは、親が子どもを空から落としていくことを言うんです」

「親が子どもを? どういうことですか?」



 一瞬、私の頭の中に獅子が生まれたばかりの子どもに試練を与えるため、高いところから突き落とす姿が浮かんできた。獅子は空想上の生き物だけど、ファンタジーな竜にもそういった子育て方法があるのかな?



「そうですね。ここまで話したら、もう見たほうが早いでしょう。こちらにどうぞ」



 ルシアンさんが二階に続く階段を、先導していく。私は案内されながらも、さっきの落竜の説明を聞き漏らさないように階段を登った。



「少ないですがこの国にも、野生の竜がいます。たいがいは大人しい竜で、悪さはしません。しかし稀に自分の力をコントロールできず、鳴き続ける子がいるんです。それで親も子育てに疲れ、手放してしまう。それが落竜です」

「つ、つまり、親が子どもを、空から捨てたってことでしょうか?」

「はい。そのとおりです」



 予想していたよりもっとひどい事実に、なんて言っていいかわからない。



「親の竜も必死なんです。人に飼われている竜とは違い、食べ物も自分で探さないといけません。一度でいくつもの卵を産む母親にしてみれば、一頭にかまっていることはできないのです」

「そう、ですよね……」



 日本でだって野生動物は、生まれてきた子全員が、無事に育つわけじゃない。悲しい事実だけど、私はルシアンさんの言葉にうなずいた。



「しかし竜は頑丈ですからね。落としたくらいでは死にません。ですが、子どもの竜はまだ食べ物を得ることができませんから、最終的には餓死してしまうことがほとんどです」

「それでルシアンさんが、森に落ちていた竜の子を、助けてあげたんですか?」



 私の言葉にルシアンさんが足を止め、振り返る。暗い表情で私を見つめると、ゆっくりと顔を横に振って否定した。



「拾いはしましたが、今のところ、助けてあげることはできていません。食べ物も水も、何も受け付けないので」

「えっ? 水も? きゃっ!」

「リコ!」



 話に夢中だったせいで、階段を踏み外してしまった。石で作られているせいか、手を少し擦りむいて、うっすら血が滲んでいる。



「リコ! 大丈夫か?」

「大丈夫です。すみません、足元を見てなくて……」

「階段は暗いからな、気をつけろ」

「この階段を登れば、竜のいる階につきますので」



 ルシアンさんの指差すほうを見ると、たしかにもう少しで階段が終わるところだった。みんな心配そうに私を見てるから、恥ずかしい。私はみんなの気をそらすために、ルシアンさんに質問をした。



「でもお腹が空いてるはずなのに、その竜はなぜ食べないのですか?」



 最後の一段を登ると、ようやく竜がいる三階についた。拾った竜はこの階の奥にいるらしく、ルシアンさんはズンズンと、廊下を進んでいく。



「人に飼われている竜が出産する時は、すぐに人の手が入ります。すると幼竜も人の竜気を嫌がりません。ですから食事を与えることができるのですが、野生の竜は人の竜気が苦手なので、たとえ餌を与えても食べないんです」

「竜気の弱い平民でも無理か?」



 それまで黙って聞いていた竜王様が、ルシアンさんに疑問を投げかけた。



「はい、ここに通いで働いてくれる平民の女性がいますが、無理でした。微量な竜気も敏感に察し、危険だと感じているようですね」

「そうか……」

「こちらの部屋です」



 鍵を開け部屋に入ると、そこは立派な客室だった。部屋のすみに椅子があり、その下に幼竜が身を隠すように座っている。大きさは両手で持ち上げられるくらいで、いきなり入ってきた私たちに気づくと、ガタガタと震え始めた。



「この子が……」

「はい、そうです。しかしここまで怖がるのは……、ああ、竜王様の気が怖いのでしょう。申し訳ないのですが、竜王様は少し離れてもらえますか?」

「む……、そうか、しかたがない」



 竜王様が部屋の扉のところまで下がると、幼竜の震えも少し小さくなった。



「あの、今回の依頼は、私がこの子と話すということですけど、何を話せばいいのでしょう?」

「ああ、そうでしたね。しかしこちらから頼んでおいて申し訳ないのですが、迷い人様も話すことはできないと思います」



 竜王様が言っていたことと同じだ。野生の竜だから無理だということなのかな? するとルシアンさんの口からは、予想とは違う答えが返ってきた。



「この子はまだ幼竜です。ですから竜同士の言葉も、理解しておりません」

「えっ! そうなんですか?」



 竜なら生まれてすぐに、話せるのかと思っていた。卵くんが魂の状態でベラベラと話すから、なんとなくそう思っていたけど違うらしい。私が驚いた顔をしていると、ルシアンさんも眉を上げて、不思議そうにこっちを見ていた。



「迷い人様がいた世界では、赤子でも人の言葉をすぐに話すのですか?」

「あっ! そういうことなんですね。それなら私の世界でも同じで、しっかり言葉を話すまでには三年ほどかかります」



(う〜ん、それなら卵くんは次の竜王だから、特別ってこと? もしくは魂だから、私が感じ取ってるの?)



 卵の経験者である竜王さまが後ろにいるのだから、聞いてみようかな? この話題なら今質問しても、変に思われないだろう。私は竜王様のほうを振り返ると、なるべく自然な感じで質問をした。



「竜王様が赤ちゃんの頃も、話せなかったのですか? 以前リディアさんから竜王の卵について聞いた時は、お腹から母親に話しかけると聞いたのですが……」



 すると私の質問を聞いた竜王様の顔が、一瞬にして険しい表情になった。眉間にしわを寄せ、私と視線を合わせようとしない。心なしか、その場にいたルシアンさんやリディアさんの表情も暗くなっている気がする。



「……竜王でも赤子の時は話せないな。卵の時のことも覚えていない。この幼竜と同じだ」



 絞り出すようなその声に、私はふれていはいけない部分に無断で入ったことに気づいた。



(この空気で謝るのは変だし、どうしよう……)



 私の質問のせいで、まわりもピリついた雰囲気になってしまった。竜王様はまた穏やかな笑みを浮かべ始めたけど、私は申し訳無さが先に立って、話が続けられない。すると突然、手のひらに、生温かい湿った何かがふれた。



「きゃあ! あはははは! くすぐったい! なに?」

「リコ! どうした?」



 驚いて手を見ると、なんとそこには幼竜が私の手をペロペロと舐める姿があった。正確に言うと、さっきコケた時の擦り傷を舐めている。



『んん……あま〜い!』

「あっ! しゃべってますよ! この子、しゃべってます!」

「なに!」

「迷い人様! それは本当ですか?」



 気づくと私は竜王様に庇われるように、後ろから抱きしめられていた。それでも伸ばした手には、しっぽを振りながらこっちを見る幼竜が、ちょこんと座っている。



「あなた、しゃべれるの?」

『ちょとだけ』

「うわあ……かわいい! 名前はあるの?」

『クルル』

「クルルくんか」

「迷い人様、もしかして今の会話は、この竜がクルルを自分の名前だと言ったのですか?」



 メモをしながら私とクルルくんを観察していたルシアンさんが、急に会話に入ってきた。



「はい、そうですけど、どうかしましたか?」

「その名前は、私がつけたんです。クルルと鳴くので、仮の名前だったのですが……」

「気に入っちゃったみたいですね」



 本人が自分の名前だというのだから、今から変えることはしなくてもいいだろう。私がクルルくんの喉元をカリカリと撫でると、ルシアンさんが言っていたように、「クルル」と鳴いた。



「それにしても血か……そういえば、俺も最初、リコの血を甘い匂いだと感じたな」

「迷い人様の血には、竜王様の癒やしのように、何か竜にだけ効果がありそうですね」



 私がクルルくんを抱っこしながら、傷を舐めて甘いと言われたことを話すと、竜王様たちが納得した顔で話し合いを始めた。



「リコ、競技会で竜のキールがおかしくなった後、おまえの血を舐めていなかったか?」

「あっ……! たしかに舐めていました」


「ふむ。では迷い人様の血に、竜たちが正気に戻る、何かが入っているのでしょうね」

「そういえばあの時も、竜たちが私の血が甘いとか、幸せな気持ちになれるって言ってました」

「ほう! それは、おもしろいですね!」



 ルシアンさんの目の奥がキラリと光って、ちょっと怖い。何かスイッチが入ったようだ。



「でもキールくんは私の血を舐める前に、助けに来たと言っていました。だからその頃には葉っぱの効果が切れていたのかもしれません」

「なるほど。それなら少量の血なら、気持ちを鎮める効果があるといったところでしょう。竜王様が飲んでいるお茶みたいなものですね」



(リュディカのことか。少量の血なら、リラックス効果がある。じゃあ大量なら……)



 そこまで考えて一人でゾッとしていると、ルシアンさんも似たようなことを考えていたようだ。



「しかし、このことは、秘密にしておかなくてはいけませんね。迷い人様の血を狙うという愚か者が出る可能性があります」



 結局私の血の効果については、竜王様、ルシアンさん、リディアさん、そしてシリルさんだけが知ることとなった。



「そうだ。忘れないうちに、例の葉の欠片を渡しておこう。それと、これがシリルからの報告書だ」



 竜王様がポケットから分厚い封筒と、小さい紙袋を渡した。



「ふむ。欠片なので断定はできませんが、昔、隣国の山に自生していた葉に似ていますね。効果も似ていたはずです。しかしあれは隣国がすべて燃やして、絶滅させたはずですが……」



 ルシアンさんは眉間にしわを寄せ、真剣な表情で考え込んでいた。するとそんな空気などまったく気にしないクルルくんが『すいた、はら、メシ』と、ご飯のおねだりをし始める。



「ルシアンさん! クルルくんが、ご飯をご所望です!」

「おお! それはすごい! では私たちも食事にしましょう」



 その後クルルくんは、竜王様以外の竜気にも少しずつ慣れていった。特にリディアさんを気に入ったようで、膝の上で寝てしまっている。これからもたくさんの人の竜気に慣れていけば、普通に飼い竜として育てることができるみたいだ。



 しかし気になるのは、さっきから無反応な、お腹の卵くんだ。



(卵くん、やっぱりずっと、寝てるのかな?)



 食事も終え、案内された客室でようやく一人になると、すぐにお腹に向かって話しかけた。トントンとお腹を叩くと、やっぱりずっと寝ていたようで眠そうな声が聞こえてくる。しかも今日はいつもより眠いらしく、ぜんぜん話が続かない。



 最後には『ママ〜、きょうは、ぼく、もうねるぅ……』と言って、また部屋には静寂が戻った。そして代わりに部屋に響いたのは、扉をノックする音だ。



「リコ、俺だ。今、大丈夫か?」

「竜王様?」



 さっき食事を終えたところで、まだ寝る時間ではない。私も荷物を整理しておこうと、ちょうど立ち上がったところだった。



(もしかしてアレ、持ってきてくれたのかな?)



 竜王様の訪問に思い当たることがあり、私は急いで扉を開けた。



「竜王様、どうしたん……ですか?」



 想像していた竜王様と違い、私は一瞬言葉を失う。そこにいたのは、竜王様(人バージョン)ではなく、竜王様(幼竜バージョン)だった。


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