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26 思いがけない展開

 

「次は二つ目の依頼だな。どうだ? 疲れてないか?」

「だ、大丈夫です! さっき美味しいランチをキークリーさんにご馳走してもらいましたから。た、体調は万全です!」

「フッ、そうか。それにしても、さっきの問題解決は見事だったな」

「そ、そそ、そうですか?」



(近い! 竜王様、顔が近い!)



「どうした? 褒められたから、そんなに顔を赤くしてるのか?」

「そ、そうです、ね」



 次の依頼主のもとに移動中、竜車の中で私と竜王様は、なぜか隣り合って座っていた。王宮から出る時は私の隣はリディアさんで、竜王様とは向かい合っていたはずなのに。なぜか今は隣りに座っている。



(しかも距離が近い!)



 竜人の体は大きい。そのうえ竜王様は身長も高く、肩幅も広いのだ。だから王族専用のこの竜車も、もちろん広々サイズなのだが……。竜王様は私にピッタリくっついて、なおかつ顔を私のほうに向けるから、ものすごく居心地が悪い。



 嫌悪感からじゃない。なんていうか、今隣りにいる竜王様からは、妙にしっとりとした空気が流れてきている。私の勘違いじゃなければ、口説きモードというか……。からかうようなニヤニヤした笑いはどこかにいって、私を見つめる瞳は潤んでいた。



「リコは髪の毛も綺麗だな」

「ひえっ!」



 スルリと髪の毛を一房手に取られ、竜王様がそれにキスをした。まるで少女漫画の恋人のような甘い行動に、甲高いまぬけな声が飛び出してしまう。



「竜王様、もうそのへんで」

「ああ。わかった、わかった」

「竜王様はお茶を飲んでください」

「シリルが用意したのか?」



 リディアさんが竜王様に注意してくれ、ようやく隣に隙間を開いた。さっきまでの態度は新手のからかいなのだろうか。竜王様はお茶を飲みながらも、口元が笑っている。



(もう! 人騒がせな……!)



 私だって、竜王様がからかっている時は、睨んだり言い返したりもする。だけどこのタイプのからかいは、男性に免疫がない私には、ただただパニックになるだけ。



 結局次の依頼地に着くまでの間、竜王様はちょこちょこと甘い態度を出しては、リディアさんに怒られていた。



 ◇



「初めまして、迷い人のリコ・タチバナです」



 今度の領主の館では、夫婦がそろって出迎えてくれた。この領地では主に郵便物などを運ぶ竜を飼育しているらしく、空には小型から中型の竜がたくさん飛んでいる。



「ああやって、荷物を運ぶ練習をしているんです」

「わあ……! いっぱい飛んでますね」

『ぼくも、はやく、とびたい!』



 そのまま空を見上げていると、なにやら雲行きが怪しくなってきた。雨が降ってきたら、護衛の騎士さんたちはずぶ濡れになってしまう。私たちは領主のもてなしを断り、すぐに竜と話すことにした。



「問題の竜なんですが、ある時期から夜中に突然鳴いたり雄叫びをあげるようになったんです。どうやら森に向かって吠えているみたいなんですが、この辺りは獣もいませんし、小動物くらいで竜が騒ぐことはありません。それに不審者が入ってくることもないですから、どうして森に向かって鳴くのか知りたいんです」



(深夜に突然、誰もいない森に向かって、吠える竜か……)



 たしかに竜舎や館の裏側は大きな森だ。かなり広い森のようで、不審者が入ってこないように、管理小屋まで作って警備しているらしい。



(でも良かった。今回はカルルくんみたいに絶食して、命の危険があるわけじゃないから、ちょっと気がラクだ)



「じゃあ早速、竜から話を聞いてみますね」

「お願いします」



 森に向かって吠える竜の名前は、ランドくんという。性格はやや無鉄砲なところがあるらしい。



「初めまして、ランドくん。私、リコといいます。ランドくんは時々、森に向かって吠えると聞いたんだけど、理由を聞かせてもらえる?」



 その言葉を聞いたランドくんは、ぐりんと勢いよく私の方に顔を向け、鼻息をプシューと吹きかけてきた。



『よーくぞ聞いてくれた! お嬢ちゃん! 俺はね、森に吠えてるんじゃないんだ! 森の奥にいる化け物に吠えてるわけ!』

「化け物? そんなのが森にいるの?」



 私のその言葉に、領主夫婦はそろって首を横に振っている。



「化け物なんていないみたいだけど、どうして森にいると思ったの? 何か気配がしたとか?」

『気配どころじゃねーよ! お嬢ちゃん! 夜になるとな、森から何時間もひどい鳴き声が聞こえてくるんだ。こんなふうにな!』



 そう言うとランドくんは、歯を擦り合わせ、キリキリと甲高い音を鳴らし始めた。



「きゃあ!」

「うわ! ランドやめなさい!」

「すごい音だな。リコ平気か?」

『そのおと、きらい!』



 ランドくんの口から出てくる音は、日本でいうと「黒板に爪を立てる音」そっくりだ。竜王様以外はみんな耳を押さえ、嫌がっている。卵くんですら『やめて〜』と叫んでいた。



 しかし当の本人は、どれだけ自分が不快な音と夜中に戦ってきたかを、切々と語っている。しかも「だから俺はこうやって威嚇してやったんだ」と吠えるので、他の竜たちも騒ぎ出してしまった。



『本物は、これよりもっと酷いぞ! 地の底から聞こえてくるような――』

「わかった、わかった。ちょっと待っててね」



 これ以上吠えられたり、奇妙な音を出されたら困る。私は今まで話した内容を領主に話し、判断を仰いだ。



「――と言っていますけど……」



 するとそれを聞いた領主の奥さんが、パチンと旦那さんの頭を叩いた。



「あなたの楽器の音じゃないの!」

「えっ? 楽器?」



 奥さんの説明によると、こうだ。



「実は数ヶ月前に、隣国に旅行に行ったんです。そこで主人がどうしても欲しいと、ある楽器をお土産に買ったのですが……」



 そう言うと奥さんは、チラリと自分の夫のほうを見る。旦那さんもようやく思い当たったのか、顔を赤くしてボソボソと話し始めた。



「隣国に行った時に、珍しい弦楽器を見つけまして。しかもその音色がものすごく素敵なんですよ。しかし練習しないと弾けないし、その練習も難しいのです。独学では無理だということで、私が時々こちらに楽師をお呼びして、練習をしていたんです……その……」



 旦那さんも、奥さんも、ものすごく顔が真っ赤だ。最後にはモゴモゴと言いづらそうにしていたが、「最後まで言いなさい!」と、今度は背中をパチンと叩かれている。



「森の管理小屋で……」



 その答えにしばしの沈黙が流れたあと、私たちは大爆笑してしまった。反対に森に向かって威嚇していたランドくんは、『なんだって? 楽器の音!?』と、驚いている。



 それでも最初はプリプリと怒っていたランドくんだったが、「化け物がいないなら良かった」と言って、スヤスヤ寝てしまった。すると隣の部屋にいる竜がこっそり『私たちが怖がっていたので、ランドが威嚇してくれていたんです。だから彼はいつも寝不足でした』と教えてくれた。



(そっか、ランドくんはみんなを守るために、森に威嚇してたんだね)



 私がそのことを皆に伝えると、なぜか旦那さんは「よし! 早くランドに素敵な音楽を聞かせるためにも、練習を頑張るぞ!」と言って、また奥さんに叩かれていた。



「フッ……、これも無事解決だな。しかし次は難しい依頼だと思う」

「そうなんですか?」



 無事二件目の依頼も成功し、ホッとしていたのところなのに。最後の依頼はそんなに難しいのだろうか。



「ああ、そもそも、リコもその竜とは、話せないかもしれない」

「えっ! そんな変わった竜がいるんですか?」

「まあな……お、二人が手を振っているぞ」



 私たちを乗せた竜車がふわりと浮き、次の目的地へと飛び始める。地上からは領主夫婦がニコニコと手を振っていた。隣りにいるランドくんも『お嬢ちゃん、また来いよ〜』と、楽しそうにクルクル飛び回っている。



「これからあの領主は、リコの能力の凄さを、竜を使って広めると言ってたな」

「はい。竜の飛行練習で全国各地に行くから、そこで今日のことを伝えてくれると。あとランドくんも、竜仲間に伝えてくれるそうです」


「ははは! 竜仲間にもか。それはいいな」

「竜はけっこうおしゃべり好きだって、言ってました」



(そういえば、おしゃべり好きで思い出したけど、卵くんは寝ちゃったのかな?)



 たしかランドくんが楽器の真似をしたあたりまでは、起きていた。たぶんあれで疲れちゃったんだろうな。私は気づくと、寝てる子の頭をなでる気持ちで、お腹をさすっていた。



「なんだ、リコは腹が減ったのか?」

「えっ! そ、そういうわけでは! いえ、そうですね。お腹空きました!」

「フッ……大丈夫だ。すぐに着く」



(あぶない! お腹さわってると、すぐに誤解されちゃうよ。しばらくは外でさわらないようにしなきゃ……!)



「ほら、着いたようだぞ」



 竜王様の言うとおり、予想していたよりも早く、今日の宿泊場所である館に着いた。しかしそこは今までの領主の館とは違い、だいぶ小さめだ。それに近くに竜舎らしき建物もない。しかも木に囲まれるように建っていて、まるで人目を避けているようにも見えた。



「不思議なお家ですね……」

「ああ、家の主人と同じだ」



 ここに住んでいるのは、竜王様のお妃様選定で使われる「水晶の番人」だった人。それでいてこの国の歴史や植物にも造詣が深い人物らしい。



「竜王様!」



 コツコツと少し神経質そうな靴音とともに、こちらに向かってくる人がいた。目の前まで来るとひざまずき、私たちが竜車から降りるのを待っている。



「ルシアン、久しぶりだな。出迎えご苦労」

「申し訳ございません。もう少し遅くなるかと思っておりました」

「なに、雨が振りそうだったのでな。早めに来ることにしたんだ。それより顔をあげてくれ」

「ありがとうございます」



 二人の挨拶が終わり、ルシアンと呼ばれた男性が顔を上げる。その見覚えのある顔に、私は思わず大きな声を出してしまった。



「シ、シリルさんですか?」



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