25 竜たちのお悩み相談
竜車の乗り心地は、飛行機が安定飛行している時に近い。これなら竜王様が心配していたような、車酔いもしないですむだろう。私は小さくなっていく王宮を見ながら、ホッと胸をなでおろした。
「竜王様、今日はどのような場所に行くのですか?」
「今日は三つの領主のところに行く。隣あった場所だから、そんなに移動は長くないぞ。それに最初の二つは、竜をことさら可愛がっている領主だからな。リコの能力を見るのを、ものすごく楽しみにしている」
(ふむふむ、それなら私の能力が発揮できそうだ)
しかし竜王様は「最初の二つ」と言った。最後の領主は、今日宿泊でお世話になる予定なんだけど。竜に興味ない人なんだろうか? それならなぜ、私に依頼したんだろう?
不思議に思っていると、竜王様は私の顔を見て「リコは本当にわかりやすいな」と言って笑っている。
「最後の宿泊する領主は、少し違う。彼は代々、竜王の妃の判定をする、水晶を守る番人の家系だ。事情があって俺の父親が竜王の時、他領主にその仕事を譲ることになったがな」
妃の判定をする水晶を守る番人――
その言葉にドキッと胸が跳ね上がる。
「そ、そんな職業があるんですね」
「ふっ……、そうだな。彼はこの国の歴史に精通していたから、先の迷い人のことも知っていたはずだ。リコを連れて行ったら、喜ぶだろう」
前回来た迷い人さんが五百年前だから、最近の竜人にとっては、名前だけ知っている歴史上の人物って感じなのだろう。知ってたのは竜王様とシリルさんだけだった。
(前回の迷い人さんがどうしていたのか知れたら、何かの役に立ちそう!)
「それに競技会でギークが竜に食べさせた、例の甘い葉の一部が寮の部屋から見つかった。しかしそれがなんの植物かわからないから、調べてもらおうと思っている」
「それが、リディアさんが言ってた、竜王様の用事だったんですね!」
「そうだな」
「私の警備で一緒に来るんですか?」なんて、馬鹿みたいなことを質問してしまった。こんな重要な仕事があったなんて。
(また、からかわれてしまった……)
私が眉間にしわを寄せ悔しがっていると、外から団長さんの声が聞こえてきた。
「竜王様、キークリー領主の館に到着いたします」
「さあ、着いたぞ。一つ目の仕事だ」
「緊張してきた……」
『ぼくは、ワクワクする!』
窓から下を見てみると、私たちを大勢の人が出迎えてくれていた。小さい子どもたちも、一生懸命手を振っている。
その可愛さに、見えていないだろうけど、思わず私も手を振り返してしまった。すると私たちの竜車は、揺れが起きないよう大きく旋回しながら、ゆっくり地上に降りていった。
「竜王様、迷い人様。このような田舎まで、よくお越しくださいました。粗末な館ではありますが、ぜひおくつろぎくださいませ」
「ああ、キークリー、久しいな。顔を上げてくれ」
竜王様のその言葉に、領主だけでなくその場にいた全員が顔をあげた。するとすべての人の視線が私に注がれ、興味津々といった顔をしている。子どもなんて背後の建物と私を交互に見ては、何かヒソヒソと話していた。
すると領民のその姿に、竜王様がクククと笑い始めてしまった。
「キークリー、どうやらお茶のもてなしより、竜の問題を先に片付けたほうが良さそうだな」
「お、お恥ずかしい……」
領主は顔を真っ赤にして謝っていたが、竜王様は楽しそうだ。機嫌よく笑っては、領主の背中をポンと叩いた。
「気にするな。それだけ竜たちの言葉が聞きたくてしょうがないのだろう。竜を大事に思うことは良いことだ」
「ありがとうございます。しかし迷い人様はお疲れでは?」
「私も大丈夫です! まったく疲れていませんし、私も早くこちらの竜に会ってみたいです!」
そう言うと、子どもたちが小声で「やった!」と呟いている。そうとう竜が好きなんだろう。一人の子は小さな竜のぬいぐるみを片手に持っていた。
(そうだ! せっかくだから、この子たちに案内してもらおうかな?)
「ねえねえ、竜はどこにいるの? 私を連れてってくれると嬉しいな〜」
子どもたちの前にしゃがんで、彼らの目線に合わせてそう言うと、一瞬にして皆の大きな目がキラキラと輝き出した。
「こっち! こっちだよ!」
「竜王様、こっちだそうですよ〜」
「あっ! コラ! 迷い人様になんてこと!」
『はしれ〜』
大人たちが制止する声を無視して、子どもたちは私の手をつなぎ、竜舎のほうに引っ張っていく。卵くんもポコポコお腹を叩いて、楽しくてしょうがないみたいだ。
後ろから「こけるなよ」という竜王様の声が聞こえるところをみると、私が子ども好きなのを伝えてくれたのだろう。護衛の騎士さんとリディアさんだけが、数歩後ろを走ってくれていた。
「迷い人様! この子! この子がね、大変なの!」
「何をあげても、ダメなの」
「ねえ、お話しして、聞いてあげて?」
竜舎につくと、そこには十頭ほどの竜がいた。その中でも一番大きくて青い竜が、部屋のすみのほうで丸くなって寝ている。私たちの声に少しだけ瞼を開けると、またすぐに目を閉じてしまった。
「この竜?」
「そう! 迷い人様! 助けてあげて!」
「何があったの?」
「それがわかんないの〜」
子どもたちの話では、問題の手がかりすらもわからない。すると竜王様と一緒にやってきた領主が、何があったかを詳しく説明してくれた。
「迷い人様、こちらの竜なのですが、先月から何も食べなくなってしまったのです。日に日に元気がなくなっておりまして、皆心配しているところです」
「先月から?」
「はい、頑丈な竜といえど、一月も何も食べなかったら危険です。水は飲んでいるようですが、理由もわからず心配で心配で……」
領主だけじゃない。子どもたちや外から覗いている領民たちも、皆この竜のことを心配している。私は問題の竜の名前を聞くと、そっと声をかけた。
「初めまして、リコといいます。カルルさんですよね。一月前からお食事をしなくなったと、聞いています。みんな心配していますよ? どうしてなのか、理由だけでも教えてもらえませんか?」
しんと静まり返った竜舎に、私の話し声だけが響いている。しかしカルルという竜は私をチラリと見ただけで、何も話さない。
(もしかして、この竜とは話せないのかな? どうしよう、みんな期待してるのに。ううん。そんなことより、理由が聞けなかったら、この子餓死しちゃうんじゃ……!)
私は諦めずに何度も、その竜に話しかけた。それでも竜は鳴き声すら出さず、しまいには私のほうを見なくなってしまった。
(どうしよう! 何も話してくれない!)
領主も少し怪訝そうに私を見始め、子どもたちもヒソヒソと「ダメなのかな?」と話している。その時だった。
『……している』
食事を取らない竜が、ようやく何かを話し始めた。しかしあまりにも弱々しい声なので、まったく聞き取れない。
「ごめんなさい。なんとおっしゃいました?」
するとその竜はゆっくりと瞼を開け、私をじっと見つめてきた。その瞳は潤んでいて、とても淋しそうに見える。そしてなんとか私に聞こえるほどの声で、話し始めた。
『喪に服しているんだ』
「喪に服している?」
(竜が喪に服してる? 私の聞き間違いかな?)
意味がわからず、竜にもう一度聞いても、同じ様に『喪に服している』と返ってくる。不思議に思いつつも、本人がそう言っているのだからと、私は領主に事情を聞くことにした。
「この竜が言うには、自分は喪に服しているらしいのですが……。どなたか最近亡くなった方は、いらっしゃるのですか?」
全く予想していなかった質問に、領主はポカンと口を開けている。気持ちはわかる。私も意味がわからない。
「いいえ! カルルが会う人物は、誰も死んでおりません! そうだよな?」
領主が竜舎の外にいる領民に同意を求めると、みんな大きくうなずいている。う〜ん、ますますわからない。私はもう一度カルルさんに聞いてみることにした。
「カルルさん、言いにくいかも知れませんが、どなたが死んだのですか?」
「……思い出すのもつらいが、この家で飼っている犬のシーラだ」
人じゃなかった。私はすぐさま、さっき聞いた言葉を領主に伝える。
「シーラさんというワンちゃんが死んだと、言っているようなんですが……」
「シーラ? あの子は生きてますが」
『なに? じゃあなんで三ヵ月も姿を現さないんだ! しかも最後に会った時は、苦しそうにヨボヨボと歩いていて……うう、かわいそうなシーラ……』
竜気が強い領主の言葉は理解できるのだろう。死んだと思っていた犬のシーラが生きていると聞いて、竜のカルルは勢いよく立ち上がった。
私がすぐさまカルルの言っていることを通訳すると、領主は目を丸くして驚き、シーラに何が起こったのかを叫び始めた。
「それはシーラが妊娠していたからだよ! あの子は今、子育て中で、本館のほうで毎日寝不足だ! おい!誰かシーラを連れてきてくれ!」
領主のその言葉に、女性があわてて出て行った。犬のシーラちゃんを連れてくるのだろう。しばらくすると予想通りシーラちゃんを抱っこした女性が、竜舎に入ってきた。
しかもそのまた後ろには、バスケットを持った女性がおり、その中にはシーラちゃんが産んだであろう子犬が五匹入っていた。
『おお! シーラじゃないか! 死んだかと思ったぞ! それはおまえが産んだ子どもか? かわいいじゃないか!』
喜びいっぱいのカルルの言葉に応えるように、シーラちゃんがキュンキュンと鳴いている。しっぽがちぎれるんじゃないかと思うくらい振って、カルルの体を舐めていた。
するといつの間にか隣にいた竜王様が、大喜びでじゃれ合う二匹の様子を見て、私のほうを振り返った。
「リコは犬の言葉はわからないのか?」
「わかりませんね。キュンキュン鳴いて嬉しそうにしていると思うだけです」
「俺たちと一緒だな」
「ふふ。そうですね。でも良かったです」
「ああ、本当に良かった」
『よかった、よかった! ママだいかつやく!』
食べない理由が判明し、領主も安心したのか、私達をランチに誘ってくれた。するとその話が聞こえたのだろう。竜舎を出る時には、カルルのこんな声が聞こえてきた。
『安心したら腹が減った〜! ご飯くれ〜』