表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/36

24 リコの名声

 

「ふわあ〜よく寝た……」



 カーテンを開けると、清々しいほどの快晴だ。なんという絶好の旅日和! その澄み切った青空に自然と鼻歌が出てしまうくらい浮かれた私は、すぐに身支度を始めようと振り返った。すると部屋に妙な違和感を感じ、思わず足を止める。



「……あれ? コップが片付けられてる。リディアさんかな?」



 私が以前気絶して倒れたので、この部屋の鍵はリディアさんも持っている。もしかして今日の荷作りをするために、寝ている間に入ったのかもしれない。でも違う人だったら怖いな。すると私が朝食を終えた頃、リディアさんが部屋を訪ねてきた。



「おはようございます。リコ。体調はよろしいですか?」

「リディアさん、おはようございます! 体調は良いですよ! それとちょっと質問なのですが、昨夜私の部屋に入りました?」



 私がそう質問すると、リディアさんは、ほんの少し戸惑った顔をしたあと、恥ずかしそうに返事をした。



「はい。すみません。荷物に入れるリコの服を持ち出すのを忘れてしまって、夜に入ってしまいました。一応ノックはしたのですが、リコはぐっすり眠っていたので……」

「そうだったんですね! コップまで片付けてもらってすみません!」



(やっぱりリディアさんだった。それにしても私が卵くんに話しかけている時じゃなくて、良かった……)



 私がホッとして鏡の前に行くと、リディアさんが満面の笑みで、私に向かってドレスを広げて見せていた。その姿はいつものリディアさんとは違い、ジャーンという効果音が出そうなほど、ニコニコしている。



「今日はこちらをお召しになってもらいます!」

「こ、これは……私が着ても大丈夫なんですか?」



 目の前に出されたドレスは、なんと、竜王様しか許されていない「赤色」だった。シンプルな形のドレスだけど光沢のあるベルベットのような生地で、胸元からお腹にかけて、これでもかと豪華な金糸の刺繍がほどこされている。



 この世界に来た時にバイトの制服が赤かったため、かなりのひんしゅくを買った。こんな真っ赤なドレスを着たら、あの悪夢再びだと思うのだけど。しかしリディアさんは、フフンと自慢気に笑い、顔を横に振っている。



「大丈夫です! 竜王様からの指示ですから」

「そうなんですか?」

「はい! リコに迷い人としての能力が現れたでしょう? なのでこの機会に竜王様と同じ尊い存在なのだと、各地に示そうとのことです。前回の迷い人様も、そうして赤の衣をまとったそうですよ」



「で、でも女性たちの反感が――」

「それも大丈夫です!」



 今日のリディアさんは、すごくテンションが高い。私の言葉に食い気味で話すことなんてないのに、なんだか目もギラギラとして、すごく興奮している。



「昨日、騎士団の方々がリコに忠誠を誓ったことは、城だけじゃなく貴族にも、そのうえ街にも広まっています。特に騎士団長が忠誠を誓うのは王族だけなのですから、これは大ごとだと、リコを尊敬の眼差しで見ていらっしゃいますよ!」


「そうなんですか?」

「はい、あの場にいなかった騎士たちや、地方の騎士団からも、リコへの面会が殺到しています」



 なるほど。それでこんなにリディアさんが興奮してるんだ。以前ギークに私が詰め寄られた時、彼女はものすごく怒っていた。もしかしたら私がまわりに認められないことを、苦しく思ってくれていたのかもしれない。



「さあ、リコ。こちらでお召し替えを」

「は、はい!」



 私は促されるまま、赤いドレスを身にまとった。わりと体にそった細身のドレスだったから、ちゃんと着れるか心配だったけど、無事入ってくれホッとする。リディアさんも後ろのボタンをとめ終わり、腰にまわした共布のリボンを器用に結んでいた。



「それに今回訪ねることができない領主からも、早くリコに来てほしいと、順番待ちがすごいんですよ」

「えっ? そんなに?」

『ママ、にんきもの! さくせんせいこうのよかん……!』



(あれ? いつのまにか起きてたんだ。今日もかわいいな〜)



 何も言わずしれっと会話に参加し始めた卵くんの行動に、笑いをこらえながらお腹を何回かさすった。挨拶のつもりだけど、伝わっているといいな。すると鏡越しにそれを見ていたリディアさんが、後ろからひょこっと顔を出した。



「リボン、きつく締めすぎましたか? 苦しかったら緩めますけど」

「だ、大丈夫です!」



(あぶなかった。でも私って無意識にお腹をさわってるのかも。今日から二日間、竜王様も日中ずっと一緒だし、気をつけなきゃ!)



 胸に手を当てほうっと息を整えると、ふとサイドテーブルに置いてある、もう一本のリボンが目に入った。私の腰に結んであるのと、同じものだ。



「リディアさん、このリボン貰えますか?」

「もちろんいいですけど、どうするのですか?」

「ふふふ。秘密です」



(喜んでくれるといいな……)



 このリボンをもらった相手が嬉しそうにしてくれるのを想像していると、扉がノックされ、シリルさんの入室の声が聞こえてきた。入ってきたのはもちろん、シリルさんと竜王様だ。



 卵くんは入ってくる前からわかったようで、『パパ〜』と言って嬉しそうにクルルと鳴いている。



「準備はできたか?」

「は……い」

「どうした? 変な顔して」



 竜王様に注意された変な顔は、まぎれもなく私が呆けている顔だ。だって、竜王様の着ている服がおかしい。彼の今日のファッションは、以前にも見たことがある、砂漠の王様ふうだ。それはまあいい。問題は――



(私の衣装とおそろいだってこと!)



 竜王様が着ているのは、私と同じ光沢のある赤い布で作られた、詰め襟のロングジャケットだ。刺繍は肩から裾まで、金糸の刺繍が入っていて、私たちが並ぶと、どう考えても(つい)の衣装に見える。



(本当にここまで一緒で大丈夫?)



 リディアさんから報告は受けたものの、まだ実際に自分で見たわけじゃない。一歩外を出たら、私を憎々しげに見る女性がいるかもしれない。しかし不安になった私がリディアさんに目で合図すると、自信満々の顔をした彼女は、重々しくうなずいた。



「リコ、大丈夫です!」

「……わかりました」

「よくわからんが、行くぞ。あちらに着くのが遅くなってしまう」



 そう言って竜王様は、私に向かって手を差し出した。エスコートだ。きっとこれも私が皆に「竜王様の妃」として認めてもらうのに、必要不可欠だろう。幸い今日はヒールのある靴ではないし、動きやすい服だ。



 私はアビゲイル様の所作を思い出し、なるべく優雅に見えるように、竜王様の手を取った。



「うまくなったじゃないか」

「もっと頑張ります」

「……ああ、それは良いことだ。もうリコはこの国の重要人物だからな」

『じゅーよーじんぶつって、なんだろ? 強いのかな』



 重要人物という言葉にグッと重圧のようなものを感じたけど、卵くんの言葉で気が抜けていく。しかしシリルさんがドアを開けるカチャリという音がすると、一気に緊張してきた。私と竜王様の姿を見て、王宮で働く方たちはどう思うのだろうか。



 私はそれを見極めるためにも、しっかり顔を上げ、ほほ笑みを浮かべた。



「迷い人リコ様! この国に来ていただいて、ありがとうございます!」

「本日から国内を見て回られるとのこと。お体には十分お気をつけくださいませ」

「こちらにお帰りになられるのを、心待ちにしております」


『わあ〜ママ、じゅーよーじんぶつ!』



 なんと! リディアさんの言ったとおり、会う人すべてが私を尊敬の眼差しで見てくれている。時には涙を流して見送る人もいて、この国での竜の重要さがよくわかった。



「良かったな。これで王宮内も自由に歩けるだろう」

「逆に歩きにくそうな気もします……」



 横目でちらりと様子をうかがっていると、私を一目でも見たいと、物陰から熱い眼差しを送っている人がたくさんいる。これからこの視線に慣れていかないといけないみたいだ。



「はは! たしかにな。みんなリコに会いたがってる。もう少し落ち着いたら、夜会でも開かないと収集がつかないだろう」

「夜会!」

「ああ、でもまだ先だから安心しろ。こちらにも準備があるからな」



 妙に意味深な顔で笑う竜王様に、嫌な予感しかない。きっとド派手にして、私が戸惑っている姿を楽しむつもりだろう。私がジロリと睨むと、図星だったのか、苦笑いしている。



「さあ、着いたぞ。今日はこの竜車に乗っていく」



 着いた場所は、昨日、忠誠の誓いを行った広場だった。しかしなにより驚いたのは、そこに団長始め私に忠誠を誓った騎士たちや、王宮で働く人たちがズラリと並んでいたことだ。一番すみには私が昨日専属にした、ヒューゴくんがちんまりと座っている。



「本来は王族専用の場所があるのだが、今日はリコの出発を見守りたいと、騎士団や王宮の職員がうるさくてな」

「大丈夫です! 私もみんなに挨拶したかったので」



 ここまでくると、かえって覚悟が決まってくる。私はニッコリとほほ笑み、竜王様と一緒に前に出た。



「リコ様! 今日は私も護衛としてお供させてもらいます! よろしくお願いいたします」



 団長さんがそう言うと、「私も行きます」「俺もです」と次々、挨拶をされた。私たちが乗る竜車をぐるりと囲むかたちで、護衛してくれるらしい。



「ヒューゴも連れていきますよ。もうリコ様専属ですから、他の騎士を乗せることはありませんが、護衛しながら飛ぶ方法を教えなくちゃいけませんから」



 団長さんが手招きすると、すみでじっと見ていたヒューゴくんが、私のもとに飛んできた。しっぽを振りながら嬉しそうにやってくる姿は、とてもかわいらしい。



「ヒューゴくん、おはよう! 昨日は私の専属になってくれて、ありがとう!」

『……夢じゃなかったんですね。僕、朝になったら、夢から覚めるだろうと思ってました』

「よし! そんなあなたに、とっておきのプレゼントを持ってきたからね!」

『プレゼント?』



 そう言って私は、ポケットから赤いリボンを取り出すと、ヒューゴくんの首に結びつけた。これで気にしている赤い痣も見えないし、なにより赤い蝶ネクタイ姿になったヒューゴくんは、予想以上にかわいい! 人目がなかったら、地面に這いつくばって、身悶えていたくらいだ。



「私の専属竜という証のリボン! 今日の私と同じリボンだよ!」



 くるりと背を向け私の腰のリボンを見せると、ヒューゴくんは目を大きく見開き、爪先でちょんちょんと自分の首元をさわっている。どうにかリボンを見られないかと首を右に左にかしげたあと、私に向かってペコリと頭を下げた。



『ありがとうございます。痣も隠れて嬉しいです……』



 控えめな態度でお礼を言っているけど、しっぽは土埃が立つほど、バチンバチンと揺れている。ゲホゲホと被害にあった人たちが咳き込みながらも、みんな微笑ましく私たちを見守ってくれていた。



「そろそろ、行くぞ」

「はい!」

『ぼくも行く〜』



 竜王様にエスコートされ、用意されていた竜車に乗り込む。しかしなぜかシリルさんだけが一緒に乗らず、ニコニコと私に手を振っていた。



「あれ? シリルさんは行かないのですか?」

「はい。私は少し調べ物がありまして」

「……シリル、頼んだぞ」

「はい、承知しております」



 一転して二人の雰囲気が険しいものになり、調べ物が重要な案件だとわかった。



(たぶん私を襲ったギーク兄妹のことだろうな。今は聞かないでおこう)



「じゃあ、みなさん行ってきます!」

『いってきま〜す』

「竜王様、リコ様。無事のお戻りを、お祈りしています」



 シリルさんの挨拶で扉が閉められると、ふわりと竜車が浮かび上がった。そのまま車体はゆっくりと上にあがっていく。



(わあ! 飛行機とも違うし、不思議な感じ! ワクワクする〜!)



「出発いたします!」

『しま〜す!』



 団長(プラス卵くん)の大きな掛け声が空に響くと同時に、ドカンと大きな音が鳴った。驚いて窓から確認すると、どうやらキールくんが私たちについてこようと、竜舎を破壊したらしい。



『うわ〜ん! ぼくも連れてって〜』

『あいつ、本当になにやってんだ……』



 外からヒューゴくんの呆れた声が聞こえてきた。キールくんも頑丈な鎖で繋がれているから、飛ぶことができないようで、キーキー文句を言っている。



(ごめんね。キールくんは、また今度)



 私が心の中でつぶやくと、団長がもう一度、出発の掛け声を叫んだ。そしてそのまま、私たちを乗せた竜車は無情にも飛び立ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ