23 リコだけの竜
「元気でいいことだ。昨日の今日だから、外に出るのを怖がるかと思ったが、本当に平気か?」
「はい! 大丈夫です!」
もちろん怖くないと言ったら嘘になる。高いところに一人で登れと言われたら、それも断固拒否する。でもこの依頼は私の能力を認めてもらうチャンスなんだから、絶対に受けさせてもらいます!
異様な気合いの入りっぷりに、竜王様がまたククッと喉を鳴らして笑っている。
「出発は明朝だ。そんなに俺も城を空けられないからな。一泊して帰ろう」
「えっ! 竜王様も一緒に行くんですか?」
「もちろんだ。この国で最高の警備がおまえにつくんだ。感謝しろ」
「えっ? 竜王様が私の警備員として、一緒に行くんですか?」
そんな贅沢なことをして良いのだろうか? 私が疑問に思っていると、リディアさんが笑いをこらえながら、説明してくれた。
「竜王様ほどの竜気があれば、たいていの攻撃は跳ね返せますので、一緒にいれば安心ですよ。それに竜王様も領主に用事がありますので、お気になさらず。もちろん私もお供させていただきます」
「わあ! リディアさんと一緒なんて、嬉しいです!」
「おい、俺の時の態度と違うぞ」
あいかわらず仲間はずれが嫌いな竜王様が、文句を言っている。するとシリルさんが竜王様にお茶を入れながら、話しかけてきた。
「リコはこの仕事に関して、質問はありませんか? 身の回りの物以外で必要なものがあれば、準備しておきますが」
「必要なもの、ですか……」
どうやら旅の準備はリディアさんがしてくれるみたいで、私は身一つで出ればいいらしい。しかしこの世界で初めての遠出だ。日本での小旅行とは違いがありそう……
「あっ! 移動はなんでしょうか? 馬車とか……?」
「竜車です」
「りゅ、竜車! それはもちろん?」
「飛びますよ」
「きゃああ……ファンタジー……」
シリルさんの返事に、へなへなと崩れ落ちるように、机にもたれかかった。
(今までだって十分ファンタジーの世界だったけど、竜が引っ張る乗り物に乗れるなんて!)
あまりの興奮具合に、口元を手で押さえても、勝手に体がふるふると震えてくる。そんな私の様子を見て、三人は「本当に竜が好きなんですね〜」とニコニコしていた。するとまたしても、私の喜びを最高潮にする提案が、竜王様の口から出てくる。
「そんなに嬉しいなら、リコ専属の竜を決めてもいいかもしれないな。竜には乗りたくないか?」
「乗りたいです! 私専属の竜……! なんて素敵な響き……!」
『ママはぼくを産んだら、ぼくに乗ればいいのに〜』
卵くんがかわいいことを言っているけど、大きくなって人を乗せるようになるには、きっと時間がかかるだろう。私は慰めるようにお腹をスリスリと擦ると、顔を上げた。
「もし相棒のいない竜がいて、その子が私の専属になっていいと許可してくれたら、欲しいです!」
「ああ、じゃあ今から、竜舎に行ってみるか?」
「いいんですか!」
竜王様のその言葉に、私たちは早速、竜舎に向かった。なにやら騒がしいと思ったら、壊れた竜舎の工事をしているらしい。
(そういえば、昨日はいろいろあったから、この辺をよく見てなかったな……って、メチャクチャ荒れてない?)
周囲を見てみるとまわりを囲んでいる木が、いくつかなぎ倒されている。しかも地面を見ると、あちらこちらに小さな地割れができていて、ぼうっとしていると転んでしまいそうだ。
「あの、この地面や、あの木はどうしたんですか?」
「ああ、これは竜王様の仕業なんですよ」
「シリル」
「いいじゃないですか。昨日リコが空から落とされたでしょう? それで怒った竜王様の威圧で、こうなったんです」
「えっ! そ、そんな、大丈夫なんですか? それに観客の方とか……」
なにやら私が気を失っている間に、大変なことが起こっていたようだ。あの場にいたリディアさんたちは平気みたいだけど、騎士たちの掛け声でも弱っている人がいたくらいだ。病人が出ていてもおかしくない。
するとシリルさんは、フッと鼻で笑って首を振った。
「それどころか、この威圧の件で、竜王様の人気はさらに急上昇していますよ。あの威圧を浴びたいだの、もう一回してくれだの、昨日から要望が多くて大変です。それに竜人は体が頑丈なんですよ。威圧の失神くらいで文句を言う人は馬鹿にされます」
「そ、そうなんですか……」
さすが強さを重視する国民だ。やっぱり私みたいな日本人と、竜人とではそもそもの考え方が違うみたい。そういえば、キールくんも昨日、竜王様の威圧が気持ちいいって言ってたっけ。
そんなことを思い出していると、ちょうどキールくん本人が、竜舎から顔をぴょこっと出していた。
『あ! 昨日の女の子だ〜』
「こんにちは。キールくん」
『名前覚えてくれたんだ! じゃあ、僕とけっこ――』
「おい! キール! 体洗ってるんだから、迷い人様にじゃれついちゃダメだ! あっ! 竜王様もいらっしゃったんですね。団長をお呼びしましょうか?」
相棒のゲイリーさんは、びしょ濡れになりながら、せっせとキールくんの体を洗ってあげている。それなのにキールくんは、ゲイリーさんに水をかけて遊んでいる。いつもこんな感じなんだろうな。
「ああ、竜の世話をしている時に悪いな。リコの専属竜を選ぼうと思ってな。今現在、相棒がいない竜を集めてくれないか? なるべく気性が穏やかな竜がいいのだが」
「迷い人様専用の竜ですね。わかりました! すぐ何頭かご用意いたします!」
しかしそれを聞いたキールくんは、大暴れだ。
『ぼくが、この子の専属竜になる〜! ゲイリーの相棒辞めるから、ぼくにして〜』
とうてい通訳できそうにないその言葉にも、ゲイリーさんは「どうせ迷い人様の竜になりたいってごねてるんでしょ」と笑っている。
(いいなあ……こういう関係。私もこんなふうに言葉がなくても、わかり合える竜を選びたいな)
しばらくすると、私たちの目の前に、五頭の竜が並ばされた。色は左から赤二頭、青二頭、そして最後に白い竜が一頭いた。
「あ……あの白い竜」
「ん? 気になるか? ああ、あれはキールが暴れていたのを、必死で止めていた竜だな。首に赤い模様があるからすぐわかる」
「ちょっとお話ししてきていいですか?」
「もちろんだ。話して相性を知るのがいい」
竜王様が穏やかな性格の竜を指定したので、私が目の前を通っても、竜たちは騒がずじっとしている。時折ワクワクした目でしっぽを振っているところを見ると、みんな好意的に私を見てくれているらしい。
それでも一番最後の白い竜だけは、下を向いて私と目を合わせないようにしていた。
「こんにちは。たしか、ヒューゴくんですよね?」
『……はい。でもぼくを、選ばないほうがいいですよ』
「えっ? それはどうして? 竜人以外は乗せたくないとか?」
それならしょうがない。私の出した条件とも違うし、他の竜と話してみようか、そう思った時だった。ヒューゴくんは顔を上げ、思いつめたような声で叫んだ。
『違います! ……ただ、僕はあなたを襲った、ギークという騎士の相棒になるはずだったんです。勘違いしないでくださいね。僕はギークのことは苦手で、相棒にならないですんだのは嬉しいんです。でも……』
「でも?」
『僕はあなたにとって、いわくつきってヤツになるでしょう? それに無意識にギークの乗り方の癖がついているかもしれません。それに僕は首に変な痣もあるし。だから……』
(……ああ、この子は、自分を否定して、良い子で頑張ってきたんだろうな。まるで日本にいた時の私みたい)
最初にこの竜が気になったのは、キールくんと同じ能力があるのに、相棒がいないことだっだ。試合にだって出てたのに、なぜ? その理由を聞きたくて、声をかけたのだけど。
「決めた! あなたにする!」
『ええ? 僕の話、聞いてました?』
「聞いてたよ! だからあなたに決めたの。竜王様、私、ヒューゴくんを専属にします!」
竜王様は事前にヒューゴくんの事情を知っていたようだ。少し戸惑った顔をしている。
「……いいのか?」
「はい! もちろんです! ね! ヒューゴくんも私の専属になりたいよね?」
『えっと、えっと……』
私やヒューゴくんみたいに、まわりの気持ちばかり考えてしまうタイプは、自分からは欲しい物を選べない。つい残り物でいいやと、あきらめてしまうんだ。だからちょっと、強引にいかせてもらいます!
「じゃあ、他の竜にしたほうがいい?」
『……だ、だめです! 僕があなたの専属になります!』
「よし! 決まり! これからよろしくね!」
そのあとは、申し訳ないが他の竜たちにはお礼を言って、帰ってもらった。残ったヒューゴくんは、心なしかモジモジしているように見える。すると一部始終を見ていた騎士団長さんが、感激した様子でこちらに駆け寄ってきた。
「迷い人リコ様、ヒューゴを選んで頂き、本当にありがとうございます」
「そんな、私はただ、ヒューゴくんを気に入っただけですから」
私たちは似た者同士だ。だからこそ分かり合える。そんな気持ちで選んだので、お礼を言われるのは、なんだかむず痒い。すると団長さんは、軽く首を横に振って、ヒューゴくんの今の状況を教えてくれた。
「もちろん同情からじゃないことはわかります。しかしヒューゴはギークのトレーニングを受けていたため、次の乗り手が決まらない状態でした。一度相棒の竜気を覚えると、他の騎士の竜気を覚えにくくなるのです。なので新人騎士にあてがうこともできず、正直なところ困っていました」
「そうだったんですか……」
ヒューゴくんはその話を、私の隣でじっと聞いていた。その姿がほんの少し淋しそうに見えて、私はそっと首に抱きついた。驚いた顔をしているけど、嬉しそうだ。パタパタと振るしっぽの感情はごまかせないのだ。
そしてそんな私たちを見ていた団長さんが、スッと私の前にひざまずいた。
「あなたは竜を愛し、大切に想ってくださるお方だ。そして竜と人とを繋いでくれる、希少な宝を持っておられる。どうか、竜王様と共に、末永く忠誠を誓わせてください」
突然の忠誠の誓いに、私はこの後どうしてよいかわからず、竜王様に目で合図をして助けを求めた。すると竜王様はニヤニヤ笑っている。
「肩に手を置いて、『私を守る盾となれ』と言えばいい」
「……!」
(私の盾となれ、なんてすごく偉そうだよ! でもこのまま待たせるわけにもいかないし。もう言うしかない!)
すると私と竜王様が話している間に、他の騎士たちもこの状況に気づき、駆け寄ってきてしまった。その数、ざっと二十人くらい。ほとんどが昨日、相棒の竜の言葉を通訳した騎士さんたちだった。
「俺も誓います!」
「私も!」
あっという間に私の前にひざまずいた大勢の騎士さんたちは、次々と誓いの言葉を言って、私の次の言葉を待っている。
「え、えっと……」
遠くで竜王様のククッと笑う声が聞こえる。もう! 絶対に面白がってるんだから! 私は顔を真っ赤にしながら、一人一人の肩に手を置いていった。
「わ、私を守る盾となりなさい……」
「はっ!」
少し尻すぼみな私の言葉でも、騎士さんたちは大満足なようだ。スッキリした顔で竜舎のほうに帰って行った。最後にヒューゴくんに挨拶すると、照れくさそうに「今日はありがとうございます」と言って飛んでいく。でもやっぱりしっぽはブンブン振っているので、喜んでいるらしい。
「なんだなんだ、もうリコは立派な迷い人様だな」
ニヤニヤとからかうような事を言いながら、竜王様がこっちに近づいてくる。手には何か赤い実がついた枝を持っていた。なんだろう? すると竜王様は、枝から一つだけ木の実を取ると、私のほうに差し出した。
「リコ、これを」
「なんですか?」
私の手のひらに、赤い木の実がコロンと転がった。
「酔い止めの効果がある木の実だ。竜車に初めて乗る時は、酔うヤツも多いんだ。だから今日はこれを必ず寝る前に飲んでくれ」
「そうなんですね! わかりました!」
そう約束すると、竜王様も安心したように笑った。しかし王宮に帰ってから、部屋に入る時にも「忘れるなよ? 寝る前じゃないと効かないからな」としつこい。
「そんなに酔うのかな?」
寝る準備をしながら、やや不安になって木の実を手に取る。
(竜車ってことは飛ぶのよね。そう考えると意外と風とかで揺れるのかも!)
さすがにお仕事で行くのに、私が竜車酔いになっては意味がない。さっさと寝て、体調万全にしなくちゃ。私はあわててベッドに入った。
「卵くん、今日はもう、おしゃべりはなしね。明日早いから、もう寝なくちゃ!」
『は〜い! あっ! ママ! パパからもらった、ぜったいのんでねっていうの、のんだ?』
「飲んでなかった! あっぶない。さっきまで手に持ってたのに……」
『ママ〜……』
卵くんのやや呆れた声を聞きながら、私はテーブルに置いてある、木の実を水で飲み込んだ。
「これで良し!」
『それでよし!』
「もう真似しないでよ〜」
『ふふふ』
さあ、これであとは寝るだけ。私は今日あった楽しいことを思い出しながら、目を閉じた。疲れていたのかあっという間に眠気が襲い、私は夢の世界に入っていく。
しかしあと少しで記憶が途切れるという瞬間、カチャリという扉が開く音が聞こえた。しかしその音さえもすぐに忘れ、私の意識は深く潜っていった。




