20 竜石と消えた令嬢
「えっ? 誰とって、それは見てのとおり、この竜と話しているのですが……」
「竜と!?」
私の言葉に竜王様だけじゃなく、そこにいた全員が驚きの声を出し、ざわつき始めた。しかも騎士たちは「竜と話せるなんてできるのか?」「ちょっと信じられないな」と言い始め、なんだか肩身が狭くなってくる。
「あの、みなさん竜人だから、竜の言葉がわかるんじゃないんですか?」
『わからないよ』
「えっ?」
竜王様たちに質問したはずが、隣にいる竜のほうが答えてしまった。私が振り向くと『かわいい〜』と言って、しっぽをブンブン振っている。
「みんな、あなたたちの言葉がわからないの? 私だけ?」
『うん! 君だけ! だから僕と――』
「リコ! 本当に竜の話していることが、わかるのか?」
竜王様は目の前の竜の言葉を遮るように言うと、私の肩を揺さぶった。
「は、はい。もしかして竜王様もわからないのですか?」
「ああ、竜たちは俺の言うことを理解しているようだが、人の言葉は話していない。今、リコが会話をしていた時も、鳴き声にしか聞こえなかったぞ」
「えっ! 鳴き声?」
どうやらこちらの竜と竜人は、日本でいうと飼っている犬との関係に似ているみたいだ。飼い主の言うことを理解しているし、行動や仕草で彼らの気持ちはわかるけど、「会話」はできない。
『でも竜気が弱い人の言葉はわかりづらいよ。その点、竜王様は特別! すっごく竜気が強いし、みんなの憧れなんだ!』
「そうなんだ……」
するとその竜はクルルと甘えた声を出し、私の腕とワキの間に自分の頭を差し込んできた。この行動、居候していた家でお世話をしていたワンちゃんもやってた気がする。しかしその甘えた態度をしている竜のしっぽを、もう一頭の竜が引っ張って止めさせようとしていた。
『おい! キール! 恥ずかしいから人前でそんなことするな!』
『うるさいな〜! 本当はヒューゴだってしたいくせに!』
「コラコラ、喧嘩しちゃダメよ」
二頭がギャウギャウと吠えながら喧嘩し始めたので、私はあわてて止めに入った。しかし騎士たちは、そんな私たちの様子を目を丸くして見ている。
「気性の荒い竜が、初対面の女性にあんなに懐くとは!」
「では本当に、迷い人様には、竜の言葉がわかるのか?」
「う〜ん、リコが演技をしているようには見えませんから、竜たちが何を言っているのか知りたいですね」
最後にシリルさんがそう言うと、まわりも同意するようにうなずいた。どうやら騎士だけじゃなく、竜王様たちもまだ半信半疑で、戸惑っているようだ。
(当然よね。私だって日本にいて、いきなり犬と会話できますよって誰かに言われても、すぐには信じられないもの……)
しかしそれならどうやって証明しようか? なにかいいアイデアはないかな? そう悩んでいると、私に甘えているキールという名の竜が、ある提案をしてきた。
『それなら、僕と相棒しか知らない秘密を、バラしちゃえばいいよ!』
「相棒の秘密をバラす?」
『おまえ……けっこうひどいな』
秘密をバラすとはちょっと不穏じゃないかな? そう私が戸惑っていると、もう一頭のヒューゴという名の竜も呆れたようにため息を吐いていた。しかしキールの言葉に一番反応したのは、騎士たちだ。
「相棒の秘密って、俺たち竜騎士の秘密か?」
「あの竜は、キールだろう? じゃあ、相棒ならゲイリーだな」
「えええ! お、俺の秘密をバラすってキールが言ったのか? その前にあいつ正気に戻ってるのか?」
一気に騎士たちの顔色が変わり、ざわつき始めた。なにか後ろ暗いことでもあるのだろうか? すると一人の体格の良い騎士が前に出てきて、騒いでいる仲間たちを叱り始めた。
「おい! おまえら! なぜ一歩下がるんだ! 相棒の言葉が聞けるチャンスなんだぞ!」
「団長、そう言いましても……」
「まったくおまえらは……。しかしその前に迷い人様には、二つの事件を解決するご協力をお願いしなければ」
「二つの事件、ですか?」
そこで初めて知ったのは、あの最終試合でキールくんに薬を盛られた可能性があるということだった。あの異常な暴れっぷりの原因が薬だったとは。しかも飲まされたものも、はっきりわかっていないらしい。
「なので、キールが何を飲まされたのか。また飲ませた犯人を覚えているのかをお聞きしたいのです。ご協力お願いできますか?」
「もちろんです!」
今は元気にしているけど、そんな怪しい薬を飲まされていたら、今後後遺症が出てくることだってあるかもしれない。早くその薬を特定して、安全か確かめてあげなくちゃ!
(なんせキールくんが助けてくれなかったら、私は死んでたはずだもの)
そう思うとやる気が出てくる。しかし私がキールくんに話しかけようとすると、竜王様が私の手を引っ張り、自分の方に引き寄せた。
「リコ、その前におまえが空中に投げ出された時に気づいたことがあれば、教えてほしい。観客席からあの場所まで吹き飛ばされ停止しているのは、普通の力じゃない。竜気の使い手だ。それもかなりのな。誰か怪しい人物を見ていないか?」
「怪しい人物……」
その言葉に私は一気に気持ちが落ち込んでしまった。その様子を見て竜王様が「思い出すのがつらいなら、ゆっくりでいいぞ」と言っているけど、私の頭にははっきりとある女性の姿が思い出されていた。
空中に投げ出された私を見て、笑っていたあの女性。ずっと私を睨みつけていたライラという女性だ。あの時、彼女は私に向かって手を伸ばし、何かをしていた。でも私には竜気がわからないから、違うのかもしれない。それに証拠もないし……。
(皆のいる前で、不確かなことを言って、もし私の勘違いだったら大変だわ。あとで竜王様たちだけに伝えよう!)
「あ、あの竜王様、私の話は……」
「竜王様、少しよろしいでしょうか?」
オロオロと戸惑っていたからだろうか。リディアさんは私を安心させるようにうなずくと、かばうように一歩前に出た。
「実はあの時、観客席からは助けられそうにないと判断し、下に降りようとしたんです。その時、私がある令嬢にぶつかって、これが床に落ちました」
そう言って私たちの前に出されたのは、白い石がついたネックレスだった。革紐と石だけで作られたシンプルなものだったが、竜王様も騎士団長さんもすぐにそれが何かわかったようだ。
「落とした令嬢はライラ・ロイブです。リコ様に暴言を吐いたギーク・ロイブの妹で、この石は竜騎士だけが持つ竜石といいます」
リディアさんは私に向かってそう説明すると、また一歩下がった。竜王様たちはこの石の意味するところがわかっているようで、暗い顔をしている。
「リコ、この竜石というのは、竜気をためておいて、攻撃や防御などに使えるものなんだ。今日の朝の報告でわかったことだが、妹のライラ・ロイブも領地では騎士の訓練を受けていた。あの時、彼女はリコにこの石を向けていなかったか?」
たしかに彼女は私に向かって腕をのばし、その手には何かが光っていた。じゃあ、あの時はこの石の竜気で、吹き飛ばされたということか……。
「……はい。していました」
「やはり、そうか。つらいことを思い出させて悪かった」
竜王様は私を引き寄せ、慰めるように抱きしめた。いつもならこんな皆のいる前でとか、誰かに誤解されたらどうしようとか思っただろうけど、今の私はこの温もりにすがっていないと倒れそうだ。
「それで、ライラ・ロイブは今どこにいるんだ?」
竜王様のピリっとした声色に、全員がビクリと反応する。すると、リディアさんが申し訳無さそうに頭を下げ、話し始めた。
「それが私がこれを拾ったと同時に、ライラ・ロイブはあの場からいなくなったんです。ですから誰か共犯者がいるかと……」
「おそらくギークだろうな」
竜王様のその言葉に誰も反論しない。団長さんはつらそうな顔をして、一人の騎士に何か指示を出すと、竜王様の前にひざまずいた。
「竜王様、申し訳ございません。この事件、すべて私の監督不行き届きです。処分を受ける覚悟ではありますが、その前に、この事件の捜査をさせてもらえないでしょうか?」
「ああ、この件に関しては、俺の不備も多い。それにまずは王宮の警備の見直しに力を入れ、リコを守らねばならん。引き続き団長であるおまえが、指揮を取るように」
「は!」
緊迫した雰囲気で話が進み、そこにいる誰もが暗い表情になっている。するとそんなピリピリした雰囲気をものともしない、明るい声が飛び込んできた。
『思い出した!』
少しとぼけたような声の主は、竜のキールくんだ。なにやらスッキリした表情でこちらを見ては、『聞いて聞いて』と私の服を引っ張っている。
「えっ? なにを思い出したの?」
『ぼくに怪しいものを、食べさせた犯人だよ!』
「ええ! 本当に?」
自分の腕の中にいる私がいきなり大声で話し始めたので、竜王様も驚いている。
「どうした? リコ。何か竜がしゃべったか?」
「はい! キールくんが犯人を思い出したそうです!」
「よし! シリル、メモを取れ!」
そのやり取りでいっせいに皆が、キールくんを囲み始めた。すると『竜王様はちょっとこわい……!』と、無意識の威圧を出す竜王様を怖がり始めてしまった。申し訳ないけど竜王様には少し離れて見ていてもらおう。
私はさっそく団長さんと書記係のシリルさんに挟まれるかたちで、キールという竜に何が起こったのか質問を始めた。