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19 リコと竜

 

 うっすらと目を開けると、辺りは薄暗く、少し湿った空気に包まれていた。いったいここは、どこだろう? それにさっきから誰かの話し声が聞こえてくる。



『おい! いったいなんで暴れたんだ? 竜王様の逆鱗(げきりん)にふれるぞ!』

『俺もわかんないよ! 気づいたらこの女の子の甘い匂いに引き寄せられちゃって……』

『それで、この連れて来た女の子はどうするんだ?』

『う〜ん……良い匂いがするし可愛いから、俺のお嫁さんにしようと思う!』

『はあ?』



 竜王様? お嫁さん? 最近の私にとってはちょっと不穏な言葉の組み合わせに、また目をつむってしまう。



『だってさあ、この子の血、すっごく甘くて、幸せな気持ちになるんだよ』

『なんだよ、それ。でもこの子、たくさん切り傷ができてるな。治してやらなきゃ』

『なんだ、ヒューゴだってやっぱり舐めてみたいんじゃないか』

『うるさい! ……本当だ。すごく甘いし、ふわふわした気持ちになるな』



 ふふふ。くすぐったい。犬に舐められた時に似ているけど、なんの動物かしら? 動物が話すのはおかしいけど、このくぐもった声は、竜たちが話してるのに似てる気がする。もしかしてこの子たち、竜なのかしら。



 そのあともペロペロとほっぺたを舐められるので、くすぐったくて体を横に動かした。するとその動物たちは、急にブルブルと震え、何かに怯え始める。



『うわっ! 竜王様がこっちに来てる!』

『そりゃ、そうだろ。おまえさっき竜舎を壊したんだから』

『こ、怖いよ! 竜王様、すっごく怒ってる!』

『……森に逃げるか? 付き合うぞ』

『でもこの子も連れていきたいし……』

『しっ! 竜王様が来たぞ! その子を隠せ!』



 竜王様が来た? ここに? そもそもここって、どこだっけ? そんなことをぼんやり考えていると、急にまわりが暗くなったのを感じる。ぎゅうぎゅうに何かにひっつかれて、ちょっと息苦しい。私は少し動いて、体の位置を変えた。



「リコ!」



 ん……? 竜王様の声だ。どうしたんだろう? すごくあせってるみたい。私なにか変なことしたっけ……? 考えても思い当たらず、またぼうっとしていると、今度は竜王様の憎しみがこもった声が聞こえてきた。



「殺してやる……!」



 えっ! わ、私のこと? 私のこと殺すって言ってるの? そこまで怒らせることなんてしてないのに、どうしたんだろう。誤解を解けるのならそうしたいし、失礼なことをしたのなら謝りたい! 



 竜王様の言葉にあせった私は、あわてて立ち上がろうとする。しかしその瞬間、足に痛みが走り、尻もちをついてしまった。



『ねえ、君、足に深い切り傷があるよ。治療してあげるから、じっとしててね』



 誰かわからないけど、このズキズキ痛む傷を治してくれるみたいだ。言われたとおりじっとしていると、その人(動物?)はペロペロと私の足を舐め始めた。



「きゃあ! 待って待って! あははは! くすぐったいから、舐めないで〜!」



 傷は足首あたりにあったらしく、舐められるとものすごく、くすぐったかった。そのあまりのむず痒さに、さっきまでぼうっとしてた頭もはっきりしてくる。私は眠りから覚めたような気分で、目を開け辺りを見回した。



 すると目の前にいたのは、二頭の竜だった。一頭は私をキラキラした目で見ていて、もう一頭は心配そうに見ている。



「へ? りゅ、竜?」



 突然現れた竜たちに、また頭が回らなくなる。二頭は私にピッタリ寄り添っていて、まわりが見えない。仕方なく上を見ると、天井が爆発したかのように壊れていて、よけい混乱するはめになった。



(そういえば、さっき夢で竜王様の声が聞こえた気がしたけど。何か怒っていたような……?)



 どうもさっきから記憶が曖昧で、夢の続きを見ているみたいだ。すると、ものすごく近くで私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。



「リコ! リコなのか!」

「えっ? この声は竜王様? 本物? あれ……? そういえば私、何してたんだっけ……? それに、ここどこ?」



 本物の竜王様の声に驚いて、あわてて返事をしたけど、まわりは竜の背中しか見えないので、どこにいるかわからない。



「リコ! とにかく俺のところに来い!」

「は、はい!」



 状況がなにひとつわからないまま、竜王様の命令に大きな声で返事をして、立ち上がった。とにかく声のするほうに行こう! 小さな声で「ちょっとごめんね」と謝りながら竜たちの隙間から手を出すと、すぐさま竜王様の手につかまれた。



 そのまま引っ張られるように外に出ようとすると、一頭の竜が鼻先で私の背中を押している。どうやら手伝ってくれているらしい。後ろを振り返ると、ムフ〜と鼻息を鳴らし、得意げな顔をしていた。



「よいしょっと……。わあ、ありがとう。立たせてくれたの?」

『そうだよ。優しいでしょ? だから君、僕のお嫁さんにならない?」

「え? そ、それは無理だよ」

『え〜なんで〜?』



 私が即座に断ると、プロポーズしてきた竜は不満げな顔をしている。隣りにいる竜が『本当に言った……』と呆れているのにもおかまいなしで、抗議のようにキュウキュウ鳴いていた。



(変わった竜もいるもんだな……)



 そんなことを思いながら服の埃を払っていると、自分がドレスを着ているのに気づいた。そしてそこで一気に、私が今日、自分の身に何が起こったのかを思い出した。



(そうだった! 私さっき空中に吹き飛ばされて、それで竜に食べられそうになったんだ……あれ? この子、その食べようとした子じゃない?)



 私はさっきプロポーズした子をもう一度、振り返ろうとした。すると次の瞬間、私は竜王様に手を引っ張られ、あっという間に彼の腕の中におさまっていた。



「リコ……!」

「竜王さ……うっぷ」



 そのまま竜王様の大きな手が私の頭をかかえるように、ぎゅっと抱きしめる。私の体全部を包み込み、決して離すまいとする抱き方に、一気に体が熱くなるのがわかった。



「リコ、良かった……」



 それは絞り出すような声だった。苦しそうに、それだけ言うのが精一杯という竜王様の声に、目の奥がツンと痛くなってくる。



 竜王様に抱きしめられていると、心配してくれていた気持ちがこれでもかと伝わってきて、私はその想いを受け止めるように、そっと彼の背中に手をまわした。



(なんだか安心する。こうやってるのが、当たり前みたいな不思議な気持ち……)



 ずっとこのままでいたい。そう思っていると、竜王様がそっと体を離し、真剣な表情で口を開いた。



「リコ、何があったか思い出せるか?」

「……はい、さっき全部、思い出しました」

「そうか……」



 そう言うと、また竜王様はぎゅっと私を抱きしめ、耳元で苦しそうにささやいた。



「助けられなくて、本当にすまなかった……」

「そんなこと、竜王様が謝ることじゃありません! だってこれは――」


「竜王様!」



 突然シリルさんの声が、竜王様の背後から聞こえてきた。ドタバタと何人かがこっちに向かって走ってくる音も聞こえ、私は竜王様の体越しにひょこっと顔を出した。すると一番前にはシリルさん、その後ろにリディアさん、そのまた後ろに騎士団の方が駆け寄ってきていた。



「リコ!」

「リディアさん!」



 竜王様の腕が緩み、私はそのままリディアさんのもとに走っていく。彼女の瞳は真っ赤で、泣きはらした痕があった。



「リコ! 生きてたんですね!」

「リディアさん、心配かけてごめんなさい……」



 私のその返事に、リディアさんは口元を押さえ、無言で頭を横に振っている。私も怖かったけど、あの事件はリディアさんにとっても、そうとう怖かったと思う。青ざめた顔で必死に私に手を伸ばす彼女の姿を思い出し、私はぎゅっとリディアさんを抱きしめた。



 すると「コラ!」と何かを叱る声と、ドタドタと私の近くに駆け寄って来る足音がした。



『ねえねえ、君のことは、僕が助けたんだけど〜』



 その声に驚いて振り返ると、さっき私にプロポーズした竜がニコニコしながら話しかけてきた。



「えっ? そうなの?」

『そうだよ。落ちてきて危なかったから、俺が口でキャッチしたんだ!』



 いきなり話しかけられたことにも驚いたけど、その内容にはもっとビックリだ。この竜に食べられると思って記憶が途切れたから、あとのことは覚えていない。竜王様やリディアさんたちもこの竜が私を助けたことを知らなかったのか、驚いた顔をしている。



「そうだったんだ。助けてくれてありがとう」

『へへ。じゃあ、俺と結婚する?』

「な、何を言ってるの! この子ったら変なこと言っちゃって! アハハ……」



 竜からのプロポーズとはいえ、なんだか皆の前で言われるのは気恥ずかしい。私はごまかすように、から笑いをしながら振り返ると、竜王様たちは信じられないものを見る目で私を見ていた。



(え? そんなに変だったのかな? ドン引きしてない……?)



 三人はお互いの顔を見合わせ、怪訝そうな顔をしている。ふと気づくと、後ろにいる騎士さんたちも、奇妙なものを見る目で私を見ているじゃないか! すると私が返事を茶化したからか、さっきの竜が私の服の裾を爪で引っ張った。



『ねえねえ、じゃあ恋人からってのはどう?』

「や、やだ〜! もう、本当に何を言って……」



 ヤバい。本当にみんなの視線が痛い。なぜか誰も話しかけてくれないし、私と竜の会話にも入ってこようとしない。そろそろ竜王様かリディアさんが、話しかけてくれてもいいのに。



 そんな気まずい雰囲気を背中でひしひしと感じていると、竜王様の両手が私の肩をガシっとつかんだ。そのままクルッと体を回転させられ、向い合せになる。



 竜王様の顔はものすごく真剣だ。私は思わずゴクリと喉を鳴らして、次の言葉を待った。



(な、何が起こるの? 私何か変なことした?)



 すると竜王様の口から、予想もしていなかった質問が飛び出した。



「リコ、おまえ、さっきから誰と話してるんだ?」


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