18 暴れだす欲望 竜王SIDE
(おかしい。そんなに遠くに行けるわけないのだが、どこに隠れたんだ!)
シュウシュウと口から竜気を出しながら周囲を探すも、リコを捕まえた竜の姿が見つからない。競技場のまわりは森になっているから、そこに隠れたのだろうか。もしかしたら、俺の出した竜気に当てられ、飛ばされてしまったのかもしれない。
『どこだ! どこにいる!』
リコはたしかにあの竜の口の中に入った。しかもあの竜は正気を失っていたのだ。たとえ見つかったとしても、相棒の騎士さえも噛みつく状態では、リコが五体満足でいられない可能性が高い。
そう考えると、胸の奥からドロドロとした熱い塊が押し寄せてくる。今まで味わったことがない苦しさ。渇望。全身がリコを欲して、暴れだそうとしていた。
(リコを返せ! あれは俺のものだ! リコ! リコ! リコ!)
まるで飢餓状態だ。心の奥底がヒリヒリと痛み、失ってしまったものを取り戻そうと必死にもがいている。しかしそれがなんだと言うのだ。俺はリコの危険を救えず、目の前で奪われた無様な王。とても自分を許すことができず、気づくと俺はとがった爪を、自身の体に食い込ませていた。その時だった。
ドオォンと近くで破壊音がした。すぐに音のした方を振り返ると、竜舎の一角から土煙が立ち昇っている。
『見つけたぞ……』
リコという獲物を得て、帰巣本能で竜舎に帰ったのだろう。俺は急いでその場所まで飛び、人の姿に戻った。今の状態なら竜でいなくても、威圧ができるだろう。
「ここか!」
頑丈な竜舎が半壊している場所に駆け寄ると、二頭の竜がピッタリとくっつき座っていた。しかし様子がおかしい。そこにいるのはたしかにリコを連れ去った竜だが、さっきまでの狂った様子はなく、穏やかな顔つきをしている。もう一頭の竜はこの正気を失っていたヤツを、止めていた竜だ。
(こいつらがリコを連れ去ったんじゃないのか?)
二頭は俺が竜王だとわかっているのだろう。ビクビクとこちらを窺うように見ては、何かを隠すように隙間なくくっついている。
すると二頭の竜の間から、もぞもぞと何かが動くのが見えた。布だ。ただの布ではない。リコが着ていたブルーのドレスの端が隙間からひらりと姿を現した。
「リコ!」
その光景にまた自分の理性が吹き飛びそうになる。ぐらぐらと油が沸騰するような熱い欲望が、竜を殺してでもリコを取り戻せと叫んでいた。
「殺してやる……!」
俺は二頭の竜の頭に向かって腕を伸ばし、大量の竜気を手に込め始める。
しかし俺は竜王で、竜は同胞と言っても過言じゃないほど、この国で大切にされている。竜を殺してはいけない。竜殺しは、この国で人殺しと同じくらい重罪なのだ。それはたとえ王族だろうと同じことだった。なにより自分自身の竜を大切に想う気持ちが、俺の伸ばした手を止めた。その時だった。
「きゃあ! 待って待って! あははは! くすぐったいから、舐めないで〜!」
緊迫した場にまったくふさわしくない呑気なリコの声が、耳に飛び込んできた。
リコが生きている! しかも大きな怪我はないようで、彼女の元気な声がボロボロの竜舎に響き渡っていた。
「リコ! リコなのか!」
「えっ? この声は竜王様? 本物? あれ……? そういえば私、何してたんだっけ……? それに、ここどこ?」
混乱して記憶が飛んでいるようだ。彼女はさっきまでの怖ろしい体験を覚えていないようで、不思議そうに話している。
「リコ! とにかく俺のところに来い!」
「は、はい!」
やっぱりリコだ。まだ姿は見えないが、リコは俺が命令すると元気よく返事をする癖がある。俺は早く顔が見たくて、竜のもとに駆け寄った。すると二頭の隙間から、にゅっと小さな手が現れた。
俺がその手をつかむと、おかしくなっていた竜が、リコの背中を鼻先で押していた。立つのを手伝っているのだろうか。リコは少しよろめきながら、竜たちの間から出てくると、パンパンとスカートの埃を払っている。
「よいしょっと……。わあ、ありがとう。立たせてくれたの? え? そ、それは無理だよ」
そこに立っていたのは、まぎれもなくリコだった。髪はボサボサでドレスも埃まみれになって、恥ずかしそうにしている。そんなリコの姿を見て、俺は今まで感じたことがない想いに突き動かされていた。
もうリコの顔も見られない、声も聞けない、さっきまでの俺は真っ暗闇の中にいる気持ちでそう叫んでいたのに。それがどうだ。
今の俺はリコの姿を見ただけで歓喜に震え、すべての景色が光り輝いて見える。
「リコ……!」
「竜王さ……うっぷ」
つかんでいた手を引っ張り、リコを自分の胸元に引き寄せる。ぎゅっと強く抱きしめると、苦しそうに顔をふるので、ほんの少しだけ力をゆるめた。
「リコ、良かった……」
そっとリコの腕が俺の背中にまわった。それでもまだ戸惑っているようで、内心オロオロしているのだろう。俺の胸に顔を埋めているので表情はわからないが、耳と首筋が赤くなっているのが見えた。
俺はそのかわいらしい姿に満足すると、リコの存在を確かめるように、もう一度強く抱きしめた。