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16 命の危機

 

(本当にこの人、なんなんだろう?)



 彼女とは初対面なのに、なぜこんなに睨んでいるのかわからない。どこかで会っただろうか? それでもいくら考えても何も思い出せないでいると、気づけば力比べの決着がついていた。



 勝ったのは昨年負けたほうの竜。リベンジが成功したらしく、空中でクルクル回って嬉しそうに叫んでいる。



『へっへ〜ん! やっぱり俺のほうが強いぜ!』



(あらあら、あんなに煽っちゃって……。負けた竜はすごく悔しそうに睨んでるじゃない)



 でもその光景すらもかわいらしくて、見ているだけですごく楽しい。誘ってもらえて本当に良かった! これもアビゲイル様のおかげだ。私は改めてこんな楽しいイベントに誘ってくれたお礼を言おうと、隣りに座る彼女に視線を向けた。



「アビゲ……」



 しかし彼女の顔にいつもの優しい表情はなく、凍ったような冷たい瞳で、競技場の竜を見ている。



(どうしたのだろう? この世界の人たちは、竜が好きなのよね?)



 見ているのは竜じゃなくて、騎士だろうか? いや、そもそも体調が悪いだけなのかもしれない。そう思った私は、そっと顔をのぞき込み、アビゲイル様に話しかけた。



「……アビゲイル様? どこか具合が悪いのですか?」

「え? いいえ、そんなことはありませんわ」



 アビゲイル様は、にっこりとほほ笑んでいる。まるでずっとそうしていたかのように、自然な表情だ。すると彼女は頬に手を当て「もしかしたら……」と思いついた原因を話し始めた。



「少し寝不足かもしれません。昨日はなかなか寝付けなくて……」

「そうだったのですね! 少し暗い表情だったので、体調が悪いのかと心配しました」

「ふふ。体調は万全ですわ。それより、競技会は楽しんでいらっしゃいますか?」

「はい! ちょうど誘ってくれたお礼を言おうと思っていたんです。こんな楽しい場所に、誘ってくださってありがとうございました」



 私がお礼を言うと、アビゲイル様は頬を染め「気にしなくてよろしいですのに」と笑っている。



(良かった! 寝不足だって言ってたけど、もしかしたらあの噂のことで、いろいろ動いてくれたから疲れているのかもしれないな)



 なんだか申し訳ない。もう少し落ち着いたら、私からお礼として何かできないだろうか? そんなことを考えていると、またお腹がポコンと動いた。最近の卵くんは他の人にバレない程度に動いている。どうやら私に怒られないよう、コツをつかんだみたいだ。



『ママ〜! つぎの竜がきたよ!』



 その言葉で競技場をのぞくと、またぞろぞろと竜たちが集まってきていた。さっきの競技は力比べだったけど、今度は早さを競うらしい。わりと小さめの竜がフンフンと鼻息荒く、飛び回っている。



「へえ! 得意分野で競わせるんだ。面白いな〜」

『おもしろいの、ぼくも見たい!』



 その次は持久力を競う競技があったりと、なかなかバラエティに富んでいる。一番盛り上がったのは、若手とベテラン二組に分かれて戦うものだ。竜王様も前のめりになって楽しそうに観戦していた。



「最後の種目は、総合試合だ! 代表者は前へ出よ!」



 総合試合とは一体何をするんだろう? 不思議に思って整列している竜騎士たちを見ていると、アビゲイル様が詳しく教えてくれた。



「この最後の種目は、総合的に一番強い竜を決める試合なんです。竜同士が最後の一頭になるまで戦います」

「えっ! それは、こ、殺し合いとかには……」



 競技場には十頭ほどの竜が集まっている。この子たちが一気に戦うなんて、血みどろの戦いになるんじゃないだろうか? 想像しただけでもゾッとして腕をさすっていると、アビゲイル様はその様子を見てクスクス笑っていた。



「ふふ。大丈夫です。訓練されている竜ですから、殺し合いにはなりません。首元に布があるのですが、そこに敵の牙が当たったら負けなんです。むしろ相手に大怪我をさせたら、即失格です」



 なるほど、たしかに竜の首元に何か巻いてある。怪我をすることはないけど、急所を噛まれたら負けってことなのね。



「力で抑え込む者もいれば、素早さで噛みつく者もいます。その年で優勝する竜の種類も違うので、見応えがあるんですよ」



 するとアビゲイル様のお友達も、やや興奮した様子で話しかけてきた。



「去年は体の小さい竜が、優勝して盛り上がりましたの。素早い早さで大型の竜に噛み付いた時は、思わずわたくしも立ち上がってしまいましたわ」

「そうでしたわね。でも今年は大型の竜に良い騎士が集まっているらしいので、いつもどおり大型が勝つかもしれません」



 普段は貴族令嬢として上品に過ごされている彼女たちも、この最終試合だけは別なようだ。まわりの女性たちも、どの竜が勝つのか、その乗り手の騎士は誰なのかなど、試合開始前から大盛りあがりだ。



 そして、そんな観客の興奮が最高潮になった時、開始の太鼓が鳴り響き、いっせいに騎士を乗せた竜が飛び立った。



「す、すごい!」

『ママ! どうなってるか僕にも教えてよ〜』

「えっと、いっせいに竜が飛び立って、壮観だわ〜」

『そーかんってなに?』

「わ〜 竜がいっぱいで、かっこいい〜」

『うわ〜ん! ぼくも見たい!』



 ダメだ。卵くんに教える感じで、話すの難しいよ。簡単な言葉を使おうと意識すると、棒読みになっちゃうし。それでも時々「小さい竜が早いわ」や「大きい竜が一頭倒したのね」と呟くと、ものすごく喜んでいた。ひとり言が大きい人だと思われそうだけど、しょうがない。



 試合も半ばとなり、半数の竜が負けて出て行き、場内に緊張感が高まってきた。戦っている数が少なくなると、それだけ一体一体の様子がよく見えてくる。



(あれ? なんだかあの二頭、変な動きしてる……)



 私が見つけた竜たちは、ギャウギャウと意味のない叫び声をあげ、手当り次第噛みついている。しかも興奮気味に前足を上げ、騎士を振り落とそうとしたり、急に飛び立ってはグルグルと低空飛行をし始めた。



「竜の様子が変ですね。どうしたのかしら?」



 アビゲイル様も気づいたようで、怪訝そうな顔で試合を見ている。周囲の人たちも竜たちの異常な行動に騒ぎ始めていた。



「目がギラギラして、あんなに噛みつくなんて変よ」

「まあ! 騎士が弾き飛ばされてしまったわ!」

「竜王様が下に降りるようですね。王の力を借りないと収まらないなんて、何があったのかしら……」



 観客の一人が指を指しているほうを見ると、竜王様が席からいなくなっていた。きっと後ろの階段から競技場のほうに降りて行ったのだろう。その間も竜たちは興奮が止まらず、雄たけびをあげるたび、突風が下から吹き上がってくる。



「きゃっ! すごい風!」



 あわてて手すりにつかまるけど、その手すりさえも風でガタガタと震えている。周囲も騒がしくなり、会場全体が混乱状態だ。下からはさっきよりも大きな竜の叫び声が聞こえ、怖がる人もでてきた。



(何を言っているのかわからないな。やみくもに叫んでるだけみたい)



 試合をしていた竜たちは暴れておかしくなっている二頭を残して、競技場から出て行っていた。残った竜を騎士が鎖で引っ張っているけど、首をブンブン振って今にも逃げ出しそうだ。



(これは本当におかしいかも……)



 あきらかにさっきまでの竜と様子が違う。牙をむき出しにして暴れ狂う様は、竜気に耐性があってもゾッと寒気が走った。するとお腹がブルブルと震え、おびえるような声が聞こえてくる。



『……ママ、なんかおかしいよ。竜たち苦しそう』

「え?」



 どういうことだろう? 竜たちが何かに苦しんでいる? 竜王の卵にもっと詳しく聞こうと、私は背中を丸める。すると肩にリディアさんの手がふれ、あせった声が聞こえてきた。



「リコ、ここは危険ですから、いったん後ろに下がりましょう」

「えっ? はい! わかりました」



 たしかに一番前のこの席は危なそうだ。他の観客たちも席を離れ、避難し始めている。卵くんも様子がおかしいと言っているから、言う通りにしよう。私はリディアさんに促されるまま立ち上がった。すると。



「きゃああ!」

「リコ!」



 何かに勢いよくドンと押し出されるように、私は観客席から吹き飛ばされた。信じられないことに、私の体はまるごと空中に浮いている。くるくると自分の体が転がっているのに、止めることができない。



「た、たすけ……!」



 一瞬私の足に誰かがふれた。きっとリディアさんだろう。ぐるりと体が回転した拍子に、彼女がこちらに真っすぐ手を伸ばし青ざめているのが見えた。



 そしてその奥に見えたのは、私をずっと睨みつけていた、ライラという女性の笑顔。



 彼女は私に向かって手を差し出している。決して助けるためじゃない。その手には何か白くキラリと光る物が握られていて、そこから私を押し出す何かが出ているからだ。



 気づくと私は競技場の真上に仰向けで浮かんでいて、体を動かすことができない。体全体を何かで押されていて、糸もないのに宙づりのようになっている。まるで私のまわりだけ、時が止まってしまったようだ。



 しかもその押し込んでくる何かには、小さな小石がたくさん混じっていて、私の体に小さな傷をつけていく。



「痛っ……!」



(こんなの、普通の風じゃありえない!)



「きゃあ! 誰か飛ばされてるわ!」

「おい! 女性が空中に浮いてるぞ!」



 たくさんの人の叫び声が聞こえると同時に、私の体がぐるんと回った。うつぶせの状態になり、自分がどれだけ高い場所にいるのかがわかると、カタカタと歯が震え始める。



 下を見ると、興奮した竜たちが私をギロリと睨みつけていた。あれは獲物を見つけたという目だ。私と目が合うと、勢いよく後ろ足を蹴って、飛び立った。パックリと大きく口が開けられ、私に噛みつこうと、すごい早さでこちらに向かってきている。



『ママ! ママ! どうしたの!』



 その竜王の卵の叫び声に、ハッとする。彼はどういう状況かわからず、ただひたすら私を呼んでいた。



(そうだ。私は一人じゃない。私が死んだらこの子はどうなるの?)



 それでも恐怖で口がまったく動かない。私は心の中でせいいっぱい叫んだ。



(竜王様! 助けて!)



「リコ!」



 竜王様の声が聞こえた気がした。しかし次の瞬間、私の体は糸が切れたように、暴れ狂う竜の口めがけて落ちていった。


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