表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/36

15 竜人競技会

 

「初めまして、迷い人様。わたくしライラ・ロイブと申します」



 さっきまで私を冷たい瞳で見ていたその人は、奥からスッと出てきて私に挨拶をした。てっきりアビゲイル様が紹介してからと思っていたので面食らってしまったけど、今目の前にいる彼女は他の人と同じくらい、にこやかに笑っている。



(さっきのは見間違い? それにこの人、どこかで見たことがあるような……)



 でもこの世界で会ったことがある女性は、リディアさんとアビゲイル様くらいだ。きっと私の勘違いだろう。そう思い直すと私はなるべく優雅に見えるように、挨拶を返した。



「ご挨拶ありがとうございます。わたし、いえ、わたくしは、リコ・タチバナと申します。こちらの世界に来て何もわからないので、無作法なことをしてしまうかと思いますが、よろしくお願いいたします」



(少しでも貴族女性に失礼がないようにしておかなきゃ!)



 私が見よう見まねで貴族ふうに挨拶をすると、アビゲイル様が「そんなことはありませんわ。迷い人様は謙虚で素敵です」とフォローしてくれた。本当にありがたい! しかも彼女が私に優しく接してくれるせいか、その後に紹介された女性たちも皆にこやかだ。



 リディアさんが言っていたように悪い噂は消えているようで、競技場の中に入ってからも、誰も私のことを気にしていない。それでも時折、後ろから視線を感じ、私は注意深く背後に意識を向けた。



(やっぱりあのライラさんていう人、私のことを見てる気がする。確かめてみよう……)



 気のせいだと思いたい。しかし私が出し抜けに振り返ると、彼女は眉間にしわを寄せ、憎々しげに私を見ていた。目が合ったとたん、にっこりとほほ笑んでいたけれど、彼女は私にバレたことも気にしていないみたいだ。



(やっぱり許してない人もいるってことね……)



 噂が消えても王宮に住んでいるのだから、私に対してライバル意識をもったままの人がいてもおかしくない。せっかくたくさんの竜が見られると楽しみに来たけれど、水面下での戦いがあるようで気持ちが落ち込んでくる。



 するとそんなモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすような、明るい声がお腹から聞こえてきた。



『ママ! すっごいワクワクするね!』



 ポコポコと陽気に動くお腹を押さえながら辺りを見てみると、たしかに心弾むような光景が広がっていた。私が座っている場所は円形の競技場の真ん中辺り。ちょうど全体を見渡すことができる高さで、たくさんの人で会場が埋まっているのが見えた。



「すごい……」



 観客席の傾斜はそんなに急ではないけれど、のぞき込みすぎると落ちてしまいそうだ。それでもこの広い競技場で竜が試合をすると思うと、ワクワクしてくる。すると、どこからかドンドンと太鼓の音が鳴り始め、中央の扉が勢いよく開いた。



「竜騎士の入場です!」

『ママ! はじまったよ〜』



 競技が始まるようで、お腹の卵くんも大喜びだ。私も竜を引き連れた騎士が会場に入ってくると、思わず前のめりになってしまった。赤、青、黄色、緑と、色とりどりの竜たち。大きさもさまざまだけど、一番大きな竜でも竜王様ほど大きくはなかった。



(そういえば卵くんは外の景色が見えてるのかな? 声は聞こえているみたいだけど)



 すると私の考えを読み取ったかのように、卵くんは疑問に答えてくれた。



『気配で感じるだけだけど、竜たちがいっぱいで楽しい〜』



 なるほど。たぶん竜気というやつだろう。声やそういった気配で、わかるんだろうな。卵くんはキャッキャッと楽しそうに声をあげ、興奮している。その喜んでいる声に、なんだか私の気持ちもつられてきて、ずっと感じている背後からの視線がどうでも良くなってきた。



(リディアさんも隣にいるし、気にしたってしょうがない! 今日は竜をいっぱい見て楽しもう!)



 そう決めると、心は完全にお祭りモードだ。ワクワクした気持ちで整列している騎士を眺めていると、観客席の真ん中に竜王様が姿を現した。



「竜王様だ!」

「王のお出ましだ!」



 竜王様の登場に、わあっと大きな歓声があがる。今日の竜王様は出会った時と同じ、砂漠の王様のような服を着ていた。遠目からだとよけいに陽の光りが当たって、キラキラと輝いて見える。いつもと違い、髪を後ろになでつけているせいか、端正な顔立ちがいっそう際立って、見た瞬間ドキッと胸が高鳴った。



「ただ今から、竜人競技会を始める!」

「うおおおお!」

『うお〜!』



 竜王様が大会の開始を宣言すると同時に、騎士の雄たけびが会場中に響き渡った。ビリビリと体が震えるほどの衝撃で、まわりにいた何人かは悲鳴を上げている。ついでにお腹にいる卵くんも、ワンテンポ遅れて叫んでいた。かわいすぎる。



「まあ! このくらいの竜気で怖がるとは。ひ弱ですわ」

「あら? そういえば迷い人様は平気なんですね」



 アビゲイル様のお友達が悲鳴を上げた人たちに軽蔑した眼差しを送っていると、その隣りにいた女性が私を見て驚いた顔をしていた。不思議そうに見ているので、竜気に耐性があることを伝えると、目をキラキラさせて私の手を握り始めた。



「まあ! 顔色も良いですし、やっぱり竜王様が認めただけありますわ!」

「先ほどの竜気にも耐えられるなんて、わたくしたちと同じくらい強いのですね!」



 なんだか最初に挨拶した時より親しみをもってくれたみたいで、心からの笑顔を向けてくれている。私がきょとんとしていると、リディアさんが耳元で「竜人はなにより強い者が好きなんです」と、こっそり教えてくれた。



「この競技会も、実はお見合いみたいなものなんですよ」

「お見合い? これがですか?」

「はい、強い竜を使役できるのは、強い竜気の持ち主ですから。そういう男性を夫に欲しい方が見に来ているんです」



 リディアさんの説明を聞き、キョロキョロとあたりを見回してみると、たしかに若い女性が多かった。何か紙を見ながら「団体戦のこの彼なんて赤竜を使役してるから、うちの家系にあっているわよ!」なんて話している。



(強い竜を従わせることができる人が、尊敬される世界なのね……)



 その頂点にいるのが竜王様ってことか。先ほど開始の言葉を叫んだ彼は、特別に作られた豪華な席に座って、お茶を飲んでいる。そして物憂げな表情で目を伏せたかと思うと、何かに気づいたように顔を上げた。



「あっ……」



 竜王様と目が合ったような気がした。こちらをじっと見つめ、目だけを細め笑っている。しかしそれは一瞬で、私の勘違いだったかもしれない。今はもうシリルさんと何かを話していて、こっちを見ていない。それなのに私は一気に耳まで熱くなって、妙に居心地が悪かった。



「では最初の競技を始める! 両者、前へ!」



 その始まりの声にハッとわれに返り、あわてて競技場に視線をうつした。



(とりあえずこんな珍しい競技なんだから、しっかり見ておかないと!)



 最初の競技は、竜の力比べだ。いわゆる綱引きで、騎士を背中に乗せて一本の綱を口で引っ張り合っている。この競技は若手騎士のお披露目らしく、彼らの気合いもすごかった。



「リディアさん、これって騎士さんは関係あるんですか?」

「ありますよ。騎士が竜をうまく乗りこなさないと、そもそも競技には参加しませんから」

『ぼくも、みたい……』



 強くないものには従わないってことか。たしかに予選を見ていると、途中でどこかに飛んでいったり、動かない竜もいる。周囲からはそんな状況を嘆く声が飛び交い始めた。



「まあ……今年の騎士は竜になめられている方が多くなくて?」

「なげかわしいですわ」



 それでも上手に乗りこなしている二組が残り、決勝の舞台となった。二匹の竜が睨み合いながら、怒鳴り合っている様はかなり迫力がある。



『去年は負けたけど、今年は勝つ!』

『なに言ってんだ! 俺が負けるわけないだろ!』



(ふふふ。竜たちも口喧嘩してる。竜王様の時も思ったけど、異世界ってすごいわ。竜がしゃべるなんて)



 面白い会話だとクスクス笑っていたが、ふと周りを見ると誰も笑ってない。竜が喋るなんて当たり前すぎて、気にもとめていないのだろう。いけない! みんな真剣に見てるから、勝負を茶化しているように思われたら大変だわ。



 私はあわてて真面目な顔をして試合を見始めた。すると私の背後から、わざとらしいほど大きなため息とともに、ライラさんが話す声が聞こえてきた。



「お兄様が出場できれば、決勝に出ていたはずですのに……」



 そう言うと、またまわりに聞こえるほどの大きなため息を吐いている。気になってほんの少し後ろを振り向くと、やっぱり私を睨みつけていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ