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14 理想のお妃様とは

 

 竜王様がコツコツと靴音を鳴らし、堂々とした態度でこちらに向かって歩いてくる。さっき私が見た子供っぽい表情は影を潜め、王族としての顔つきに戻っていた。私への親しみをもった表情も、今はもうない。どうしていいかわからない私は、ただじっと竜王様を見つめている。



 しかしふと隣を見ると、アビゲイル様が立ち上がり、頭を下げているのが目に入った。



(しまった! 私も竜王様に頭を下げて、お迎えしなきゃいけないんだ!)



 文化が違うとはいえ、私が竜王様に礼を尽くさない態度はイメージが良くない。あわてて私も同じようにしようと立ち上がったが、竜王様が静止するように手を上げた。



「リコはそのままで良い。アビゲイル嬢も頭を上げて、座るといい」

「はい。ありがとうございます」



 顔を上げたアビゲイル様は、気品のあるほほ笑みで竜王様と目を合わせ、お礼を言った。リディアさんが新しいお茶を淹れている。どうやら竜王様もここに座るみたいだ。



「アビゲイル嬢がここに来ていると聞いてな。リコ、少し彼女と話しても良いだろうか」

「も、もちろんです!」



(私は二人の話を聞いていてもいいのかな? それとも今の会話は私に出て行ってほしいっていうこと?)



 竜王様の真意が読み取れない私は、不安になってシリルさんを見上げる。するとリディアさんが「リコ様のお茶もお取替えしますね」と言って、新しいものに変えてくれた。シリルさんもニコリと笑って、うなづいている。



(お茶を新しくしたってことは、ここに居ていいのかな?)



 すると三人の前に新しいお茶が用意されたタイミングで、竜王様が話し始めた。



「アビゲイル嬢、久しぶりだな。お父上はどうされている?」

「父でしたら毎日健康に過ごしていますわ。今まで忙しかったぶん、母と過ごす日々が楽しいようです」



(たしかアビゲイル様のお父さんは、竜王様のお父さんの補佐をしていたんだよね)



 たぶん今でいう、シリルさんの役職だったのかな? それならアビゲイル様が王宮に来ることもあっただろうし、二人は幼馴染なのかもしれない。



 それでも二人の話に親密さは感じず、アビゲイル様のお父さんの話ばかりだ。どこで過ごしているのか、領地には行くのか。最近は竜を飼っているのかなど、甘い雰囲気が二人にはない。しかも竜王様は聞くだけ聞くと、話を切り上げ立ち上がってしまった。



(あれ? これで終わり?)



「アビゲイル嬢、わざわざ呼び止めてすまなかったな。リコもそろそろ休んではどうだ? くだらない噂に振り回されて、おまえも疲れただろう」



 急に私のほうを振り返ると、竜王様はベッドに戻るよう勧めてきた。それを聞いてアビゲイル様もあわてて、私のほうを見る。



「そうですわ。長々とお邪魔して申し訳ございません。本日はありがとうございました。明日会えることを楽しみにしていますね」



 どうやら緊張したお茶会も、竜王様の乱入も終わったみたい。竜王様は先に立ち上がると、アビゲイル様に手を差し出した。



「アビゲイル嬢、部屋まで送ろう」

「ありがとうございます」



 そう言って二人は、流れるような動作で手を重ねる。



(あ……)



 その姿はまるで一枚の絵画だった。あまりにも二人の立ち姿がお似合いすぎて、自分が竜王様にされたエスコートと比べることすら恥ずかしい。



 二人は共にスラリと身長が高く、髪の色も色違いのブロンド。にこやかに寄り添う姿を見て、誰がこの二人の間に入っていこうと思うのだろうか。



 アビゲイル様が一番お妃様に近いというのは、こういう意味だったんだ。高貴な身の上。長年国に貢献してきた家柄。それだけじゃない。二人が揃うことで生まれる完璧な美しさを見れば、思い知らされるのだろう。



 竜王様のお妃様は、自分じゃないと――



 二人が部屋から去り、パタンと扉が閉まった。それはまるで、私と竜王様の生きる世界が違うことを表しているように思え、何も言葉が出てこない。私はただ二人が出て行った扉をしばらく見つめていた。




 ◇




 あれからまた自分の部屋に戻って、ベッドに入った。二人の姿が目に焼き付いて離れない私は、毛布を頭までかぶって、これからの事を考えていた。



(お腹にいる子には、ちゃんと説明して、お別れしよう……)



 竜王の卵は、静かにしている。時折小さな鼻歌のような声が聞こえるので、起きているみたいだ。私はポンポンと軽くお腹を叩くと、卵くんに話しかけた。



「卵くん、やっぱり私に竜王様のお妃は無理だよ。さっき話していたアビゲイル様のお腹に入ったほうが良いと思うよ」



 竜王様に対してドキドキする気持ちがあったのは認める。でもお妃様になるのは違う。なってはいけないんだよ。



 だってもし自分の国の王様が、何もできないおどおどした女性をお妃様にしたら、国民はどう思うの? いつも誰かに頼らなくてはいけなくて、字も読めない。それだけじゃなく、貴婦人としてのマナーもない。なんの能力もない平民育ちが妻に決まりましたと言われても、竜王様だって困るだろう。



 子供が生まれても、そうだ。私はそれでも自分のことだからいい。このお腹にいる子は、親の私のせいで竜王と認められないかもしれない。そう思うと、私は強い意思で、お腹に向かって説得を始めた。



 今までのこと、私の立場、すべてを竜王の卵に向かって話した。まだ子供だからわからないし、難しいことかもしれない。それでもこの国の未来や、この子の将来を思えば、私ではダメだ。



「……わかってくれる?」



 自分が思っていることを全て伝え終わり、そう話しかけると、今まで黙っていた竜王の卵は、拗ねた口調でぼそっと呟いた。



『でも僕、あの人がママはいやだよ』

「じゃあ、他の女性でもいいから、一度神様と選び直してみたら?」

『ママは良い匂いがするし、ここがいい……』

「私の中から出ていくことはできないの?」

『しらない! ぼく、わかんない!』



 卵くんは最後に叫ぶように言い捨てると、そのまま何を話しかけても応えてくれなくなった。う〜ん。あれは完璧に知ってる態度よね。きっと出ていくことは可能なんだろうな。



「明日も来るからな」と言った竜王様も、その夜は来なかった。その代わりお菓子が届けられ、「明日の竜人競技会の準備で騒がしいから、お見舞いは止める」というメッセージが伝えられた。



 外を見ると、たしかにこの部屋からもわかるくらい、あちこちに人がいて準備に忙しそうだ。万が一私の部屋に黒い竜が入ってくるのを見られたら、噂を否定した意味がないもんね。



「これは明日の朝ごはんに食べようっと」



 明日も早いし、朝に甘いものを食べるのは好きだからちょうどいい。私はもらったパウンドケーキを戸棚にしまい、早々にベッドに潜り込んだ。



「竜王の卵くん。おやすみ」



 そう話しかけても何も反応しない。もしかして出て行ったのだろうか? そっと機嫌を伺うようにスリスリとお腹をさすると、控えめな力でポコンと反応した。



『……ママ、おやすみ』



 グスグスと鼻をすするような音がしているのを聞くと、泣いていたのかもしれない。それでもこの子の将来を思うと、適当な言葉で慰めても期待させるだけだ。



(せめて私に、何かこの国に役立つ能力があったら良かったのに……)



 そうすれば、少しはあなたを守る自信ができる。私はそんな叶えられそうにない願いを胸に眠りについた。



 朝起きると、すぐにリディアさんが部屋にやってきて、私の身支度を手伝ってくれた。今日は侍女姿ではなく、ドレスで参加するらしい。そんな贅沢していいのかなと首をかしげる私と違って、リディアさんは妙に気合いが入っていた。



「宝石は着けられないので、髪を複雑に編みましょう」

「装飾はシンプルですが、護符の刺繍が素晴らしいドレスを用意しました」



 誤解を解いたとはいっても、昨日の今日だ。全員には伝わってないかもしれない。そう思うと質素にいきたいのだけど……。



「こんな素敵なドレス、妾になったという噂がまた出ないでしょうか?」



 こちら基準ではシンプルらしいけど、私には十分高価だ。きっと見る人によっては、この護符の刺繍も凄い技術だとわかるはず。また変な噂が立たないといいけど……。そんな心配をしていると、リディアさんはニッコリ笑って否定した。



「それは大丈夫です。昨日竜王様もアビゲイル様との面会に入ってきて、ご自身で否定されましたでしょう? 竜王様の言葉はもう貴族内で広まっていますから、噂は落ち着きましたよ。竜王様もそのために、わざわざいらっしゃったのですから」


「え? 昨日竜王様が来たのは、噂を否定するためだったのですか?」

「はい、あのお二人の会話で重要だったのは、最後にリコに話しかけた言葉だけです」



 最後に話しかけた言葉? あの二人はずっとアビゲイル様のお父さんの話をしていたのよね。それで最後……。



「くだらない噂に振り回されて疲れただろうと、言ったアレですか?」

「そうです。通常竜王様への面会は複雑な手続きが必要ですから、当日にはお会いできません。ですから竜王様が部屋にいらして、否定した言葉を言ったというのは、それだけ大ごとなんです」



 いきなり来ていきなり帰ったと思ったけど、あれは噂を消すためだったのか。でもたしかに噂が消えてくれたのは助かる。もちろんそれで私に対して好印象を持っている人は少ないだろうけど、敵意は減ったんじゃないだろうか。



「竜王様も自分がしたことで、リコに迷惑がかかっていることを気にしていたようですね」

「竜王様が……」

「まあ、シリル様のお説教もありますけど」

「ふふっ」



 シリルさんにお小言を言われてる竜王様の姿が目に浮かび、思わず笑ってしまう。それでも私のことを気にかけ、来てくれたことは素直に嬉しかった。



(私の気持ちの切り替えの早さだとか、よく見てくれているんだな……)



 あの夜、竜王様に自分の生い立ちを話したことで、心の中の荷物を下ろしたような気持ちになっていた。居場所が欲しかった自分。そんな夢を笑わず聞いてくれ、やりたいことを見つける手伝いをすると言ってくれた。



 そんなことを思い出していると、胸の奥がじんと熱くなってくる。するとその熱をもっと熱くするような声が聞こえてきた。



『パパ、やさしい〜! ママ、パパのこと、好きになってきた? 結婚したい?』

「えっ! な、なにを言って……!」

「リコ? どうしました?」



 突然の卵くんの発言に、思わず声に出してしまっていた。幸運にもリディアさんは片付けのため、私と離れている。はっきりとは聞こえてなかったようで、不思議そうに私を見ていた。



「大丈夫です! ちょっと寝ぼけたというか、とにかく平気です!」



 危ない。ぼうっとしていると、お腹に竜王の卵がいることを忘れてしまう。この子は注意しても話しかけてくるから、惑わされないようにしないと。特に今日は絶対にバレちゃダメな日なんだから!



(さっきみたいな下手な言い訳なんてしたら、変な人だと思われちゃうよ)



 私がそんな心配をしていると、さっきの発言がおかしかったのだろう。片付けを終えたリディアさんが、クスクス笑いながら部屋の扉を開けた。



「準備が終わりましたので、競技場にご案内いたしますね」



 王宮から騎士団寮がある建物のほうに向かうと、たくさんの見物客で賑わっていた。競技場は騎士団の練習場も兼ねているらしく、奥にあるらしい。



(うわあ……人がたくさんいる)



 騎士団の寮で働く以外に、初めて外に出た。しかも今日は見物人もたくさんいるから、ものすごく緊張する。何か言われたらどうしようと思ったけど、今日の私はドレス姿だからか、誰も注目していなかった。



(これなら平和に競技会を見ることができそう!)



 競技場の入り口に着くと、すぐにアビゲイル様の姿が見えた。どうやら私を待っていてくれたみたいで、目が合うとすぐにこちらに向かってきた。



「おはようございます。迷い人様。よろしかったらわたくしのお友達をご紹介させてください」



 そう言う彼女の後ろには、五人の女性が立っていた。どの女性たちも色とりどりのドレスを着ていて、ひと目で貴族女性だということがわかった。



 それでもアビゲイル様が話をしてくれていたのだろう。この世界に来た日のような敵意はなく、ほほ笑みながら私を見ている。



(良かった。みなさん、私に怒ってないみたい。あれ? でもあの人……)



 しかしただ一人。一番奥にいた女性だけが、冷たい瞳で私をじっと見つめていた。



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